長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『THE GUILTY ギルティ』(2018)(2021)

2021-10-13 | 映画レビュー(き)

 88分間、警察の通信オペレーター室から動かない展開に驚かされた。どうやら男は理由あってこの閑職に追いやられたようだ。そこへ1本の緊急通報が入る。怯えた女の声。取り留めもない話ぶりに男は気付く。彼女は前科者の元夫に拉致され、命の危険にあるのだ。僕たちも耳をそばだてる。すると声と音の向こうに事件の全容と男の背負った“罪”が浮かび上がる。たった一夜の出来事から贖罪の物語へと到るこのデンマーク版は、時代も場所も超越する優れた舞台劇のような普遍性を持ち、ハリウッドでの再演は当然の事と思えた。

 山火事が猛威を振るい、主人公が激しく咳き込み続けるハリウッド版はコロナ只中に撮影され当時、濃厚接触者の認定を受けていた監督アントワン・フークアはセット屋外のトレーラーからディレクションしていたという。『トゥルー・ディテクティブ』のニック・ピゾラットがデンマーク版をLAの警官ドラマに脚色してアメリカ映画の文脈に置き換えれば、彼ならではの情念でより贖罪のドラマとしての彫りが深まった。主演ジェイク・ギレンホールはかつてデヴィッド・エアーによるLA警官モノの傑作『エンド・オブ・ウォッチ』に出演し、そのエアーが脚本を務め、今年で公開から20年になるのがフークアの代表作『トレーニング・デイ』だ。この文脈からも主人公の抱えた罪が黒人殺しであることは想像に難くなく、本作は2021年にハリウッドで再演される意義を獲得しているのである。そんな主人公にデンマーク版とは異なる救済がもたらされるのも、分断の先を模索するアメリカの現在(いま)を象徴していると言えるだろう。そしてハリウッド版の最大の魅力はジェイク・ギレンホールというスターの華で見せる一人芝居興行であることは言うまでもない。


『THE GUILTY ギルティ』18・デンマーク
監督 グスタフ・モーラー
出演 ヤコブ・セーダーグレン

『THE GUILTY ギルティ』21・米
監督 アントワン・フークア
出演 ジェイク・ギレンホール、イーサン・ホーク、ライリー・キーオ、ポール・ダノ、ピーター・サースガード
 
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『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』

2021-06-15 | 映画レビュー(き)

ガンオタとして実に感慨深い。まさか『閃光のハサウェイ』が劇場長編アニメとして公開される日が来るとは。シリーズの生みの親である富野由悠季によって原作小説が上梓されたのは1990年。その後、ゲーム等でオーディオドラマのような再現がされているものの、実に30年越しの映像化である(2000年に発売されたプレイステーション専用ゲーム『SDガンダム GGENERATION-F』では『逆襲のシャア』からハサウェイ役で佐々木望が続投し、林原めぐみがギギを演じた)。

 富野御大による一連のガンダム小説が人間ドラマに重きを置いており、シリーズの売りであるMS(モビルスーツ)同士のアクションがメインにならないことはもとより、その悲劇的な結末によって長らく”映像化不可能”と言われてきた作品である。本作が劇場3部作として映像化されることに、40年ものフランチャイズを展開するガンダムシリーズの充実がある。ここにはプラモデルの売上を目的にしたトキシックな描写がなく、夜間戦闘シーンはろくにモビルスーツのディテールも見えない。登場人物は安易な共感を呼ばず、テロ組織のリーダーを主人公にしたストーリーラインは決してわかりやすくはない。

 そして暴力描写だ。巻頭のハイジャックシーンに始まり、地球連邦政府による不法在留者に対する弾圧、そしてMSによる殺戮に目を見張る。ロボットが空から落ちれば建物を潰し、バーニアを吹かせば人は焼失する。火花を散らせばそれ1つで人間は丸焦げになる。人間とモビルスーツの大きさが徹底的に対比され、その暴力性が際立つリアルな演出は長いガンダムの歴史においても非常に珍しい。そしてこれが描かれなければあの悲痛な結末には到達できないだろう。主人公ハサウェイの目的はテロによる地球の浄化なのだ。

 そう、『閃光のハサウェイ』は現在もなお地球を圧し潰そうとする人間のエゴを描くのではないか。昨年、スクリーンで『風の谷のナウシカ』を見た時にもその現代性に驚かされたが、富野御大による原作小説もまた古びていない。地球環境問題、政治権力への不信…そしてガンダム史上屈指のファムファタルであるギギの現代性だ。「(女を性的に扱うことに)慣れた物言い、好きではありませんわ」と言い放つ彼女は、これまで富野作品で何度も描かれてきた男の思い通りにならない女性像であり、彼女を前に男たちは滅んでいくことになる。原作小説に対して語りの速度が的確かは後の2作を見るまで結論付けられないし、アクションのヌケの悪さも気になるが、30年前の言葉をもってガンダムがいかに時代を更新するか、僕たちは見届けなくてはならない。


