長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『To Leslie トゥ・レスリー』

2023-07-20 | 映画レビュー(と)

 テキサス州の片田舎。レスリーはかつて19万ドル(約2500万円)の宝クジを当てた。その様子はニュースでも報じられ、彼女は一躍時の人となる。それから6年。手元には一銭も残っていない。仮住まいのモーテルも未払いで追い出された。冷たい雨に降りそぼる中、もはや居場所はどこにもない。レスリーは19万ドル全てをアルコールに使い切ってしまったのだ。

 荒野に面したテキサスの光景と、傑作TVシリーズ『ベター・コール・ソウル』に参加し、本作が長編映画初監督となる名手マイケル・モリスの行間の演出に、まるでソウルに電話できなかった人々を描く“アルバカーキの片隅で”とも言いたくなる小品である。だがこの119分というう然るべき映画時間の中で描かれる“ささやかさ”もまたアメリカ映画の文脈の1つではなかったか。ここには政治的に正しい、模範的な人物は誰1人として出てこない。レスリーは大金を飲み尽くしたばかりか、幼い我が子をネグレクトしたのだ。今や彼女は酒のためなら盗みもやるし、嘘もつく。周囲から与えられた善意も事もなげに無下にする。身近に居たら決して近づきたくない人物だが、しかし彼女を断罪することなど出来るだろうか?レスリーの愚行を町の人々は指差し、石を投げつける。社会的規範から外れた人間に対し、赤の他人が懲罰感情を募らせる光景は私たちもSNSでうんざりするほど目にしてきた。英国のカメレオン女優アンドレア・ライズボローが作り上げたあまりにも見事な人物造形は、私たちの中にもある愚かさと弱さを乱反射し、時に目を背けたくなる程だ。低予算映画ゆえ、ハリウッドスターを狙い撃ちしたオスカーキャンペーンが問題視されたものの、2022年のベストアクトであることに変わりはない。マイケル・モリスが“アルバカーキサーガ”さながらにポップソングでレスリーの心情を代弁するシーンは、本作のハイライトである。

 もう1人、特筆したいのがレスリーが身を寄せる場末のモーテル管理人に扮したマーク・マロンだ。コメディアン(映画スターを招くポッドキャスターでもある)としても名を馳せる彼の人間洞察から生み出された“旨味”はNetflixのコメディドラマ『GLOW』でも実証済み。ダメな女を見捨てられない男の優しさはレスリー同様、私たちにも実に沁みるのである。

 アメリカ映画が大作フランチャイズと低予算に二極化し、中規模のドラマ映画がTVシリーズへと変化したが、そのTVシリーズで偉大な成功を収めたマイケル・モリスが映画に還ってみれば、この繊細な機微が危うく誰の目にも留まらない所であった。つまらないオスカーキャンペーン規約など気にせずに、伝え合うべき1本である。


『To Leslie トゥ・レスリー』22・米
監督 マイケル・モリス
出演 アンドレア・ライズボロー、マーク・マロン、オーウェン・ティーグ、アリソン・ジャネイ、スティーヴン・ルート

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