旅の途中

にいがた単身赴任時代に綴り始めた旅の備忘録。街道を歩いたり、酒肴をもとめてローカル線に乗ったり、時には単車に跨って。

戸越GINZAと御嶽神社と春の霞と 東急池上線を完乗!

2025-02-22 | 呑み鉄放浪記 私鉄編

JR線を見下ろす4階に部分に池上線の五反田駅がある。
山手線の内側への延伸を狙った構造ではあるが、計画はついぞ実現しなかった。
高架下を目黒川が流れて、桜の頃はさぞかしキレイだろうなと思う。

目黒川を跨いだ1000系の3両編成は、加速をする間もなく大崎広小路駅、その次が戸越銀座駅だ。
1.3kmに400の商店が軒を連ねる戸越銀座商店街、その中ほどで踏切を鳴らして短い電車が絵になる。

大井町線とクロスする旗の台駅、多摩産の木材でリニューアルしたホームは温もりに溢れている。

木造のホーム上屋、上屋と一体化した白いペンキ塗りの木製ベンチ、
一方で昔ながらの旧い駅が多いのも池上線の風景だ。西島三重子の曲の情景が目に浮かぶ。
そんな洗足池駅に現代っ子の7000系が入ってきた。

洗足池に流れこむ川はない。大小の湧水を集めて周囲1.2kmのこの池はある。
辺りには広重の名所江戸百景『千束の池袈裟懸松』にも描かれた美しい景勝地の片鱗が窺える。
自然豊かな環境だから、飛来する冬の水鳥は多いけれど、スワンが浮かんでいるとは思わなかったね。

呑川を渡って雪が谷大塚駅に飛び込んできたのは「青ガエル」リバイバル塗装。
ある年代以上の方には懐かしい色だと思う。

左に大きくカーブして行く本線に並んで、雪が谷検車区が24編成分の電留線を広げている。
こうして見ると、池上線(多摩川線)の顔ぶれは、なかなかどうして華やかだ。

池上線が東海道新幹線を跨ぐ辺りに在るのが御嶽山駅。
「おんたけさん」という駅名には信州人としては反応せざるを得ない。当然に途中下車になる。

案の定というか駅の北側に御嶽神社が鎮座していた。
天保年間、この村にあった小社に木曾御嶽山で修業をした一山行者が来社して以来信者を増やし、
やがて大きな社殿を建立すると、関東一円から御嶽信仰の信者が多く訪れるようになったそうだ。

武蔵野台地と、幾つもの川が削った谷底が入り組んだ地形をアップダウンしながら
7000系3両編成が池上駅に滑り込んでくる。もともと池上線の前身である池上電気鉄道は、
池上本門寺の参詣客輸送を目的に開業したから、この路線の中心駅と云って良い。

仏具屋や花屋、くず餅屋などが並ぶ本門寺通りを抜けると、呑川対岸の崖上に大本山の仁王門が見える。
加藤清正が寄進した九十六段の石段からなる此経難持坂(しきょうなんじざか)を登り切ると池上本門寺。
仁王門をくぐった先の大堂はかなりの大きさだ。日蓮聖人の御尊像(祖師像)を安置する。

右手に目を向けて、徳川秀忠公が建立寄進した五重塔は、関東に現存する最古の五重塔なのだそうだ。
さらに本殿裏、小堀遠州造園の松涛園は、西郷隆盛と勝海舟の江戸城明け渡し会見の舞台でもある。

今宵の一杯はこの門前町でも良かったのだけれど、やはり酒飲みのワンダーランド蒲田に向かいたい。
ということで2駅4分のラストスパート、アンカーの7000系は頭端式ホームの蒲田駅に終着する。

ガード下に立ち飲み屋が並ぶくいだおれ横丁、それに続くバーボンロードを冷やかして歩くと、
昭和な民家風が気になる。仰ぐ看板には「立飲み集会所 日本酒人」だって、入るよね、ここ。

っで今宵はビール抜きにして、秋田の酒で攻めることにする。肴は海のモノと決めた。
“春霞” は大曲に近い美郷町の酒、酒米美郷錦で醸した純米はやわらかい甘みを感じる食中酒。
アテは “紅鮭海苔チーズ ホイル焼き”、これは美味い。海苔とチーズが塩っぱい紅鮭といい感じだ。

秋田だからね。“いぶりがっこ” を箸休めに置いて、ふた皿めの “タコ刺し” は薄切りが瑞々しい。
“純米ど辛” は白神山地の酒、日本酒度+15の超辛口の酵母は「セクスィー山本酵母」だって、遊んでるね。

品書きの文字通り “大きいカキフライ”、カラっと揚がってしっかり旨味があって、レモンを絞って美味しい。
三杯めの “刈穂” は大仙市神宮寺の蔵、山杯純米生原酒番外品って重々しいこの酒は日本酒度+22。
これは効くね。重厚な旨味とハードなキレ、カキフライにかける中濃にも負けない。いい出会いだ。

それこそ短い距離ながら濃厚な池上線の呑み旅は、秋田の旨酒にほろッと酔って終わるのだ。

東急池上線 五反田〜蒲田 10.9km 完乗

池上線 / 西島三重子


目黒不動尊と花椒の香りと信州亀齢と 東急目黒線を完乗!

2025-02-15 | 呑み鉄放浪記 私鉄編

多摩川を渡った急行が、キーンキーンと車輪とレールを擦らせて、急カーブに弧を描いてくる。
かつて目蒲線として親しまれた路線は、東京メトロとの直通運転と東横線複々線化事業により
目黒線と多摩川線に分断された。この休日は田園調布から目黒まで、城南の小さな旅をしてみたい。

都内有数の高級住宅街の田園調布が旅のスタート地点。
洋館風の旧駅舎は、複々線化事業により駅は地下化された後、2000年に復元されている。

田園調布駅を発った目黒線は、地上に飛び出すや大きな左カーブで東横線から離れて行く。
グリーンのラインを帯びた車両は東京メトロの9000系、行先表示版には赤羽岩淵の文字。

地下鉄と相互乗り入れする目黒線は行先が、赤羽(南北線)、浦和(埼玉高速鉄道)、高島平(三田線)と多彩だ。
隣の4番ホーム(東横線)の、池袋(新都心線)、川越(東武東上線)、所沢(西武線)と合わせると、
もうとんでもない混沌の中にある。「目黒(or渋谷)に出たいだけなのに」と高齢者の戸惑いが聞こえそうだ。

奥沢駅の手前で最初にすれ違った食パンは、東京都交通局の新鋭6000系。
ラインカラーの青を纏ったこの車両は、2022年にグッドデザイン賞を受賞している。

最初の停車駅である奥沢駅は車庫を併設し、6本の車両が留置できるようになっている。

斜め後方から大井町線が割り込んでくると、3000系8連の急行は大岡山駅に飛び込んで行く。
連続立体交差化事業が進んだ目黒線はまるで地下鉄の様、大岡山も地下駅になっている。

