旅の途中

にいがた単身赴任時代に綴り始めた旅の備忘録。街道を歩いたり、酒肴をもとめてローカル線に乗ったり、時には単車に跨って。

風を感じて! 奥多摩周遊道路とZと気ままにREFLECTION

2024-06-26 | 単車でGO!

もう朝とは言えない時間に階下に降りるる。そっと黒いシルクのシーツを少し捲ってみる。
「あらっ、ずいぶん久しぶりね」っと少し険がある。こういう時は逆らわない方がいい。
確かに春以来、酒呑みの鉄道旅ばかりが先行して、この季節まで一緒に出かけることはなかったから。

シーツを足首のあたりまで剥いでしまう。
覆い被さるように跨ると、骨ばった右手で優しく左手を包む。恋人繋ぎってやつだ。
少しだけ手首を手前にひねると、小刻みな鼓動が大きくなる。いつも通りだ。

奥多摩大橋を渡ると、ふたりが走る道はいよいよ渓谷の景色になってくる。
内緒だけれど、まったく思いつきのツーリングは、青梅街道を走らせてここまでやってきた。

しなやかな脚にブラウンのタイトスカートを纏い、さりげなくシャンパンゴールドのアンクレット。
上品なオレンジのトップスに案外ボリューミーな上半身を包むコーディネートはいつもの通りだ。

鳩ノ巣渓谷あたりだろうか、何艇かのカヌーが白い飛沫を滑っていった。
「知らないうちに季節が過ぎたみたいね。すっかり夏なのね」って、まだご機嫌は斜めなのだろうか。

ランチは沢井の「豆らく」にウインカーを出した。
渓谷の吊り橋の下をキラキラと清流が流れ、広葉樹の緑から初夏の日が溢れる。
渓谷を渡る風に髪をとかれ、「ステキなところね」と呟く。
だんだんペースを引き寄せただろうか。鉄道旅では何度か訪れたけど。ふたりで来たのは初めてだ。

鳩ノ巣あたりから、バイクの隊列に前とを塞がれて走ってきたけれど、
小河内ダムまで駆け上がるころ、ようやく二人きりになる。鼓動が伝わってくる。
夏に向かって水を湛えた奥多摩湖は深いエメラルド、山肌から新緑が覆い被さって、東山魁夷の世界だ。

深山橋から三頭橋を渡って奥多摩周遊道路へと進む。ここは都心からも近い関東屈指のワインディングだ。
三頭橋(530m)から風張峠(1,146m)まで一気に駆け上がる爽快感から、多くの走り屋たちが集まってくる。

っと2眼ヘッドライトのフルカウルのスーパースポーツが、甲高いエンジン音で後ろから迫ってきた。
短い直線で左にウインカーを出して先を譲ると、
赤いランプはライダーの膝がアスファルトに触れるほど内倒させて、小さいRを抜けて緑の向こうに消えた。

「案外意気地がないのね」えっ、思いがけず衝撃的な呟き。
あっさり2眼ヘッドライトを先に行かせたことを云っているのか、
それとも出会ってから2年、なかなか進展しない二人の関係を揶揄しているのだろうか。

月夜見第一駐車場から奥多摩・奥秩父の雄大な眺望を楽しむ。
一瞬、雲間から陽が射して、キラリと湖面が輝いた気がした。

「ねっ、ダムがあんなに小さく見えるわ」ライダージャケットの袖を引きながら声が弾けた。
さっきまでのクールでちょっといけずな様子から打って変わった。やれやれ。

この先、白樺の清涼感に包まれて、開放感たっぷりの尾根沿いの道が待っている。
今年はふたりして、どんな景色の中を旅することができるだろうか。本格的な夏がやってくる。

<40年前に街で流れたJ-POP>
気ままにREFLECTION / 杏里 1984