前回に引き続き、渋谷の酒場「青い部屋」での写真。
この日、みぎわさん以外にも当ブログに掲載したことのある芸人さんが出演されてゐた。「アキバにて2~オノデン前にウサギ現る」(2008.3.29)他で掲載のバーバラ村田さんである。
今年の当ブログの大道芸カテゴリの一発目(「2008年大道芸見初め」(2008.1.3))はバーバラさんであり、奇しくも締めくくりの今回もバーバラさんとなつてしまつた。
3月に私が「青い部屋」に足を運んだときもバーバラさんは出演されてゐたのだが、事情があつて観ることはできなかつた。
しかし今回は観ることができてよかつた。
写真はダンスを披露するバーバラ村田さん。
格好よかつた。
(2008年12月28日、渋谷区渋谷、ニコンD80,タムロンAF28~80㎜F3.5~5.6,ISO400,1/200秒シヤツター優先オート,フラツシユ使用)
来生たかおの歌に「夢の途中」(来生えつこ作詞、来生たかお作曲、星勝編曲:1981年)といふものがある。今回のタイトルはこの歌の題のもぢりといつても字数が合はないので無理があるか。
函館市内を歩いてゐたら、空き地にて黒白猫が二本足立ちで爪をといでゐるのを見た。
写真を撮らうとカメラを構へる。すると、猫はその私の存在に気づいたのか、爪とぎを一時中止し振り向いた。
「何だよ。爪とぎの途中だといふのに…」と言ひたげな表情に見える。
シヤツターボタンを押した私は、画像を確認し「邪魔してごめんよ」と内心思ひながらこの場を立ち去つた。
(2008年7月31日、函館市弁天町、ニコンD80,シグマ70~300㎜DGF4~5.6,ISO800,プログラムオート)
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東京都中央区を横断する通りの一つに、鍛冶橋通りがある。
そこには弾正橋といふ名の橋が架かつてゐるが、橋の下には川はなく、首都高速道路がある。かつては楓川といふ名の川が流れてゐた。
弾正橋は木造の橋であつたが、明治11年に鉄橋に架け替へられた。国産初の鉄橋である。
その後、関東大震災後の復興事業に伴ひ廃橋とされたが、昭和4年深川の富岡八幡宮近くの八幡掘に移設され、八幡橋と名を改めた。
現在、八幡堀は埋め立てられ、公園となつてゐるが、八幡橋は現役の橋として健在である。
また、国の重要文化財として指定もされてゐる。
写真はその八幡橋。三毛猫の姿も見える。
(2008年9月、江東区富岡、ニコンNewFM2,タムロン70~210㎜F4~5.6)
(参考文献)
福田国士「地図から消えた『東京の町』」(祥伝社黄金文庫:1999年)
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元禄15年12月14日といへば、赤穂浪士が本所松坂町の吉良上野介の屋敷に討ち入つた日である。
本日12月14日は忠臣蔵関係のイベントが毎年開催される。ちなみに元禄15年12月14日は西暦1703年1月30日であるが、毎年1月30日に開催される忠臣蔵関係のイベントの話は聞いたことがない。どこかで開催はしてゐるのだらうか。
数年前、吉良邸跡から泉岳寺まで、赤穂浪士が歩いたと推定される道を歩いたことがある。私の足で3時間少々かかつた(途中築地で20分程休憩した)。
ちなみに浪士たちは、途中休憩したりしても、2時間で泉岳寺に到達したといふ。
吉良上野介の屋敷は、現在の両国三丁目の南半分ほどの広さがあつたらしい。現在、史跡である本所松坂町公園は、吉良邸の北東の一角にすぎない。
写真は公園より北で撮影。犬がゐる場所もカメラを構へる私が立つ場所も、吉良邸敷地ではなく、隣の旗本屋敷の敷地であつた。
(2008年9月、墨田区両国、ニコンNewFM2,タムロン70~210㎜F4~5.6)
(参考文献)
高島俊男「お言葉ですが…② 『週刊文春』の怪」(文春文庫:2001年)
河合敦「忠臣蔵のすべてがわかる本」(成美文庫:1998年)
この日、加納さんは3回大道芸をしたのだが、私は3回とも観てしまつた。
前回の写真は3回目のものである。
2回目を観る直前、加納さんの仕事着と同じ青いジヤージを着た犬を見た。
飼ひ主さんも加納さんのフアンのやうで、犬に青ジヤージを着せて加納さんの大道芸を観に来たやうである。
写真撮影後、犬の写真をブログに掲載したいと飼ひ主さんに申し出たところ、快諾してくださつた。
この場にてまたあらためて御礼つかまつります。
(2008年11月22日、台東区上野公園、ニコンD80,トキナーAT-X280AF PRO28~80㎜F2.8,ISO500,絞り優先オートf3.2)