活気のある大岡山北口商店街を行く。風景が商業地から住宅街に変わって、雰囲気のある蕎麦処を見つけた。

そば屋の技とは思えないほど、一番搾りが見事な泡がちで登場する。それともグラス形状のなせる技か?
板わさ、かまぼこの天ぷら、鴨のくんせい、卵焼きが並んで、蕎麦前セット(1400円)が嬉しい。

さらに一酒一肴を欲張って “揚げ茄子肉味噌がけ”、花椒が香る一品は中華にも似て、なかなかの美味。
酒は信州上田の “信州亀齢”、美山錦の純米吟醸は穏やかな香りのフレッシュな酒だ。
北国街道上田宿の町並みの中にある岡崎酒造、杜氏さんは確か女性だったと思う。

そして刻み海苔を散らして “ざる” を一枚、かなりコシの強いやつを辛めのつゆでズズッと啜る。
美味いね。休日の真っ昼間にそば屋で一杯、贅沢で粋を気取った呑み鉄の旅なのだ。

大岡山から急行に乗車すると次は武蔵小山、所要時間はわずかに3分、この駅もまた土の中だ。

武蔵小山商店街「パルム」は800mのアーケードと250店舗を有する。
休日の午後はビックリするほどの人,人,人。大阪の心斎橋に負けないくらいの賑わいなのだ。

ところで武蔵小山には「清水湯」という銭湯があって、お昼から湯に浸かれる。
いわゆる東京の黒湯と、さらに深い地層から湧く黄金の湯の2種類の湯が楽しめる。また今度訪ねたい。

武蔵小山では各駅停車が4番ホームに退避して、3番ホームに急行が追いかけてきて先行する。
でっボクが各駅停車に乗るのは不動前駅に途中下車したいから。4番手は東京都交通局の6300系。

不動前駅を降りてL字の小さな商店街を抜けてかむろ坂通りを渡る。あとはゆるりゆるりと坂道を登る。
八つ目やが焼く香ばしいうなぎの香りが漂うと、正面にこんもりとした杜、目黒不動尊瀧泉寺だ。

護摩祈願の声を聞きながら手を合わせたら、東急目黒線の旅も終わりが近い。

最後はやっぱり東急の車両が良いね。3本ほど見逃すと5080系の赤羽岩淵行きがやってきた。
ほどなく目黒川を渡ると、赤いラインの各駅停車は地下に潜って目黒に到着する。
少し長めの停車で乗務員が交代する。ひとりボクはホームに残って赤羽岩淵行きを見送るのだ。

東急目黒線 田園調布〜目黒 6.5km 完乗

<40年前に街で流れたJ-POP>
天使のウィンク / 松田聖子 1985


等々力渓谷と九品仏とジムハイボールと 東急大井町線を完乗!

2025-02-08 | 呑み鉄放浪記 私鉄編

轟音を立てて大井町行きの9000系5両編成が多摩川橋梁を渡ってくる。
大井町線は二子玉川〜大井町を結ぶ路線だけれど、田園都市線の複々線化で溝の口まで足を延ばした格好だ。
車両フロントのラインは、路線カラーのオレンジからイエローにグラデーションしている。

人気の街二子玉は、駅の東側にもショッピングセンターが開業して発展著しい。
沿線住民は渋谷まで出なくても、ショッピング、食事、レジャーも高いクオリティで楽しめそうだ。
それでは早速3番ホームに上って、この週末は大井町線に乗って呑む。

まずは二つ目の等々力駅で途中下車、ホームに上がるのに踏切を渡るという、昔ながらの私鉄の駅。

谷沢川が武蔵野台地を深く削って多摩川に流れ落ちる。
その等々力渓谷を観ようと途中下車したけれど、現在は立ち入り禁止なんだね。
仕方なしに「超」が付く高級住宅街を抜けて等々力不動尊へ回り込む。

お不動様に手を合わせたら渓谷の茶屋で一服。わしゃ “抹茶あんみつ” を所望ぢぁ。
前々から甘味にもチャレンジしようと思っていたから、今日はちょっとウォーミングアップ。

6分間隔で各駅停車が行き交う中、ときおり急行が割ってはいる。6000系はスタイリッシュな流線型だ。

さらに二つ進めて九品仏駅、その名前が気になって途中下車。駅舎は踏切にはさまれている。
アルファロメオかな?クラッシックなスポーツカーと赤いコラボレーション。

駅から北へ石畳の参道が延びている。どうやら九品仏浄真寺が駅名の由来だ。
九躰(九品)の阿弥陀佛をご安置しているから「九品仏」なのだそうだ。

龍護殿(本堂)には御本尊の釈迦牟尼仏がこれでもかと云うくらい輝いている。
ちょうどお宮参り?の赤ちゃんと若いご夫婦がご祈願を受けていた。どうかお健やかに。

その一つ先が自由が丘、言わずと知れた「住みたい街」の上位に常連する洗練された街並みだ。
もちろん呑み人とは縁遠い。ん10年前に日吉に通う高校の同級生を訪ねて以来だと思う。

自由が丘を出た9000系5両編成、案外激しくアップダウンを繰り返す。
改めて東京が武蔵野台地の上にあって、幾つもの川が削った谷底が入り組んでいることを実感する。

池上線と交差する旗の台は、7つの商店街を有する下町風情の街。ランドマークの大学病院が聳える。
暮らすには便利そうだし、雰囲気のある酒場もありそうだ。ゆっくり歩いてみたい街だね。

折角なのでアンカーには急行を指名する。終点まではわずかに5分の乗車だ。
熊本藩細川家の下屋敷だった戸越公園を掠め、東海道新幹線を潜るとほどなく大井町に到着、終点だ。

東小路だの平和小路だの横丁には酒場が軒を連ね、夜の帳が下りれば大井町はワンダーランドだ。
でも今宵は横丁に背を向けてイトーヨーカ堂裏の老舗を訪ねる。
まだ16:00過ぎだけど人気店には席待ちの人、でもそこはお一人様だから、カウンターの一席に尻をねじ込む。

ご多分に漏れず、まずは “生ビール”、お通しは申し訳程度の大根とこんにゃくを煮たやつ。
ここのマスターは威勢がいい。何くれと声をかけてくれる。勧められるままに “寒ぶり刺し” を択ぶ。
ちょっと水っぽい、解凍したてか。最近のボクは筆が意地悪だ。でも甘みがあって美味しいね。

二杯目は “ハイサワーハイッピー”、ほんのりビターで爽やかで、たぶん初めて呑む。
でっアテは “生いわし梅天ぷら” これ絶品です。まさに人気店の面目躍如だね。美味しい。
ほんとは日本酒にしたいところだけれど、地酒のラインナップはない。

そして “ジムハイボール”、オリジナルグラスでのサーブされるとなんだか良い気分になる。
この手の酒場のアテには、スコッチよりバーボンが絶対に合うと思う。
もうひと皿は “宇都宮餃子” どこが? でも焼きたてのカリカリが美味しい。ごちそう様です。

さてと、次回は再び蒲田か、あるいは目黒か五反田か。東急線の飲み鉄の旅はまだ続きます。

東急大井町線 二子玉川〜大井町 10.4km 完乗

<40年前に街で流れたJ-POP>
熱視線 / 安全地帯 1985


桜みくじと昭和な暮らしとおつかれちゃん鳥万と 東急多摩川線を完乗!

