2024年、『恋するプリテンダー』『ツイスターズ』を大ヒットに導いた“グレパ”ことグレン・パウエル。ブレイクイヤーを決定付ける“ハットトリック”が今年3本目の主演作『ヒットマン』だ。テキサス生まれ、35才の俳優はマシュー・マコノヒー以来のセックスシンボルとしてハリウッドのトップに上り詰めるのか?はたまた絵に描いたような口角でニヤける第2のトム・クルーズになるのか?どちらにも当てはまるかもしれないが、彼の本質は実はもっと意外な所にある。出世作『エブリバディ・ウォンツ・サム!!』はじめ、いくつもの映画でコラボレートしてきた恩師リチャード・リンクレイターと再タッグを組んだパウエルは、この奇妙キテレツな実話を共同で脚本化し、これまでと全く異なる演技レンジを披露しているのだ。
パウエル演じる主人公ゲイリーはニューオーリンズの大学で心理学、哲学を教えている。セットされていない髪型、冴えない短パン。生徒からは「あいつ、シビックに乗ってるんだぜ」としょうもない理由でバカにされている。愛想を尽かしたのか、妻はとうの昔に出ていき独身。自宅で彼を待つのは猫だけだ。あのグレパがイケ散らかしたセクシーオーラを完全に封印している。ダサい。ダサ過ぎる。趣味は精密機器のハンダ付けで、それが高じて週末は盗聴機器オペレーターとして地元警察を手伝っている。ある日、覆面捜査官に欠員が出たことでゲイリーは急遽、代打に立つことに。腕利きの殺し屋に扮し、殺人を企てる依頼人を逮捕するのだ。見様見真似のはずが、口を衝く“殺し屋っぽい言動”にゲイリーの中で何かが目覚めていく。次第に彼は依頼者をプロファイリングし、望まれている殺し屋像を作り上げることで新たな自分を発見するのだ。
果たして"自分”を構成するものはどこから生まれてくるのか?リンクレイターならではの実存に対する問いかけを、グレパが百面相で笑わせるのは序の口。夫の殺害を持ちかける物憂い気な人妻の願望に合わせれば、ここでようやく僕らの知るセクシーなグレン・パウエルが登場だ。異なるペルソナを横断するグレパの変わり身芸は死ぬほど可笑しく、ゲイリーは人妻マディソンの色香に触発されていく。近年、ハリウッドは人間の欲望やセックスを随分と漂白してきたが、パウエルとアドリア・アルホナのケミストリーはスクリーンを曇らせるほどセクシーで、観る者を蕩けさせる。本作こそが真のブレイク作と言っていいアルホナはセックスシンボルに留まらず、チャーミングなユーモアセンスを発揮。何よりパウエルと夜の街に繰り出せば、そこにはリンクレイター映画ならではの恋する男女の親密な空気が漂い、私たちはうっとりと見惚れるばかりだ。
今年は『パストライブス』『チャレンジャーズ』『ツイスターズ』とトライアングルを形成するロマンスものが相次いだが、突き詰められた一対一の密度こそ観客を酔わせる。秘密と嘘の背徳のスリル、衝動のままに募らせるエロチシズム、二転三転するプロットの着地は意外や爽快だ。まったくグレン・パウエル、おまえは何てヤツなんだ!
『ヒットマン』23・米
監督 リチャード・リンクレイター
出演 グレン・パウエル、アドリア・アルホナ、オースティン・アメリオ
※2024年9月13日(金)新宿ピカデリーほか全国ロードショー
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