長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『コンビニエンス・ストーリー』

2022-08-08 | 映画レビュー(こ)
 近年の日本映画の害悪の1つがオフビートを気取った内輪ウケの笑いだ。これはおそらくTVに対するカウンターとして小劇場演劇で興り、TVや映画へと逆輸入されたのだと思われるがその結果、50歳を過ぎた福田雄一や三木聡が臆面もなくこれを続け、日本の映画館には後始末もされない駄作が腐臭を上げているのである。今年、『大怪獣のあとしまつ』が近年稀に見る酷評をウケた三木聡がぐっと予算を抑えた本作をリリースするが、いったいどうして映画を撮り続けることが許されるのだろう?

 マーク・シリングなる人物と組んだ本作のストーリーをいちいち書き連ねるつもりはない。ナンセンスコメディを気取った品のないデヴィッド・リンチ映画のパロディ(劇伴はアンジェロ・バダラメンティそっくり)に過ぎず、主演の成田凌は決定的な間の悪さでコメディセンスの欠如を証明してしまっている。『茜色に焼かれる』で注目された片山友希にとってはキャリアの足を引っ張る作品と言ってもいいだろう。辺境のコンビニでうらぶられた若妻を演じる前田敦子はファム・ファタルを懸命に演じているが、彼女の才能はもっと他の映画で発揮されるべきだ。

 わかる人にだけわかればいい、というナラティブの軽視がまっとうな観客を育ててこなかった。ストリーミングサービスの充実により、優れた作品が世界同時に見られるようになった今日、本作に時間を費やすことはムダ以外のなにものでもない。


『コンビニエンス・ストーリー』22・日
監督 三木聡
出演 成田凌、前田敦子、六角精児、片山友希
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『コーダ あいのうた』

2022-03-05 | 映画レビュー(こ)

 サンダンス映画祭4冠を皮切りに、Appleによる26億円での配給権買付を経て、いよいよアカデミー作品賞にノミネートされた『コーダ』は見れば見るほど多面的な表情を見せる愛おしい作品だ。

 舞台はアメリカ地方部の田舎町。主人公ルビーは漁業を営む家族で唯一人の健聴者だ。両親、兄は聴覚にハンデを抱えており、まだ高校生の彼女がまるで保護者のように一家と社会の接点を担っている。毎朝まだ暗い時間から海に繰り出し、魚を揚げてから登校するのが彼女の日課だ。そんなある日、ちょっと気になっていた男の子を追いかけて合唱クラスに入ってみれば、レッスン次第で音大も狙えると才能を見出されて…。

 ルビーの置かれた境遇は複雑だ。健聴者である彼女は家族の直面する問題を実感することができず、一方で学校に行けばCODA(=Children of Deaf Adults)としてイジメの標的となる。どちらの側に立っても彼女は“マイノリティ”なのだ。家業と学業の両立は難しく、家計の苦しさも相まって進学は諦めざるを得ない。何よりルビーがいなければ家族は漁船操業はおろか、社会で生きていくこともままならない。
 そんな状況がルビーを自閉させる。音楽教師Mr.Vの指導はバラバラになってしまった心と身体を一致させ、声を解き放つプロセスだ。身体を動かすことで身体に言い聞かせ、なだれ込むように歌唱に転じるレッスンシーンのグルーヴはとてもリアルで、エネルギッシュなMr.V役エウヘニオ・デルベスが素晴らしい。

 昨今、ハリウッドでは『サウンド・オブ・メタル』『エターナルズ』『ホークアイ』、そしてアカデミー作品賞にノミネートされた『ドライブ・マイ・カー』と手話を用いた作品が相次いでおり、『コーダ』を見るとそれは手段ではなく肉体言語である事がよくわかる。話者それぞれによって表現に差異があり、個性を表せるものなのだ。本作で聾唖男優として初のオスカー候補になった父親役トロイ・コッツァーには唸らされた。荒っぽい海の男でありながら障害者ゆえの生きづらさを抱えており、愛妻家でユーモア抜群。その妻役は86年に『愛は静けさの中に』でアカデミー主演女優賞を受賞した聾唖の女優マーリー・マトリンで、コッツァーは彼女に憧れて演技の道を志したという。2人は本作の宝であり、よくぞここまで役者を続けてくれた。

 本作は彼ら聾唖俳優のキャスティングによっていくつもの真に迫った瞬間を獲得することに成功している。ルビーの兄がバーでナンパを始めると、いつしか映画から字幕がなくなり、しかし男女が明らかに“デキて”いくのを僕達は目の当たりにする事となる。ルビーの合唱コンサートでは不意に無音となり、周囲の感動もわからず取り残される両親の姿が胸を突く。『コーダ』は字幕やセリフ、環境音といった普段、僕らが何気なく接するモノを取り払った瞬間に最も輝きを放つのだ。ルビーの歌声を聞こうと父が彼女の喉元に手を添える場面は本作の最も感動的な場面である。
 ルビーはそんな2つの世界(Both Side)を横断できる存在なのだ。終幕、手話という身体性を用いることで彼女の心と身体は一致し、歌声が開放されていく。彼女のアイデンティティは2つの世界をまたぐ事でこそ生まれ得たのである


『コーダ あいのうた』21・米、仏、加
監督 シアン・ヘダー
出演 エミリア・ジョーンズ、トロイ・コッツァー、マーリー・マトリン、ダニエル・デュラント、フェルディア・ウォルシュ・ビーロ、エウヘニオ・デルベス
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『ゴヤの名画と優しい泥棒』