『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』21・日
監督 村瀬修功
出演 小野賢章、上田麗奈、諏訪部順一
 
 
 
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『危険がいっぱい』

2020-12-01 | 映画レビュー(き)

 アラン・ドロンが『太陽がいっぱい』に続いてルネ・クレマン監督と組んだ本作は、ジャンルレスな怪作でめっぽう面白い。ドロン扮するイカサマ師のマルクは、マフィアの女房に手を出したせいで命を狙われる。巻頭から拷問描写もハードで、「お、これは本格ハードボイルドか」と身を乗り出した。間一髪、難を逃れたマルクと彼を追うギャングのチェイスアクションも迫力十分。命からがら教会に駆け込むと、そこには美しい未亡人バーバラとその従妹メリンダが慈善活動に訪れていた。マルクは専属運転手として雇われ、彼女らの住む大邸宅に転がり込むのだが…。

おっと、ここまで。
さながらジョーダン・ピール映画のような後半の転調に黒い笑いが洩れ、やがてそれは引きつる事になるだろう。本作でも美女を手玉に取るドロンの色男ぶりには女性蔑視とも言える女嫌いが見え隠れし、皮肉的なクライマックスは何とも今日的だ。ゆえに本作におけるドロンの“破滅の美学”は他作品にはない黒光りを放つのである。エロチックでキュートなジェーン・フォンダもドロンを圧倒した。予備知識なしで、ぜひ。


『危険がいっぱい』64・仏
監督 ルネ・クレマン
出演 アラン・ドロン、ジェーン・フォンダ
 
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『消えた画 クメール・ルージュの真実』

2020-10-29 | 映画レビュー(き)

 人類史上、度々繰り返されてきた虐殺の最もたる非道さは文化を破壊し、歴史上から跡形もなく消し去ってしまった事だ。1975年、カンボジアに現れた共産主義政権クメール・ルージュは“平等”を旗印に人々を強制労働下におき、思想を統一して文化を滅ぼした。労働資源として使い捨てられた人々は名前を奪われ、尊厳を踏みにじられた。

 監督のリティ・パニュは当時13歳だった。両親兄妹を殺された彼はやがてカンボジアを脱出。後にフィルムメーカーとなってポル・ポト政権の非道をドキュメントする。クメール・ルージュが製作した公式記録としての“シネマ”しか存在しないカンボジアに対し、彼は自らのイマージュ(記憶)を頼りに、死者の眠る土地から作った土人形を使って奪われた時を甦らせていく。それは彼が自らの記憶を辿る旅路であり、虐殺によって命を落とした人々への鎮魂でもある。在りし日の華やかなカンボジアへの憧憬、救うことのできなかった家族への想い、そして生き残ってしまった罪悪感が胸を打つ。偏った思想が文化を破壊し、人を殺し、一生涯の傷を残すのだ。

 一個人が独裁政権に立ち向かう本作は映画が人生を支えることもできる可能性を示す。映画の可能性を思い知らされる1本だ。


『消えた画 クメール・ルージュの真実』13・カンボジア、仏
監督 リティ・パニュ
 
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『教授とわたし、そして映画』

2020-10-20 | 映画レビュー(き)

 主演女優(キム・ミニ)との不倫を堂々公言し、映画監督と女優の色恋ばかりを描いてきたホン・サンス。“韓国のウディ・アレン”とも評される彼だが、御大のようなエグ味がないのは女優に惚れ込むある種のフェミニズムが自己愛を絶対的に上回っているからだろう。『威風堂々』をテーマ曲に映画監督、不倫相手の学生、彼女に恋する若い男の3人を描いた4話構成のオムニバスだ。

 ホン・サンス映画の男たちはどうにも冴えない。映画学科で教える監督(明らかにホンだ)は風采が上がらないし、若い男もルックスはともかく話し方に品があるとは言い難い。翻って2人と付き合う学生オッキ(チョン・ユミ)は清廉なルックスで、男達に依らない自立したヒロインだ。毎度、同じ女性像でホンの好みは本当にブレがない。チョン・ユミはキム・ミニが登場するまでの2010年代前半を支えたミューズだった。ホンの映画には必ずと言っていいほどしこたま飲んだくれる場面が出てくるが、おそらく本当に(けっこうな量を)飲んでいるのだろう。彼は好きな女が酔っ払った姿が好きなのだ。絡み酒のキム・ミニに対してチョン・ユミは大人しめ。可愛い。

 そんなオッキは監督とデートした公園に若い男を連れていく。同じ場所に来ることで2人の男の違いが際立つ。本当はどちらの事もそんなに好きじゃないのかも知れない。唐突にオッキのモノローグが流れる「似ている俳優を起用しましたが、実在の人物とは違います。それが私の望む効果を薄めているのかもしれません」。原題は“Oki's Movie”。好きな女の目線から不倫を清算。この角度こそホン・サンスである。


『教授とわたし、そして映画』10・韓
監督 ホン・サンス
出演 イ・ソンギュン、チョン・ユミ、ムン・ソングン
 
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