長内那由多のMovie Note

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『スペンサー ダイアナの決意』

2022-11-03 | 映画レビュー(す)

 クリスマスイブの昼下がり、とある田舎のダイナーにイギリス皇太子妃ダイアナが現れる。周囲が驚きと好奇の視線を向ける中、彼女は言う「私、迷子なの」。王族一家がクリスマスを過ごすサンドリンガム・ハウスへの道がわからなくなってしまった彼女は夫チャールズの不倫に悩み、王室内では孤立を深め、文字通り人生の路頭に迷っていた。冒頭、“寓話”と断りが入るように名手スティーヴン・ナイトによる脚本は寓意的で、この映画を見て1991年の冬に彼女の身に起きた出来事を真実と思う観客はまずいないだろう(英国王室の内幕を描いたNetflixの人気TVシリーズ『ザ・クラウン』との比較も無意味だ)。『スペンサー』は周囲のプレッシャーから道を見失い、人生の岐路に立たされた女性の視点に同化するニューロティックホラーの変種であり、パブロ・ラライン監督も意図的にスタンリー・キューブリックの『シャイニング』を思わせる演出を取り入れ、ジョニー・グリーンウッドがジャズとストリングスの心得たストリングをかき鳴らしている。オーバールックホテルのバーテンダーよろしく不気味な執事役ティモシー・スポール、“守護霊”サリー・ホーキンスと助演陣には明確な演出が振り付けられており、ついには元妃の目の前にアン・ブーリンの幽霊が出てくる場面で僕はのけぞってしまった。一応、“陛下”と呼ばれる老婆は登場するがほとんどその個性は描かれず、これは何処にでもいる虐げられた一女性の物語でもあるのだ。

 演じるクリステン・スチュワートはルックスや仕草をダイアナ元妃に寄せてはいるものの、さほど似ているとは思えない。再現度という意味では同時期にリリースされた『ザ・クラウン』シーズン4のエマ・コリンの方が上だ。むしろクリステンはダイアナすらも自信の仄暗い個性に引き寄せており、ポストモダンホラーの傑作『パーソナル・ショッパー』やジーン・セバーグの悲惨な晩年を描いた『セバーグ』同様に、惑い、脅え、憂う被虐美が光る。ゆくゆくは彼女で『反撥』のような映画を見たいと思っていたが、まさか『スペンサー』がそれを担うとは思わなかった。シャネルの衣装をまとい、くるくると舞い続ける。こんなにも悲壮なクリステンがかつてあっただろうか!

 そしてここにはクリステンならではの反骨精神も共存している。ダイアナはFワードを吐き、スパイのような召使い達に向かって「オナニーするから出ていって」と言う。ララインはヒールを履いていようがシャネルを着ていようが振り払うように走り抜けるクリステンの身体を名手クレア・マトンのカメラで追いかけ、ついに彼女は因習という名の呪いをかけられた邸宅から抜け出すのである。『スペンサー』はクリステンを愛でるスター映画であり、自らの名前を取り戻したダイアナのスピリットを甦らせる事に成功している。元妃が2人の子供を愛し、ファストフードを頬張るような市井のプリンセスだった事を誰もが思い出すだろう。


『スペンサー ダイアナの決意』21・英、独
監督 パブロ・ラライン
出演 クリステン・スチュワート、ジャック・ファニング、ティモシー・スポール、サリー・ホーキンス、ショーン・ハリス

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