長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『FLEE フリー』

2022-06-29 | 映画レビュー(ふ)

 第94回アカデミー賞で国際長編映画賞(旧外国映画賞)、長編アニメーション賞、長編ドキュメンタリー賞の3部門で史上初“ハットトリック”ノミネートを獲得した異色作。アフガニスタン紛争の最中、カブールで幼少期を送った少年アミンが戦火を逃れ、ロシアへ亡命。そこから過酷な密入国を経てデンマークに渡った波乱の半生を、本人のインタビューを元にアニメーションで再現している。アミンを含め登場する家族の名前は全て仮名で、彼らの匿名性を守る手段としてのアニメーション表現だが、インタビュー中は横たわり、目を瞑ってさながらセラピーのように語るアミンの姿を見ると、凄惨な過去を緩和するための心理療法の一種に見えなくもない。そしてこの表現手法が中東はもちろん、現在起きているウクライナ紛争をはじめ、あらゆる暴力、理不尽によって故郷を追われ、家族と引き離された人々の物語として普遍性を獲得している。ただし、同じ“ドキュメンタリー×アニメ”という手法では、アリ・フォルマン監督が自らの過去に迫った『戦場でワルツを』のようなアニメーションとしての飛躍、蠱惑性は感じられなかった。

 逃亡生活、密入国、そして収監の凄惨が筆舌に尽くし難いのはもちろん、痛ましいのは身体の自由を得てもなおアミンにのしかかる精神的苦痛だ。生き別れた家族に対する後ろめたさと体験のトラウマに加え、アミンにはアフガニスタンでタブーとされてきたゲイとしてのアイデンティティがあり、亡命を果たしてもなお心の平安は遠い。『FLEE』はそんなアミンの少年時代に芽生えたセクシャリティの自覚や(初恋の相手はジャン・クロード・ヴァンダム!)、カミングアウトを巡るドラマが瑞々しく、忘れがたいものがあった。

 本作に心打たれ、リズ・アーメッド、ニコライ・コスター・ワルドーらがエグゼクティブプロデューサーに名を連ねた。アーメッドは今年、主演・脚本を務めた『The Long Goodbye』でアカデミー短編映画賞も取っている。


『FLEE フリー』21・デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、仏
監督 ヨナス・ポベル・ラスムセン

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