2025-01-25 | 呑み鉄放浪記 私鉄編

多摩川駅の地下ホームから這い出てきたのは「いけたまハッピートレイン」の3両編成。
池上線のラインカラー「ピンク」と、多摩川線の「えんじ」を大小さまざまな水玉模様で表現して、
「見るだけでワクワクしハッピーになってほしい」という願いをこめてのデザインだそうだ。

振り返ると小高い丘があって、木花咲耶姫命をお祀りする多摩川浅間神社が鎮座する。
初詣の時季を経て「桜みくじ」を結ぶくるまが、それこそ満開の桜のように華やかになっている。

この神社は多摩川を見下ろし、丹沢の山々から富士山まで見渡すことができる。
最近では映画「シン・ゴジラ」で、ゴジラの首都侵略を阻止する多摩川絶対防衛ラインを守る
「タバ作戦」の自衛隊前衛指揮所が置かれたという。ある意味ここはゴジラの聖地でもある。

東急多摩川線の短い旅は多摩川駅の地下ホームから始まる。
かつて目蒲線として親しまれた路線は、東京メトロとの直通運転と東横線複々線化事業により
目黒線と多摩川線に分断された。そしてこの駅では多摩川線だけ地下でひとりぼっちなのだ。

多摩川駅を発った電車はまず沼部駅に停車する。どのみち短い旅だからと降りてしまう。
古いレールと木材を組み合わせたホームの柱、屋根、壁は、東京に居ながらにして、ローカル線の旅情を醸す。

沼部駅のすぐ先では、東海道新幹線が多摩川線を跨ぎ、その勢いで多摩川を越えていく。
駅から高台への坂道を登る。さらに東海道新幹線を越えるのが美富士橋、きっと富士見の名所なのだろう。
のぞみ号の赤いテールランプが次から次に西へと流れて行く。

Googieマップの青い光点を眺めていたら、面白そうなのを見つけた。
下丸子駅から歩いて7〜8分「昭和のくらし博物館」は週末だけ開館している。
昭和26年建築の庶民の住宅(旧小泉家住宅)を家財道具ごと保存した小さな博物館がおもしろい。

狭い台所、ちゃぶ台、コタツ、子ども部屋、ボクの世代には共感できるものがある。
鏡台とか足踏みミシンとか、たぶん母親の嫁入り道具だと思うけれど、我が家にもあったなぁ。

先を急ごう。多摩川線は古参(といってもアラフォーだが)の1000系を中心に運用している。
赤のライン、緑のライン、ピンク×エンジ、と化粧のパターンがいくつかあって、華やかだ。
そして流線型の7000系が変化球として投げ込まれる。撮り鉄を目的とするなら、面白い路線だと思う。

木造モルタルでトタン屋根、隣接する踏切がカンカン鳴って、野口五郎の「私鉄沿線」というか
そんな昭和な駅舎を、まだ低空飛行の冬の陽が陰影をつくってノスタルジーを強調する。

規模の大小はあるけれど、どの駅に降りても商店街がある。
武蔵新田駅を降りて周囲をうろうろしていたら、珍しい量り売りの酒屋を見つけた。
店内にタンクを置いて生原酒を提供している。オリジナルボトルも用意して、なかなか楽しいお店だ。

すっかり陽は落ちた。
グリーンを引いた1000系車両は、緩やかなカーブで環八を越えると、ラスト1000mの直線を駆ける。
さらに左から池上線の複線が近づいて来て、頭端式ホームの蒲田駅に並んでゴールテープを切るのだ。

蒲田駅は東急プラザの2階にホームを持っていて駅舎としての姿はない。
それでもビルの1階部分をアーチ状にして、ターミナル感を演出しているセンスが良いね。

一番街すずらん通りに紛れ込んで、老舗の大衆酒場を訪ねる。
ボクの前に6名グループの席待ち、この時間じゃ入れないよ、この手のお店。
それに男性陣はノリノリだけど、女の子2人は「もっとキレイなお店の方が•••」言いたげ出し。
それでは、おひとり様なので、先に行かせてもらいます。お言葉に甘えて。

冷えた “スーパードライ” をグラスに注ぐ。大瓶が490円也、この値段はこの店の看板でもある。
白板に好物の “まぐろぶつ” を見つけたから、アテはこれから始めよう。

御同輩がずらりと並んだカウンター、一人ひとりのテリトリーは網のようなモノで狭く仕切られて、
まるで養鶏場のトリの様にして呑んでいる自分が笑える。
ずらっと貼られた短冊は、どれも300〜400円台と何を択んでも財布には優しい。

次なる一品は “なすみそ炒め”、味の濃ぉい一品だから2杯目はサッパリと “レモンサワー” を注文。
別に “カットレモン” を求めてジョッキーに沈める。こうでないと決まりが悪い。
店員さんに愛想はないけれど、ジョッキーの『おつかれちゃん』には癒されるなぁ。

ちょっと呑み足りずに3杯目の “ウイスキーハイボール” を。ここのはブラックニッカ。
もう一品は “厚揚煮おろし”、また濃口を択んじゃったけど、ハイボールとは案外いい相性だと思う。

ここまでの会計は小2枚、せんべろとは言えないけれど、なかなかのコストパフォーマンスだ。
始めてしまった2巡目の東急電鉄線の呑み鉄旅。
お洒落な街々を繋ぐイメージの東急線だけど、蒲田、大井町、五反田などディープな街も控えている。
どんな店の暖簾をくぐるのか、楽しみな数ヶ月ではある。ごちそうさまです。

東急多摩川線 多摩川〜蒲田 5.6km 完乗

<40年前に街で流れたJ-POP>
Romanticが止まらない / C-C-B 1985


蛇の樹と土方歳三と澤乃井と 多摩都市モノレール線を完乗!

2025-01-04 | 呑み鉄放浪記 私鉄編

鮮やかなオレンジを纏った4両編成、多摩都市モノレールの1000系電車が音もなく滑り出した。
この休日は多摩丘陵を縦断して、立川辺りで一杯やろうと思っている。

旅を始める多摩センターには白亜の城がある。
キャラクター達との時間を過ごすため、女の子が次々に親御さんに手を引かれて訪れる。

「蛇の樹」は、フランスの女性彫刻家ニキ・ド・サンファルの作品。
瀬戸内海の直島などでアート活動を行うベネッセは、東京本部ビル前もアートで飾っている。

まるで木の枝をイモムシが這うように、1000系電車が最徐行で進入してくる。
ならばこれまた白亜の多摩センター駅は繭に見立てる所であるが、呑み人には板わさにも見える。

多摩丘陵を縦断するモノレール線の前半は、ジェットコースターよろしくアップダウンが激しい。
大栗川の谷から57.5‰の急勾配で尾根を駆け上がると、帝京、明星、中央と大学のビル群が車窓を流れる。
沿線唯一の多摩丘陵トンネルを潜ると下り勾配に転じて多摩動物公園駅に滑り込む。

