今日は、人形供養をしてもらいに門戸厄神まで行ってきた。
娘が生まれたときに、仲人さんが贈ってくれたもので、阪神大震災後からテレビボードの上に飾っていた。
今回のリフォームで暫く移動していたけど、また元に戻した。
しかし、いつかこのマンションを売るようなことになったら、子どもたちは自分が必要な物はそれぞれの住まいに持って帰るだろうけど、日本人形、母が編んでくれた亀クッションは持って帰らないだろう。
「むげに捨てられてしまうのなら、今の内にねこ吉が門戸厄神まで人形供養に持っていこう。」そう思っていた。
リフォームが終わって落ち着いたので、大安吉日の本日決行。
昨日、人形をガラスケースから出して、梱包資材で顔を覆い大きな袋に入れた。
亀クッション2個も圧縮して袋に入れた。
娘が生まれた年に、たぬ吉が羽子板市で買ってきた押絵の羽子板も、ねこ吉がアムステルダムで買ってきた民族衣装を着た男の子と女の子の人形も袋に入れた。
2010年11月7日に、ねこ吉が結婚祝いにもらった大きな日本人形を門戸厄神に持っていった。
門戸厄神で降りて大きな荷物を持って歩いたので、凄く疲れたのを覚えてる。
あれから13年の月日が経っている。
一層衰えてるねこ吉だから、今日は西宮北口からタクシーに乗って行こうと決めていた。
家から岡本まで歩いただけでも、結構疲れてる。
西宮北口で北出口のタクシー乗り場に着たら、お婆さんと中年男性の先客2人。
有難いことに椅子があったので、3番目に座った。
お婆さんは、独り言?ワイヤレスのイヤホンで誰かと喋ってる?
ずっと喋ってる。タクシーは一向に来ない。
堪りかねて、隣の男性に、
「ここのタクシーはなかなか来ないのですか?南出口の方がいいでしょうか?門戸厄神なら、ここの乗り場の方がいいですよね。」と迷惑を顧みず話しかけてしまった。
「ここのタクシーは時間によって来ないことがあるんですよ。」と答えてくれた。
突然、お婆さんが、
「奥さん、門戸厄神に行くの?タクシーなんか乗らなくても、私ら5分で行くでぇ。
歩いて行き!この線路に沿って歩き。門戸厄神は左側にあるから。」
といい、「私、今捻挫してるけど、ホントに5分で行けるから。」と駆け足の足踏みをする。
どうしたの?お婆さん、突然スイッチが入ったの?
まさか、5分では行けるとは思わないし、以前行ったときも門戸厄神で降りてからかなり歩いたような気がする。
しかし、タクシーは来ないし、来てもねこ吉は3番目だし。
お婆さんは、「奥さん、歩き、歩き。」と急き立てる。
とりあえず門戸厄神の駅まで歩いた。一駅歩いたんだから当然5分では着かなかった。お婆さんの嘘つき。
駅まで来たら、門戸厄神までの案内の看板に従って、緩い坂をトボトボと・・・。
お婆さんに騙されたわ。
お参りをして、寺務所に行って人形を出して供養料を払い・・・。
人形を手放した悲しさと、安心感がないまぜになって、何とも言えない複雑な心境です。
前に来た時も同じような気持ちだったことを思い出す。
以前来た時より楽をしようと思ったのに、よりしんどい目をして門戸厄神にやって来たなんて。
あの不思議なお婆さんのせいだよね。