長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ドリームプラン』

2022-03-17 | 映画レビュー(と)

 テニス界最高の選手ヴィーナス&セリーナのウィリアムズ姉妹は如何にして誕生したのか?2人(特にヴィーナス)の偉大な1歩を描いてはいるが、本作の主人公は彼女たちではない。“King Richard”(=原題)とまるでシェイクスピア劇のような仰々しさで題された父リチャード・ウィリアムズの物語だ。過酷な人種差別をくぐり抜けてきた彼は、娘たちには世界中からリスペクトされる存在になってほしいと願い、未だ白人優位のスポーツであったテニス界に切り込むべく78ページの計画書を作り上げる(それも2人が生まれる前に!)。見様見真似、独学の指導法で来る日も来る日も娘たちにトレーニングを課し、強い自己肯定心とリスペクトの精神を叩き込む。ほとんど山師同然のリチャードは頑固一徹な“メンドくさい”人だが、一本筋の通った信念の人でもある。ウィリアムズ一家が暮らしていたのは全米一の危険地帯と言われるコンプトンで、時はロサンゼルス暴動の引き金となるロドニー・キング事件が起こった1991年。娘たちにちょっかいを出すギャングがいれば、銃すら持ち出す。それが“キング・リチャード”だ。

 過去にオスカー候補に挙がった『ALI』『幸せのかけら』同様、観客が安易に共感できない人物を演じた時こそ“演技派”ウィル・スミスの本領である。やや背中を丸め、ガニ股で歩く本作の彼にいつもの洗練は微塵もなく、激する場面では目元にうっすらと涙が溜まる。53歳という年齢を迎え、いい具合に味が出てきた。来るアカデミー賞では堂々の本命候補だ。
 共演者にも恵まれた。ウィリアムズ姉妹を演じるサナイヤ・シドニーとデミ・シングルトン(鋭い眼光!)が奮闘し、リチャードの妻オラシーンを演じたアーンジャニュー・エリスはTVドラマ『ラヴクラフトカントリー』の“時をかける主婦”ヒポリタを演じた名女優だ。そしてコーチのリック・メイシー役で好漢ジョン・バーンサルが登場。出てくるだけで「お、ここから映画が面白くなるのだな」と思えるのだから、いつの間にか頼もしいバイプレーヤーに成長してくれたものである。

 リチャードの功績で最も眼を見張るのはプロスポーツ選手のメンタルヘルスに早くから注目していたことだ。彼はジュニア時代からテニス漬けになる事での“燃え尽き”を強く危惧し、娘たちのプロデビューをなかなか認めようとしなかった。そこには娘たちへの愛情はもとより、多くの有色人種の先駆者になってもらいたいという強い決意を問うていたのかもしれない。本作もまた近年のBLMに呼応した黒人映画の1本である。


『ドリームプラン』21・米
監督 レイナルド・マーカス・グリーン
出演 ウィル・スミス、アーンジャニュー・エリス、サナイヤ・シドニー、デミ・シングルトン、トニー・ゴールドウィン、ジョン・バーンサル

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