長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『秘密の森の、その向こう』

2022-11-07 | 映画レビュー(ひ)

 セリーヌ・シアマは物語を醸成させるために音で空間を閉ざす。彼女を一躍世界的な映画作家へと押し上げた前作『燃ゆる女の肖像』では画家とそのモデルが波音に閉ざされた孤島で濃密な時間を築き上げた。今回は風と葉音がざわめく森の中で8歳のヒロインが8歳の母親と出会う。シアマの映画に登場する子供たちはいつだってその目線の低さから大人には見えない世界の全てを見通している。主人公ネリーは誰から告げられることもなく、この不思議な森の仕組みと8歳の母親と出会った必然を理解しており、演じるジョセフィーヌとガブリエルのサンス姉妹は完全に映画を理解しているように見える

 祖母が亡くなり、その遺品を整理すべくネリーは森の近くにある祖母の家にやって来る。一人娘だった母は気落ちし、程なくして姿を消す。父は事態を受け止めつつ、彼女には時間が必要であり、自分には立ち入れない領域があることを理解している。『スペンサー』でも素晴らしい撮影を見せたクレア・マトンがカメラを手掛け、奇しくも2作は中年女性(母親)の自閉というモチーフで一致したが、それを殊更ドラマに仕立てない距離感がシアマの明晰さである。

 ネリーは森の奥で遊ぶ8歳の頃の母マリオンと出会う。重大な疾患を抱えるマリオンは大きな手術を控えており、祖母を亡くしたネリーとの間に死生観が通う。死を意識し、死を知る事で人間は1つの深みへとシフトする。多くの死があふれたコロナ禍の2年間に死生観を獲得した人はそう少なくないだろう。我が娘から名前で呼ばれた瞬間、母は自分の人生を支えてきたのがネリーだったのだと自覚する。シアマの描く子供たちはいつだって大人の及ばない生命力と可能性に満ちており、彼女の眼差しは脚本作『ぼくの名前はズッキーニ』や2014年の監督作『ガールフッド』から一貫している。

 そして本作はクィア映画である。女の子らしい赤い色の洋服を着ている8歳のマリオンに対し、ネリーは青い上着にズボンという格好で、ごっこ遊びも男役だ。まだ誰も指摘することもなければ本人すら知る由もないアイデンティティの芽生えを描いている所に、セリーヌ・シアマという映画作家の真骨頂がある。


『秘密の森の、その向こう』21・仏
監督 セリーヌ・シアマ
出演 ジョセフィーヌ・サンス、ガブリエル・サンス、ニナ・ミュリス、マルゴ・アバスカル、ステファン・バルペンヌ

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