長いエスカレーターを下って小径を進むと多摩動物公園の正門ゲート。
大きなアフリカ象のオブジェの出迎えに、子ども達もインバウンド客もテンションを上げて写真撮影中だ。

カンガルーが飛び跳ね、エミューが駆け、賑やかなオーストラリア園の最奥部に人気者が居る。
まあほとんど昼寝状態の人気者、時折小さな伸びと欠伸を見せては、観客を沸かせているね。

連続するS字カーブに4両編成をうねらせて、1000系電車が下界へと降りていく。
左手に一瞬キラッとお不動様の五重塔の相輪(そうりん)が目を射ると高幡不動駅だ。

高幡山明王院金剛寺は関東三大不動の一つに数えられ、高幡不動尊として親しまれている。
境内には露店を賑やかに並べて、初詣の参詣者が引も切らない。

ここ高幡山金剛寺が新選組土方歳三の菩提寺だというのは、今回訪ねるまで知らなかった。
額に「誠」を巻いて凛々しい隊士姿の青銅が、朱と金の五重塔とコラージュして映えているね。
彼に見えるのは五稜郭以来だろうか、彼の地では乗馬鞭を携えた洋装であった気がする。

土方歳三の生家は万願寺あたりと聞いて、ひとつ先の万願寺駅に途中下車してみた。
生家跡は小さな資料館になっているのだけれど、生憎っと休館日で残念。

ところでこの駅には鉄道むすめ「万願寺さき」が勤務しているのだが、刺又を持っているのは何故だろう?

万願寺駅を発った1000系電車は、一旦進行方向を北西に変えて多摩川に並行すると、
まもなく中央フリーウェイが西へと流れる。日が暮れたらテールランプの帯がキレイだろう。

そして都道を真っ二つに割るように立日橋を渡る。眼下をゆったりと流れる多摩川、上流の山々が青く連なる。

沿線最大のターミナル立川には、立川南、立川北と2つの駅を設置して乗降客を捌いている。
両駅の間に横たわるJRのヤードを跨いで来た電車には動物たちのラッピング、これって当たり?

立川北駅を出た1000系電車は真っ直ぐ北上する。右手には昭和記念公園、そして陸自立川駐屯地。
広大な立飛の敷地を横切ると、芋窪街道(都道43号)の上をラストスパートだ。

玉川上水駅で西武線と連絡して、立川北駅から七つを数えて1000系電車は上北台駅でその旅を終える。
なんとも中途半端な旅の終わりで、軌道もバッサリと切られたように途切れ、仮設っぽい車止めが行手を塞ぐ。
正面の低い丘陵を越えれば、水を湛えた多摩湖の風景に出会えるはずだ。

多摩都市モノレールには北へ南へ延伸計画がある。
北への計画は、ここ上北台から西へ転じて、新青梅街道を箱根ヶ崎まで結ぼうという計画で、
2024年7月、約7km延伸の軌道事業特許を国土交通相に申請している。
将来もう一度、この路線の呑み旅をするかも知れないね。

さすがにターミナル駅立川の周辺には、昼から呑める酒場が複数存在する。
駅前ロータリーに面したオフィスビルの地階に潜ると、老舗の「酒亭 玉河」があるのだ。
この店、定食メニューも豊富で小上がりの席もあるから、伊勢丹の食堂の感覚で来店する家族連れもある。
それゆえ店員さんからは、お食事ですか?お酒は飲まれますか?と問われる。もちろん呑みます。

品書きに “赤星” があったら、迷わず択ぶことにしている。渋いでしょう。
アテは “マグロぶつ”、少量だけど良いところを切っている。中トロって感じかな。

今回はホッピーへの展開と思っていたけれと、意外と地酒のラインナップがあった。
先ずは福生の “嘉泉” ね。口当り柔らかでしっかりとした後口の特別純米は絶好の食中酒。
アテの “メゴチの天ぷら” は塩でいただくのが良い。野菜天もいくつか添えられて、なかなか美味しい。

〆に温かいのを想像した “なめこ豆腐” は冷製、それでも刻み海苔を散らして酒の供としては上々の一品。
ご存知青梅の “澤乃井” をグラスから升に溢して、きれの良い定番酒 “大辛口” を合わせて旨い。

今年初めての呑み鉄旅、多摩の酒を味わったら「くるりん」に見送られて、そろそろ日は暮れて行くのです。

多摩都市モノレール線 多摩センター〜上北台 16.0km 完乗

<40年前に街で流れたJ-POP>
YOU GOTTA CHANCE / 吉川晃司  1985


虹色の電車と大宮八幡宮と焼き鳥は塩で 京王井の頭線を完乗!

2024-12-28 | 呑み鉄放浪記 私鉄編

神泉トンネルを抜けたサーモンピンクが、駒場東大前に向けて武蔵野台地を駆け上がってくる。
前照灯を煌めかせて、グリーンに白く抜いた急行のLED表示も誇らしげに、5両編成が通過していった。

井の頭線の起点は『大人発信基地』渋谷マークシティイーストの2階部分に広がっている。
呑み人の知っている渋谷駅からすると、ずいぶんと洗練されていて隔世の感があるなぁ。
この休日は学生時代にお世話になった井の頭線を、途中下車しながら小さな旅をしたい。

アイボリーホワイトの5両編成が急行の後を追うように1番線を発つと、直ぐに渋谷トンネルに飛び込む。
暗闇を抜けると一瞬の明かり区間を挟んで神泉駅、ここはすでに神泉トンネルの中。
ボクの知っているこの駅、前寄りか後寄りか2両がホームにかからなかった覚えがあるのだが、
今は全てのドアが開くんだね、いやぁ旧い話で申し訳ありません。

渋谷から6分、アイボリーホワイトは小田急線と交差する下北沢駅に滑り込む。
「若者の街」「サブカルチャーの街」など、通称に事欠くことがない「シモキタ」は若者を魅了してきた。

そんな文化の発信基地の一つが「本多劇場」で、この日も開場待ちの観客が列を作っていた。

ちょっと中心街から外れて「ザ・スズナリ」は、それこそ昭和な匂いがプンプンする小劇場。
階下の「鈴なり横丁」で一度呑んでみたい気もするけれど、オヤジはお呼びで無いかも知れないね。

さらに下北沢から5分、オレンジベージュが滑り込む明大前駅、頭上を京王線が横切っている。
続く永福町駅は路線延長のちょうど半ば、この駅では渋谷行きも吉祥寺行きも急行の通過待ちがある。

コンコースのガラス面には「#永遠に幸せな町」なるほど良いフレーズだね。途中下車したくなる。

駅から15分、大宮八幡宮まで歩いてみる。学生時代、善福寺川緑地を歩いて何度か訪ねたなぁ。
応神天皇が主祭神の八幡宮は、前九年の役を鎮めた源頼義が、その凱旋の帰路に創建したという。

4年間暮らした浜田山を発車したライトブルーは、緩やかに左カーブしながら環八を跨ぐ高架を上がる。
ここに聳える杉並清掃工場の煙突は、風呂なし6畳のアパートからも存在感があった。

