長内那由多のMovie Note

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『竜とそばかすの姫』

2021-07-27 | 映画レビュー(り)

 本作が細田守作品初鑑賞という世間的にはレアな観客であるため、同じインターネットをテーマとした過去作『サマーウォーズ』などを参照したレビューは書けないのであしからず。初期の『時をかける少女』こそ"見逃してしまった”感があったが、以後はあまり惹かれず、今回は予告編のヴィジュアルを見てこれはIMAXの大スクリーンで見なければ、と足が向いた次第である。

 興味深いことにヴァーチャル空間を描いた『竜とそばかすの姫』の真価はヴァーチャル空間にはない。点と線が縦横無尽に伸び、無重力空間に異形のアバターが群衆を織りなす電脳世界には、期待したほどの映像的快楽は感じられず、宙を舞う巨大なクジラのデジャヴにアリ・フォルマン監督『コングレス未来学会議』のトリップが恋しくなった。かつて『攻殻機動隊』が"ネットは広大だわ”と来るインターネット社会の可能性を夢見、その影響を受けた『マトリックス』が世界を変える力があると謳い、スピルバーグまでもが『レディ・プレイヤー1』で祝祭的に描いてきた電脳空間を、『竜とそばかすの姫』はそれほどの価値はないと描いている。

 真に魅力的なのはモデルとなった越知町をはじめとする自然に満ちた高知県そのものだ。ここに暮らす女子高生のすずは、幼少期に母を失ったトラウマから大好きだった歌を唄うこともできなくなり、身を潜めるように学生生活を送っている。越知町の四季折々と共に彼女の半生が描かれるこの序盤部だけで、コロナ後の旅行先は決まりだろう。同級生との友情、すれ違い、淡い恋心…本当に大切なものは越知町と10代のリアルな青春にこそある。

 『竜とそばかすの姫』はこの素晴らしいメッセージと電脳空間を舞台とした『美女と野獣』のプロットがまるで噛み合っておらず、すずが竜に惹かれるのは彼女がベルで、竜がビーストである以上の理由はない。ノイズと歪んだ正義心に満ちたネット世界に50億人以上が接続しながら、運命の出会いが武蔵小杉にある終盤には巨災対も驚きだろう。物議を醸している児童虐待のプロットはネットサーフィン程度の印象しか残らなく、何より音楽映画でありながら作曲シーンが1つもないのはどういう事か(親友役の幾多りらは人気ユニットYOASOBIのボーカル。プロの声優ような達者ぶりだが、彼女を要した意味もない)。これら不備というにはあまりに致命的な欠陥は、細田が1人で脚本を手掛けるようになってからの近作にはつきもののようだ。

 それでも本作はオリンピックとコロナによって作品が不足する日本のサマーシーズンで大きな牽引役となるだろう。素晴らしい歌声と芝居勘を持ったシンガー、中村佳穂はじめボイスキャストの上品な低音も心地よく、この耳の良さも演出の才能だと改めて認識した。遅ればせながら過去の細田作品も見たくなった。


『竜とそばかすの姫』21・日
監督 細田守
出演 中村佳穂、成田凌、染谷将太、玉城ティナ、幾田リラ、佐藤健

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