全ての映画には出会うべく然るべきタイミングがあるはずで、幸か不幸か筆者がセドリック・クラピッシュの“青春3部作”を見たのは、完結編である『ニューヨークの巴里夫』が公開されてからさらに10年後の2023年だった(この年、子供世代を主人公にした続編TVシリーズ『ギリシャ・サラダ』がリリースされる)。クラピッシュの最新作『ダンサーインParis』に合わせた鑑賞だったが、若さみなぎる『スパニッシュ・アパートメント』から人生のモラトリアムを捉える『ロシアン・ドールズ』『ニューヨークの巴里夫』へと至るクラピッシュはそこからさらに10年後、『ダンサーインParis』で老境の眼差しを得ながらなお瑞々しさを失っていないことに驚かされた。
25歳の大学院生グザヴィエは、1年間の留学で故郷パリからスペインはマドリードへと渡る。同居人募集の告知を頼りにアパートメントを訪れれば、そこは英、独、西らヨーロッパの各国から男女7人が集まるシェアハウスだ。活気あふれるグザヴィエの留学生活は勉学はもちろんのこと、人妻との不倫や、パリに残してきた恋人マルティーヌ(前年、『アメリ』で世界的ブレイクを果たしたオドレイ・トトゥが演じる)との遠距離恋愛など大忙し。パリジャンらしい“チャラさ”のグザヴィエだが、演じるロマン・デュリスのおかげで「あ、その瞬間は全力投球なのね」と憎めないチャームがある。こんな祝祭的日々を送っていれば専攻している経営学を収めて株屋になんてなれるワケもなく、自らの道を見出すクライマックスに「20代の時に見ていたら人生を変える、一生モノの映画になっただろうな」と思わずにはいられなかった。
30代に入ってグザヴィエは夢見た執筆を生業にしてみたものの、現実は頼まれさえすれば断ることもできない雑文書きだ。そんな折、舞い込んだTVドラマの仕事に張り切って、やはりシナリオライターになった同窓ウエンディとの共同作業を始めるのだが…時が経てば人と人との距離は変わるもの。スペイン時代にはそれほど密接ではなかったウエンディと人生を変える絆が芽生え、一方でマルティーヌとは別れても腐れ縁が続く。レズビアンのイザベルとはセックスが絡まないからこそ一生モノの友情だ。当たり前のように男友達は縁が切れ、女性陣とだけ関係が続くのはさすが巴里夫グザヴィエ。今やハリウッドでも活躍する英国のバイプレーヤー、ケリー・ライリーがウエンディを演じ、“青春3部作”こそが彼女の出世作なのだと認識。どこにでもいる庶民的な彼女がグザヴィエのチャラさを前に精一杯の愛の告白をする場面は『ロシアン・ドールズ』の感動的なハイライトだ。
40歳『ニューヨークの巴里夫』に至ると、グザヴィエは“あぁ、人生よ”と呻く。ウエンディとの間には2人の子供に恵まれたが、10年を経て彼女との関係は冷え切り、事実婚は解消。彼女は子どもたちを連れ、新たなパートナーとNYでの新生活を始めてしまう。人生はわからない。グザヴィエ40歳、子どもたちを追って単身アメリカへと渡り、新生活が始まる。ろくに家具もない狭い部屋で、出来合いの中華を食べる男独り暮らし。子どもたちとの生活のためとはいえ、この歳でバイトの掛け持ちだ。侘しい。不惑に入って大成も成熟もせず、若い頃と変わらぬチャラさで、人生そう易々と成長はしないのだ。しかし、人生を見渡せば今も変わらず素敵な女性たちがいて、これでいいのだと思えてくる(若さを確認するためにセックスに躍起になるイザベルが可笑しい)。
クラピッシュは街の作家でもある。3部作は世界的な都市を観光名所から裏道までくまなく歩き、『ニューヨークの巴里夫』はアメリカの映画作家では撮りえないショットの連続で“NYのフランス人”の視点を獲得することに成功している。それでいてNYの喧騒をカメラがひた走れば、人生を達観したフランス映画が途端に“アメリカ映画”へと合流するダイナミズム。20年間に及ぶサーガはクラピッシュとグザヴィエ、そして幸運にも同時代を共にすることのできた多くの観客を随分、遠くへ運んだものだ。あぁ、人生ってやつは!
『スパニッシュ・アパートメント』02・仏
『ロシアン・ドールズ』05・仏、英
『ニューヨークの巴里夫』13・仏、米
監督 セドリック・クラピッシュ
出演 ロマン・デュリス、オドレイ・トトゥ、ケリー・ライリー、セシル・ドゥ・フランス
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