高架を降りた5両編成は富士見ヶ丘駅に滑り込む。
隣接する検車区は井の頭線のレインボーカラー29編成145両の塒だ。3色並んだ姿がなかなかキレイだ。

終点を目前に井の頭公園駅にも途中下車したい。
知らないうちに瀟洒な駅舎に建て替わって、閑静な住宅地によく似合っているね。

井の頭公園が白鳥の飛来地とは知らなかった。ざっと数えて30羽が狭い池尻に集まって、
優雅なイメージとは裏腹に、バチャバチャとけたたましく外輪が水面を叩いている。

5両編成のライトブルーは神田川を渡ると、緩やかなカーブと勾配で吉祥寺駅への高架を上っていく。
乗り通せば各駅停車でさえ僅か30分、油圧ダンパの車止めに行く手を塞がれ、短い旅は呆気なく終わった。

キラリナ京王吉祥寺というらしい。新しい駅ビルは壁面緑化を施して、見る人の目に優しい。
井の頭通りに並行した末広通りは、老若男女が溢れ出して、賑わいを醸している。さぁ呑みに行こうか。

吉祥寺駅前交差点に立ったらその店はすぐに見つかる。
真っ昼間から赤ちょうちんが灯り、間口からは濛々と白い煙を吐いている。
「いせや総本店」は昭和3年創業の老舗であり、吉田類酒場放浪記のオープニング店の店でもある。

混んでいる店であっても、おひとり様は案外入り易い。ほどなくカウンターに席を占める。
冷たい “生ビール” と 名物の大ぶりな “手作りシューマイ” で始める。辛子をたっぷりつけて美味しい。 

皮が厚めで素朴な “冷やしトマト” が良い。昭和っぽいよね。これっ箸休めに最高。
二杯目は “レモンサワー”、これがかなり酸っぱくて焼き鳥にはピッタリだと思う。

相変わらず焼き台から煙と匂いが襲いかかってきて目が痛い。でもなんだか楽しいね。
目を瞬きながら “ひなどり”、“つくね”、“ネギ” を焼いてもらう。ボクは圧倒的に塩が好きだ。
お代わりは “梅酒ロック” を、やっぱり酸っぱいのが焼き鳥には合いそうだ。

井の頭線とその沿線は、呑み人にとっては懐かしさと新しい発見が相まって、とても楽しい旅となった。
それにしてもダウンジャケットもニット帽も、犬が付いて来そうなくらい焼き鳥の匂いに塗れたね。
帰り道にボクとお乗り合わせた方には、寛大な心でお許しをいただきたい。

京王井の頭線 渋谷〜吉祥寺 12.7km 完乗

<40年前に街で流れたJ-POP>
ハートのイアリング / 松田聖子 1984


深大寺そばとブレイブルーパスと桑乃都と 京王線を完乗!

2024-12-14 | 呑み鉄放浪記 私鉄編

府中駅の高架ホームに特急京王八王子行きが駆け込んでくる。
この7000系は、呑み人が学生時代にデビューした車両だから、ずいぶん貫禄がついたね。

さっきまでの眩しいハイビームを落として、新宿駅の3番ホームに特急が終着する。
LEDの行先表示はすでに折り返しとなる京王八王子に変わっている。今日は京王線で呑む。

地下2階の下り線ホームから這い出ると、駅舎という主を持たない駅前広場が広がっている。
11番のりばから三鷹行きのバスに乗って15分、久しぶりに足を延ばして深大寺そばを啜ろう。

深大寺はご存知のとおり天台宗の古刹で、釈迦如来像は国宝に指定されている。
どちらかと言えば「だるま市」とか「深大寺そば」の方が有名だろうか。

っと言うことで、如来様に手を合わせるのもそこそこに、護摩行の念仏が響く境内を抜けて、
門前に蕎麦挽く水車が回る蕎麦処の暖簾をくぐる。時間にして11時半、なんとか待つことなく席を占める。

この店の定番酒は出雲の “王録”、東京ではちょっと珍しいけど、出雲だけに蕎麦とは親和性があるだろうか。
五百万石で醸した超辛をチビチビやりながら蕎麦を待つ間が楽しい。

あとクラスに一杯を残したタイミングで、本日限定の “炙りきつねそば” が着丼する。
温かいそばに、おろし蕪、香り柚子、生海苔をのせて、この香りには冬を感じる。
そして最優秀助演は、香ばしく炙ったお揚げ、ほどよく出汁を含んでいるけど、パリッと食感もある。
先ずは木杓子でひと口出汁と香りを楽しんで、あとは一心不乱にズズっと啜る。美味しい。

調布を発った特急が飛田給という駅に臨時停車するという。なっ何ごと?こういう時は降りてしまうに限る。
コンコースに吊り下がる大きなサッカーボール、青赤と緑のフラッグ、そうか味の素スタジアムの最寄駅か。

人波に紛れてボクも駅から北へと流されてみる。歩くこと6〜7分、あっさりとスタジアムに至る。
どうやら真っ赤なジャージの東芝ブレイブルーパスの試合みたいだ。リーチ マイケルが所属するチームね。

納得がいったら、次の特急停車駅府中までコマを進める。
1990年代に連続立体交差事業を終えた府中駅は、高架ホームに駅ビルを併設した都会的な駅だ。

南口に抜けると「ラグビーのまち府中」のモニュメントを見つけた。
なるほど、東芝ブレイブルーパスとサントリーサンゴリアスの2チームが府中を拠点にしているからね。

そのまま欅並木を南に進むと大國魂神社の大鳥居を潜ることになる。
大國魂大神(おおくにたまのおおかみ)を武蔵国の守り神としてお祀りした神社は大きくて威厳に満ちている。
武蔵の国府もここに置かれたから、まさに武蔵の國の中心地であったわけだ。

府中を出ると、京王線は一旦進路を南に変え、やがて轟音を立てて多摩川橋梁を渡ると、
聖蹟桜ヶ丘の駅構内までかかる大きな右カーブを切る。こうして進行方向を西に向けると旅の終わりは近い。

聖蹟桜ヶ丘を過ぎると多摩丘陵が迫ってくる。高幡不動で動物園線を分岐し、
北野で高尾線を振り分けると、ほどなく地下に潜ってその旅を終える。
休日の終着駅は降車する人も疎で、堂々の10両編成は案外寂しげに折り返しまでの時間を過ごしている。

京王八王子駅前に徐々に街灯が点り始める。
10年前に京王線を呑み潰した時より、ずいぶん閑散としたなぁと思うのだが、
駅ビルの京王八王子ショッピングセンター(K-8)が閉鎖になったことが影響しているようだ。

今宵の一杯は京王八王子から徒歩5分、JR八王子からも離れる閑静な住宅街の店。
コンセプトは『農夫と尼の逢瀬』と言うから面白い発想、八王子野菜を使用というのも関心がある。

やはり生ビールで慣らし運転、お通しでさっそく八王子野菜が登場、華やかな盛り付けですね。
あなご棒鮨が美味しかったし、この生姜がまたいい。最初から日本酒で行くべきだったか。

