長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『フォッシー&ヴァードン~ブロードウェイに輝く生涯~』

2021-04-14 | 海外ドラマ(ふ)

 『キャバレー』『シカゴ』『オール・ザット・ジャズ』などで知られる演出家ボブ・フォッシーを描く本作は、およそ21世紀の型に収まる人物ではない天才の真実を暴いていく。幼少期の性的虐待によりセックスに対して強迫観念を抱いた彼はその後、重度のセックス依存症となり稽古場でのハラスメントを繰り返す一方、ミュージカルにエロティシズムを持ち込む独自の演出によって時代の寵児となる。だが本作は#Me tooに照らしたキャンセルが主眼ではない。数々の名作誕生の裏にはブロードウェイ時代からコンビを組み続けた妻グウェン・ヴァードンの存在があった。

 当時、気鋭のミュージカル女優だったグウェンは新鋭演出家フォッシーと出会い、意気投合。お互いに連れ合いがいる関係ながらすぐさま激しい恋におちる。程なくしてグウェンは妊娠、出産により一線を退く。一方、フォッシーは1972年に映画『キャバレー』を手掛け、大ヒットを記録。アカデミー賞では作品賞こそ『ゴッドファーザー』に譲ったものの、監督賞はじめ計8部門ものオスカーに輝き、“作品賞を逃した最多受賞記録”まで打ち立てる(信じられないかも知れないが、『ゴッドファーザー』が獲れたオスカーは作品賞含めたったの3部門だった)。

 だが、決して容易い道ではなかった。それまでのミュージカル映画にはないダークで淫靡な作風はスタジオの理解を得られず、またフォッシーの完璧主義ゆえ編集作業は難航。そんな現場にアドバイスを授けたのがグウェンだったのである。フォッシー演出の薫陶を受けた女優だからこそ、フォッシー演出が活きる術を理解していたのだ。

 『フォッシー&ヴァードン』は夫の度重なる不倫と、そのあまりに規格外な才能に泣かされた日陰の女を描くことが主題ではない。描かれるのは傑出した才能を持つ者同士による共鳴だ。愛と憎悪、忌避と心酔、作用と反作用が常に2人の間で絶妙な均衡を保ち続ける。演じるサム・ロックウェル、ミシェル・ウィリアムズの競演は最高にスリリングで、ここにフォッシーの愛人アン・ラインキング役でマーガレット・クアリーも加わり、素晴らしいトリオを奏でている。ロックウェルは豪放さに磨きがかかり、ヴァードン役ウィリアムズはまたしてもその偉大なキャリアを更新した。彼女を見る度に「背負っているものが違うな」と気圧されるのだが、第7話『シカゴ』再演を巡る稽古場は壮絶だ。

 1979年、フォッシーは半自伝的映画『オール・ザット・ジャズ』を発表する。薬物摂取と過労によって現実と幻想を彷徨う振付師の姿はフォッシーのそのものであり、時勢を何度も行き来する『フォッシー&ヴァードン』はこの映画の韻を踏んでいる。フォッシーは『オール・ザット・ジャズ』に娘やヴァードンを出演させたばかりか、愛人役にアン・ラインキング本人を起用する。虚実入り混じったオーディションで神経衰弱に陥るラインキングをマーガレット・クアリーはこれまでにない真に迫った演技で見せ、実力を証明した。

 興味深いのがフォッシーを取り巻く70年代当時の交友関係だ。彼の良き理解者であるパディ・チャイエフスキーは1976年に『ネットワーク』を手掛け、3度目のアカデミー脚本賞を受賞した名脚本家。この映画では精神を病んだニュースキャスターが番組内でアメリカ社会を糾弾し、公開自殺を予告する。やがてカリスマ的支持を集める彼の人気にTV局は便乗し、番組は過激化していく。アメリカンニューシネマ後期に登場した本作は、個人の精神を通じてベトナム戦争後の疲弊したアメリカ社会を描き出し、それは現在の『ジョーカー』にも通じるものがある。そんなチャイエフスキーが亡くなったのはフォッシーに先駆けること6年前の1981年。58歳のことだった。『フォッシー&ヴァードン』におけるチャイエフスキーはまるで創作オブセッションとトラウマに苦しむフォッシーのアルターエゴのように映るのだ。

 PeakTVの1本として本作もまた実にハイコンテクストだが、ストリーミングサービス全盛における現在、フォッシーやチャイエフスキーの作品を取り扱う配信サイトは決して多くない。そして20世紀FOXなき今、傘下FX製作である本作が日本に入ってくるルートはほぼ断たれてしまっている。僕はWOWOWで視聴した次第だが、字幕版の放送すらなかった事を記しておきたい。


『フォッシー&ヴァードン~ブロードウェイに輝く生涯~』19・米
監督 トーマス・カイル
出演 サム・ロックウェル、ミシェル・ウィリアムズ、マーガレット・クアリー

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