(空を万華鏡アプリで撮った。絞り染めみたいでしょ。)
今まで、ブログには、出来るだけ悲しいことは書かないようにしてきた。
でも、やっぱり、今朝思ったことは書いておこうと思って・・・。
今日、3月8日は、母の祥月命日です。
48年前の今日、母が亡くなりねこ吉はどうして生きていこうかと途方に暮れた。
ねこ吉は、敢えて書かないけど山ほどの事情を抱えていたし・・・。
ねこ吉は結婚をし、出産をし、母の亡くなった年をはるかに超えて、今も何とか生きている。
ねこ吉の知る限りでも、母の人生は大変な人生だった。
山ほどの苦労を耐えに耐えていた。もう諦めていたのかも・・・。
だから、病気になって早く死んだのだとねこ吉は思っている。
本当に、「お人好しが着物着て歩いてる。」ような人だった。
ねこ吉は、嫌なことを我慢してたら母のように死んでしまうと思ってた。
母のような人生だけは嫌だ!と思ってた。
「嫌なことは嫌と言える人間になる。」そう思っていたけど、やっぱりねこ吉もお人好し。
母に育てられたんだものね。
嫌なことを言われても言い返せず、相変わらずストレスをためている。
ねこ吉が小学校2年生の時、母は乳がんの手術をして右手が大きく腫れて、既製服が合わなかった。
洋裁が出来ない人だったので、近所の人や、親類に頼んで服を縫ってもらっていた。
右側のアームホールを思い切り大きくしないと着れなかった。
ねこ吉は、就職して、帰り道に洋裁学校に通っていた。
心の中では、母のブラウスを縫おうと思っているんだけど、自分の服を縫うのに忙しく先延ばしにしているうちに、母は入院、坂道を転げるように悪化して亡くなってしまった。
お母さん、何も縫ってあげられなくてごめんなさい。
この年になっても、ずっと後悔している。
これは、ねこ吉が初めてもらったボーナスで母にプレゼントした資生堂の練り香「禅」です。
水戸黄門じゃないけど、印籠型で中に練り香が入っている。
48年以上は経っているけど白檀の香りが今もする。全然減っていない所を見ると、母は使っていなかったのかも・・・。
入院するとき持って行ったようだ。
母が亡くなり、病院から持って帰った荷物の中にあった。
何故、持って行ったのかは判らないけど、ねこ吉がプレゼントをしたことが嬉しかったのだと思いたい。
今も、母の写真と共にずっと持っている。
今日は、随分センチメンタルな話になってしまったわ。
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今になると色々感慨深いものが有ります。
拝読していて お母様に対する思いを綴りたい気持ちが分かるような気がしました。
今まで、ブログには書きたくなかったんです。
こんな世の中になって、また歳をとって、いつねこ吉の命が果てるか判らないと思うと、長く思っている思いを書いておこうと今朝思いました。
読んで頂き有難うございました。
お母さま 早くお亡くなりになられて、、心残りもたくさんあったことと思います。でも ねこ吉さんがお幸せならと、喜んでおられます。
私は母だけで育ちました。
今の平凡ですが、私を見て安心してるかなーと 親孝行はそうできなかったけれど。
色々書いた暗いブログを読んで頂き有難うございました。
今日は色んな思いで過ごしました。