“塩炒銀杏” を割りながら「今宵の目玉」と睨めっこ、よくできたお品書きだと思う。

甲州街道沿いに小さな酒造場がある。“桑乃都” は当に八王子の地酒だ。
“帆立をなめるな安岡盛り” という威勢のいいメニューを択ぶ。果たして安岡とは生産者か料理人か?
それでもチーズ焼きとバター焼きは1粒で2度おいしい。ちなみに呑み人は後者を推す。

二杯目は青梅の澤乃井酒造 “純米吟醸 蒼天”、旨味の豊な酒とお見受けした。
アテは “飯田葱のどろぶた巻き”、地元生産者の名前を冠しているだけあって、甘みのある美味しいネギだ。
これも出汁醤油とスパイス岩塩のハーフハーフで、抓まんでいて楽しい。

さて人気店の小上がりは、地元の方であらかた埋まって19:00。そろそろお暇しますか。
旨い多摩の趣向を堪能して、かなり満足度の高い京王線の旅なのです。

京王線 新宿〜京王八王子 37.9km

<40年前に街で流れたJ-POP>
いっそセレナーデ / 井上陽水 1984


高幡不動尊とボルネオの御同輩ととん平焼きと 京王動物園線を完乗!

2024-12-07 | 呑み鉄放浪記 私鉄編

ホーム先端部にある構内踏切の警報音が響くなか、ピンク色した4両編成が勾配を下ってきた。
「キッズパークたまどうトレイン」と言うらしい。今回はこの賑やかで楽しいラッピング電車で短い旅をする。

高幡山明王院金剛寺は関東三大不動の一つに数えられ、高幡不動尊として親しまれている。

京王線や多摩都市モノレールに乗って高幡不動を過ぎるとき、一瞬キラッと光るモノが目にはいる。
そのキラりの主、お不動様の五重塔の相輪(そうりん)が、ピンと張り詰めた青空に映えている。

お勤めが終わったら延長2キロ所要4分の短い旅に出る。動物園線がここ高幡不動駅から分岐している。
それにしても近代的な駅ビルは地元の方には誇らしいかもしれないけれど、
お不動様を訪れる参詣者には、門前の駅らしくないその姿は、ちょっと拍子抜けかもしれない。

1番ホームに停まっていたのは、7000系のラッピング電車。
ボディーはピンクのチークを塗って、動物園や京王あそびの森のキャラクターが描かれている。
小さなお子さんでなくても、ちょっとハッピーな気分になれそうだ。

車内はというと、ぞう、とら、となかい、ぺりかん、が描かれてる。なん両目に乗るかで喧嘩しないかな。
寒い季節だからかも知れないけれど、休日というのに案外車内は閑散としているね。

33‰の急勾配をS字カーブで繋いで多摩動物公園駅に到着、ここまでわずかに4分の乗車になる。
そういえば車窓右側には多摩都市モノレールが並走して、オレンジの電車がゆったり走っていた。

短い4両編成が閑散としている原因の一つが、多摩都市モノレールの開業だろうね。
多摩動物公園への乗客を控えめに言って半分は譲っているだろうし、かつて朝夕を満員にした
中央大学や明星大学の学生はごっそり持っていかれただろうし、厳しいものがありそうだ。

京王あそびの森 HUGHUG、屋外アスレチック HUGTRATOPS、京王れーるランド、
駅前には初めて目にするレジャー施設の案内板がツリーになっている。
鉄道会社が利用者確保のため、多摩動物公園と親和する子ども向け施設をオープンさせたようだ。

せっかく此処まで登ってきたから、600円のチケットを買って園内を巡ってみる。
若い親子連れに混じってだから、ちょっと照れくさいけれど、ご同輩を訪ねてみようと思ったのだ。
斜面を転がるミカンを追って、ボルネオオラウータンが来園者にサービスショットをプレゼント。
森の人のゆったりとした立ち振る舞いは、大衆酒場の隣に居合わせそうなオヤジさんにも思える。

すっかり日も暮れたから、開店時間に合わせて、ガラガラっと酒場の引き戸を開ける。
大手チェーン店がほとんどの小さな駅前で、ほとんど唯一と思われる赤ちょうちんだ。

まずは “生ビール” を、お通しに出てきたのはキャベツ、マヨネーズを添えてね。お店なりを伺えず残念。
店内では大村崑が戯けたり、松山容子が微笑んだり、この辺りの昭和レトロは楽しい。

お酒のことを聞いても、兄さん、よく分からないようなので今宵はホッピーにする。
アテは “焼きなす” と大粒の “かきフライ” を並べる。昼抜きで歩き回ったからお腹は空いている。
ナカをお代わりする頃に “とん平焼き” が焼きあがって、ちょうど良い感じの〆になった。

時計が18時を回るころには、なん組かの地元の若者が連れ立って来て、そこそこ席が埋まってきた。
4人座れるカウンターはまだ呑み人だけだけれど、そろそろお会計かな。
調理場もホールも若い子が頑張っているけれど、大人がひとり呑みするクオリティーではないなぁ。
ちょっぴり物足りなさを感じながら、新宿に戻る快速に飛び乗る、京王多摩動物線の呑み鉄旅だ。

京王多摩動物園線 高幡不動〜多摩動物公園 2.0km 完乗!

<40年前に街で流れたJ-POP>
HOLDING OUT FOR A HERO / 麻倉未稀 1984


紅葉の名残と天狗様とダイヤモンド富士と 京王高尾線を完乗!

2024-11-30 | 呑み鉄放浪記 私鉄編

都心から電車で僅か45分、四季折々の大自然を求めて、たくさんの人が高尾山を目指す。
世界有数の登山客数を誇るこの山への主要なアクセスは京王高尾線、この休日は高尾山で呑む。

本線の京王線はこの先ひと駅で終点となるのに対して、高尾線は北野駅で分岐すると約9キロの山登り。
築堤と切り通しをを繋いで、8000系はS字を描きながら、最大35‰の勾配をグイグイと登る。

高尾駅を出ると2つのトンネルを潜って14分、あっという間と言ってしまえばそれまでの高尾線の旅。
単線から別れた2本の線路は、高尾山の中腹に行手を遮られて、もうこれ以上登れそうにない。

とろろ蕎麦で一杯の誘惑を断ち切って、情緒のある商店街を抜けると、正面に清滝駅が見えてくる。
ここからは高尾登山電鉄のケーブルカーが、標高472mの山上駅までわずか6分で運んでくれる。

迎えに来てくれたのは黄色のボディーに若葉の帯を巻いた「あおば号」だ。

高尾山ケーブルカーの最急勾配は608‰、日本の鉄道の中において最大なのだそうだ。
そり返るように勾配がきつくなっていくから、トンネルの向こうに山麓駅(清滝駅)は見えない。

淡い冬の陽光を浴びて、まだ残っていた紅葉がキラキラと煌めく。
入れ違いに山を下りていく「もみじ号」が纏う橙の帯が風景に溶け込んでいくようだ。

ここまで来たからには高尾山薬王院に詣でる。
浄心門から男坂の階段を上って山門、っと御本尊・飯縄大権現の随身 天狗様2体が睨みを利かしている。

御護摩祈祷が聞こえる御本堂の脇からさらに登ると、朱に彩られた御本社が美しい。

もう少し標高を欲張ると、やがて標高599m、高尾山頂に辿り着く。遠く聳える高層ビル群は横浜になる。
今日は「ダイヤモンド富士」が見れるから、多くのハイカーが山頂で粘っている。

