前作『ブラックハット』から8年ぶりとなるマイケル・マン監督の最新作は、度重なる主演俳優の交代劇に見舞われ、構想から実に30年を経たことで筆圧を弱めてしまった感はある。創業から10年を迎えた1958年のフェラーリに焦点を絞る本作は、伝記ドラマに彼らしいモチーフが垣間見える一方、常に“男性的”と評されてきた作風を自ら解体している。常に男と男の対決を描いてきたマンが、今回フェラーリの好敵手に選んだのは妻ラウラ。男の戦いの影で度々、涙を呑まされてきた女が、ここではフェラーリの喉元を締め付け、文字通りに生殺与奪を握っている。愛人との間に息子をもうけ、二重生活を送るフェラーリにラウラは銃を突きつけるのだ。エキセントリックな役柄が堂に入ったペネロペ・クルスはレパートリーの安易な再演に留まらず、まさに大女優の貫禄である。老け役に挑み、さらに名優への階段を登るアダム・ドライバーと双璧を成した。
エリック・メッサーシュミットの素晴らしいカメラを得たマンはイタリアの町並みを魅力的に撮りあげるも、ここにはトレードマークの夜景は存在せず、またヴァル・キルマーやクリストファー・プラマーに相当する“三番手”も不在。これまでのマイケル・マン映画を構成してきた様式美はなく、果たしてこれを81歳の巨匠の挑戦と見るか、衰えと見るか。フェラーリの強権はクライマックスで多くの人命を奪ったが、しかし歴史に名を残したのは彼である。マイケル・マンほどの作家が今更、男性性を批判的に取り上げる必要があったのだろうか?度重なる製作の見送りが、本作の然るべき出走タイミングを失してしまったようだ。
『フェラーリ』23・米
監督 マイケル・マン
出演 アダム・ドライバー、ペネロペ・クルス、シャイリーン・ウッドリー、サラ・ガドン、ジャック・オコンネル、パトリック・デンプシー
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