2022-02-25 | 映画レビュー(こ)

 1961年、ロンドン・ナショナル・ギャラリーからゴヤの名画『ウェリントン公爵』が盗まれる。英国政府が14万ポンドもの大金をかけて収集家から買い戻した時の名画とあって、世間は話題騒然。ついには007第1作『ドクター・ノオ』で悪の秘密基地に飾られる始末だ(撮影当時に犯人は捕まっておらず、007シリーズが時事ネタを取り入れた格好)。だが犯人は悪の秘密結社ではなく、下町に住む年金暮らしの老人ケンプトン・ハンプトンだった。
 
 困った老人である。BBC(国営放送)の受信料徴収に抗議すべくTVから受信用コイルを抜き出してはお縄にかかり、無学の見様見真似で脚本を投稿し続けるが箸にも棒にも引っかからず、定職に就いても長続きした試しがない。当然、家計を支える妻からの風当たりは冷たく、映画は屈託のないジム・ブロードベントと終始不機嫌で厳しいヘレン・ミレンの夫婦漫才で笑わせてくれる。
 
 しかし、一本筋の通った老人でもある。受信料無料は戦後の孤老老人たちを助けるためであり、仕事をクビになったのは弱きを助け、権力の横暴に抗議したからだ。そしてかのウェリントン公爵とは国民参政権に反対した人物である。そんな男の肖像画に多額の税金を費やし、国宝とするなんてもっての外というのが彼の"犯行動機”なのだ。1961年の英国は老いも若きも貧しく、思いやりを欠いた社会の姿は残念ながら今を生きる僕らとそう遠くないように映る。自由と平等を信条とするケンプトンの姿は何とも逞しく、それは本作が劇場長編として遺作となったロジャー・ミッシェル監督のモノ申す“真っ当な老い”に見えた。
 
 ミッシェル監督は99年にジュリア・ロバーツ、ヒュー・グラント主演の『ノッティングヒルの恋人』が大ヒット。以後『チェンジング・レーン』『恋とニュースのつくり方』など多彩なジャンルを撮り続けた職人監督である。晩年にあたる2017年にはダフネ・デュモーリアの原作小説を自ら脚色した『レイチェル』で円熟に達しつつあった。享年65歳。ご冥福をお祈りします。


『ゴヤの名画と優しい泥棒』20・英
監督 ロジャー・ミッシェル
出演 ジム・ブロードベント、ヘレン・ミレン、フィン・ホワイトヘッド、アンナ・マックスウェル・マーティ、マシュー・グード
2月25日(金)全国順次公開
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『ことりのロビン』

2022-02-19 | 映画レビュー(こ)

 第94回アカデミー短編アニメ賞ノミネート作。Netflixからのリリースという事で新興スタジオの作品かと思いきや、『ウォレス&グルミット』シリーズで知られるアードマン・アニメーションズの新作だ。アードマンと言えばクレイアニメの印象だが、ここでは布地のパペットで全編ハンドメイドのような手触りがあり、美術は細部に至るまで目にも楽しい。そしてアードマンには珍しくシニカルな英国流ギャグがほとんどなく、ネズミの一家に育てられたことりのロビンの冒険はなんともキュートなのである。老舗スタジオならではの充実の32分だ。


『ことりのロビン』21・英
監督 ダン・オジャリ、マイキー・プリーズ
出演 ブロンテ・カーマイケル、リチャード・E・グラント、ジリアン・アンダーソン
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『コレクティブ 国家の嘘』

2021-11-20 | 映画レビュー(こ)

 この映画を見て「対岸の火事」なんて言ってられるだろうか?2015年、ルーマニアで起きたライブハウスの火災事故を発端に国家の底なしの腐敗と汚職が暴かれるアカデミー長編ドキュメンタリー賞ノミネート作だ。

 火災事故後、スポーツ紙ガゼッタの記者トロンタンは軽症の若者たちが病院で相次いで死亡した事に疑問を抱く。消毒液のほとんどは国内大手ピクシーファーマから納入されており、その成分が10分の1に希釈されていたのだ。この報道を皮切りに世論の追求が始まるとピクシーファーマの社長が謎の事故死を遂げる。一方、事実を隠蔽していた政府は退陣に追い込まれ、新たな保健相に社会運動家のヴラド・ヴォイクレスクが就任。保健相改革に乗り出すが、その闇はあまりにも深かった。

 ルーマニアは社会主義政権が数十年に及ぶ独裁政治を敷いていたため国民の政治に対する関心が低く、投票率は最低水準。その結果、官民どころかマフィアまで癒着した汚職構造が完成したという。とても他国の話とは思えないが、本邦と決定的に異なるのはマスメディアが機能し、怒りに燃えた国民がいるという事だ。トロンタンは言う「メディアが権力に屈したら、権力は国民を虐げる」。

 ところで『ブレイキング・バッド』『君の名前で僕を呼んで』『マインドハンター』等の影響でハエが飛んでいるとどうにも気になってしまう性格なのだが、本作には驚かされた。嘘の記者会見を行う前保健相にハエがたかる瞬間をカメラが撮らえている。なんという直喩表現!


『コレクティブ 国家の嘘』19・独、ルーマニア、ルクセンブルク
監督 アレクサンダー・ナナウ
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