あらっ空は青空なのにパラパラと冷たい雨があたってきた。これだから山は侮れない。
さてっと人混みを抜け出して、ケーブルカー駅近くまで戻ったボクは一軒の茶屋に入る。

寒いんだけど薄っすらと汗をかいた身体に、キリンラガー633の苦味が沁みる。
“みそおでん” の甘い味噌ダレと案外合うから面白い。

もう一皿は、わらび、蕗のとう、竹の子を並べて “山菜盛り合わせ”、これは本格的で日本酒を誘う。

さて下地はできた。この後、高尾山口でとろろ蕎麦で一杯やろうか、新宿で酒場の暖簾をくぐろうか、
大いに思案しながら下りの「もみじ号」に乗車するのだ。

京王高尾線 北野~高尾山口 8.6km 完乗
高尾登山電鉄 清滝~高尾山 1.0km 完乗

京王高尾線 北野~高尾山口 8.6km 完乗
高尾登山電鉄 清滝~高尾山 1.0km 完乗

<40年前に街で流れたJ-POP>
LA VIE EN ROSE / 吉川晃司 1984


中央フリーウェイ 右に見える競馬場 ♪ 京王競馬場線を完乗!

2024-11-23 | 呑み鉄放浪記 私鉄編

住宅街の中から飛び出て来たかのように、8000系の8連が最徐行で競馬場通りの踏切を通過する。
平日は2両編成が1番線から発着するのに対し、休日は堂々8両編成が2番線から発着する。

京王線の特急が臨時停車する東京競馬開催日、東府中駅の駅員さんは忙しなく立ち回る1日になる。
特急が吐き出す多くの乗客を、同じホームの反対側で府中競馬正門前行きが受け止める。
今日の旅は0.9km、ここ最近にも増して極端に短い旅になる。

2番線をゆっくりと滑り出した8000系8連は、旧甲州街道を挟んで浅いV字で京王線と離れていく。
そしてすぐさま9000系8連とすれ違う、こんな短い路線ながら堂々たる複線なのだ。

席が温まる間もなく進行方向右側のドアが開く。ここまで2分、ファンは一斉に進行方向の出口へと歩き出す。
ご夫婦に女性グループ、子ども連れも混じって、競馬場への客層はずいぶん変わったと思う。
赤鉛筆を耳に挟んだ御同輩など何処にも居ない。どうもボク一人が感覚が古い様だ。

府中競馬正門前駅の看板を見つめるのは黄金の馬(アハルテケ)像、必勝願掛けの人気のスポットだ。
アハルテケは非サラブレッドの品種で、中央アジアのトルクメニスタンが原産らしい。

改札口と東京競馬場のメインエントランスはペデストリアンデッキで直結しているから、
降車客のほとんどは、そのままエントランスへと流れていく。

コイン2枚を券売機に入れて入場券(QRチケット)を購入する。今どきなぜ現金のみなのだろう?
エントランスとメインスタンドとを結ぶデッキの下にパドックが見えてくる。

ファンが鈴なりになってパドックを囲み、馬の歩様やイレ込みの気配を探っている。
いやぁ、素人のボクからすると、馬たちの豊な個性を見ているだけでも興味深い。

パドックからスタンド下の通路を抜けると、青々とした芝生のコースが広がっている。
その内側はダートコース、この緑と白のコントラストがキレイだ。
遥か向こうにスターティングゲートが見えて、その先に中央フリーウェイが西へ流れている。
振り返ると、仰ぎ見るようなフジビュースタンド、22.5万人を収容するというから桁違いだ。

勝馬投票券発売所からスタンドから、ゴール前広場に観客の流れがあるなぁと眺めていたら、
いつの間にかレースがスタートしている。
バックストレッチから3コーナーあたりの展開では静まり返っていたスタンドは、
4コーナーからホームストレートに入るとウォーという振動が徐々に大きくなって、
ゴールラインでそれは最高潮に達する。

勝馬投票券を買わない呑み人は、どよめきに背を向けて、一杯やれるスポットを探す。
4階だったか5階だったか、ターフィーくんが並ぶ先に頃合いのテナントを見つけた。

食券制なのと気怠そうなスタッフには少し興醒めするが、まずは基本に忠実に “生ビール” から。
しかしながらこの “おつまみチャーシュー” は、ねぎ塩だれでなかなかの美味。

寒風に晒された後だから、なんてことはない “おでん盛り合わせ” の温もりが嬉しい。
二杯目の “ウイスキーハイボール” はレモンの具合が絶妙で、何杯か重ねられそうな味わいだ。

案外と満足度を上げた時間を過ごして、短い短い競馬場線の旅を終える。
帰り道はルートを変えてフジビューウォークへと流れてみる。
この夕陽のトンネルが、ビクトリーロードかルーザーズウェイになるかは、それぞれなのだ。

京王競馬場線 東府中〜府中競馬正門前 0.9km 完乗

中央フリーウェイ / 山本潤子


布多天神社と鬼太郎と天狗舞と 京王相模原線を完乗!

2024-11-16 | 呑み鉄放浪記 私鉄編

大きなカーブで横浜線と相模線を跨いだ9000系が、ステンレスを茜に染めて橋本駅に進入する。
LEDはすでに折り返しの本八幡の行先表示になっている。今回は相模原線を旅している。

調布駅からは真っ直ぐ北へ延びる参道があって、正面に布多天神社の鳥居が見える。
布多天神社は少名毘古那神(スクナヒコナノカミ)を祀り、延喜式に名を連ねる古社である。
菅原道真公を配祀しているから、臥して動かない御神牛が本殿を見つめていた。

天神通り商店街の中ほどには「鬼太郎茶屋」って店があって、親子連れやカップルで賑わっている。
なんでも調布は氏が長年創作活動を続けてきた街らしい。命日には「ゲゲゲ忌」なるイベントが催される。

参道にはうっかり見過ごしてしまうほど、キャラクターたちが街並みに溶け込んで居る。
原作と比べると、ずいぶん現代風に柔和な表情になっている、っと感じるのはボクだけだろうか。

相模原線の起点調布駅は、連続立体交差事業の完成により地下化された。
駅舎がない跡地は、バスが頻繁に発着するロータリーがなければ、ここが駅であるとは思えない。

相模原線のホームは地下2階の1番ホーム、おとなり2番ホームの京王線と連絡をとっての発車となる。
地下区間ならではの軽やかなホーンを鳴らして、ちょうど堂々10両編成の区間急行が滑り降りてきた。

調布を発った区間急行は、すぐさま90度の大カーブを描いて南へ転針する。
右手に東京オーヴァルを見て多摩川鉄橋を渡ると。二度目の90度の大カーブを切って再び西へ転針するのだ。

4つ目の若葉台には電車区が併設されていて、様々な表情の電車たちを見ることができる。
電車区から現れた赤いスカートを穿いた5000系は、クロスシートに転換して座席指定列車になる新鋭だ。

若葉台辺りから多摩丘陵に差し掛かり、鉄路には急勾配とトンネルが現れる。
そもそも相模原線の歴史は、この先広がる多摩ニュータウンに急速に増えた人口の都心へのアクセス確保にある。
その中心駅は多摩センター、発車案内板の傍で、駅長の格好をしたハローキティーが「出発進行」のポーズ。

先に小田急多摩線の呑み旅でご紹介したとおり、多摩センターはハローキティにあえる街。
女の子を持つ親御さんにはご存知、サンリオピューロランドがこの街にはあるからだ。

さてこの街にはもう一つ重要なキャラクターが居る。それが縞野さん宅の「しまじろう」だ。
サンリオピューロランドに通じるハローキティストリートに折れると、聳えているのがベネッセ東京ビル。
ビル前の広場には、まるで睦まじい兄妹のようなモニュメント、まぁ虎と猫だから親和性がある。

急勾配を駆け上がってくるのは10-300形、グリーンのイチョウのマークは都営線の車両だ。
終点橋本までのラストランは4区間、ひとつ手前の多摩境から先は神奈川県になる。

さて今宵の一杯はどこで?いや実は乗車前に天神通り商店街の「布多天神社」で蕎麦前を楽しんでいる。

“天狗舞” は霊峰白山をいただく石川の酒、旨味あり酸味ありの “旨醇” 濃い味の料理に合う。
アテは海苔入りの “だし巻き玉子” に “富山の板わさ” を択ぶ。昆布巻きにした蒲鉾ですね。
濃厚な出汁の一品と、さっぱりとワサビ醤油でいただく一品とで、ゆるりと蕎麦前のひとときを単横します。

蕎麦はと云うと “新そば” の食べ比べ、白い陶器は栃木県矢板産、角の陶器は石狩沼田産、どちらも名産地。
いずれも香り高く、指で摘んで食すと確かに味わいも違うなぁ。
でもそれ以上表現する知見も語彙も十分でない呑み人、まぁ美味かったと云うことでご容赦を。

さてっ9年ぶりの京王電鉄の呑み旅を始めたこの頃です。路線の数だけお付き合いくださいね。

京王相模原線 調布~橋本 22.6km 完乗

<40年前に街で流れたJ-POP>
Masquerade / 安全地帯 1984


冠雪の富士と竜宮城としらす丼と 小田急江ノ島線を完乗!

2024-11-09 | 呑み鉄放浪記 私鉄編

精悍なマスクの新鋭5000形が堂々の10連をくねらせて、相模大野駅の1番ホームに入ってきた。
放射冷却で冷えた朝は真っ青な空が広がっている。湘南海岸からはたぶん雪を被った富士が見れそうだ。

江ノ島線の起点は相模大野、ここで本線と分岐して、湘南の中核都市・藤沢そして片瀬江ノ島を結ぶ。
station SQUARE の吹き抜けには、すでに巨大なX'masツリーが登場して、華やいだ雰囲気だ。

相模野台地大地を貫く江ノ島線は、気持ちが良いほど直線が続く。
最後尾車両で後方を眺めていると、遥か遠くに後続列車の前照灯がチカチカと煌めいている。
その正体は 特急えのしま91号、さしもの快速急行もとうとう大和駅で捕まった。
フェルメール・ブルーの
MSE60000形は、ホーンの音色も軽やかに、先行列車を抜き去って行く。

一転追う立場になった5000形だが、大和駅を出発する頃には、すでにロマンスカーの背中は見えない。
快速を飛ばした快速急行は、やがて大きく減速するや、左に急カーブを切って東海道本線をオーバークロスする。

藤沢駅はスイッチバック構造になっていて、行手は車止めで遮られている。
したがって駅名表示板には、向かって左側に上下線の次駅が、並んで示されているのだ。

片瀬江ノ島までのラストランナーは、クリーム色にブルーをひいた8000形の6両編成。
1983年から走り始めた形式だから、ボクの世代にはしっくりくる小田急電車なのだ。

これに乗ってしまえば潮の香りまではあと15分。クリーム色の6両編成は居合わせた乗客を竜宮城へと誘う。

午前の眩しい陽を受けて江の島大橋を渡る。
濃紺の相模湾にセイルが滑り、白いクルーザーが遊ぶ。
そして童謡そのまま、雲の上に望む富士が、うっすらと雪化粧して神々しい。

賑わう参道を抜けて、鮮やかな朱の鳥居が見えてきた。宗像三女神といって三姉妹の女神様を祀る江島神社だ。
長い階段を登って先ずは辺津宮、田寸津比賣命(たぎつひめのみこと)を祀る。
八角のお堂・奉安殿には妙音弁財天が安置されている。琵琶を抱えた真っ白な裸体が眩しい。

続く中津宮は朱色の社殿、市寸島比賣命(いちきしまひめのみこと)をお祀りする。

島のピークまで登り詰めると、青空に白い江の島シーキャンドルが映える。
この辺りには茶屋が並んでいるから、混んでくる前に今日の一杯と行きたい。

イカの塩辛をアテに生ビール。ここは “The Premium Malts”、富士を眺めながらの一杯だ。

そしてお待ちかねの “生・釜揚げしらす丼” が着丼、江ノ島まで運んだ目的がこれだ。
生姜を醤油に溶いて、丁寧に慎重に  “生しらす” の上に垂らす。喉が鳴るね。
先ずは “生” をビールのアテにいただく。微妙な苦味がいい。
ビールを終えたら、今度は生姜醤油を大胆に “釜揚げしらす” にかける。
レンゲで運ぶと、海の香りとほんのり甘みが口の中に広がる。美味しい。

満腹を抱えて最後に奥津宮、多紀理比賣命(たぎりひめのみこと)を参る。
社殿の隣には新しく “龍宮” が建てらた。弁財天である天女と結ばれた龍神が災いから村々を守る伝説に依る。

お昼を迎えて片瀬江ノ島駅は、外国人旅行客や若いカップルで賑わっている。
混雑を見込んで朝活を決めた呑み人は、すでに一杯を楽しんで、江ノ島線の旅を終えるのだ。

小田急電鉄 江ノ島線 相模大野〜片瀬江ノ島 27.6km 完乗

<40年前に街で流れたJ-POP>
ミス・ブランニュー・デイ / サザンオールスターズ 1984


春菊天そばとハローキティーと55ホッピーと 小田急多摩線を完乗!

2024-11-02 | 呑み鉄放浪記 私鉄編

クリーム色にブルーをひいた8000形の6両編成が緩やかに高架から降りてきた。
1983年から走り出したこの形式は、ボクらの世代にとってまさに The 小田急 なのである。

駅ビル acorde の駅名表示はピンクに縁取られて、その駅名と併せてフェミニンな雰囲気だ。
この日は新百合ヶ丘から小田急線を離れ、乗車時間15分、多摩線に寄り道する。

「名代 箱根そば」は小田急沿線に展開していて、新百合ヶ丘では北口構内の壁一面を占めている。
ここは朝食と兼ねて、温かいのを啜っていこう。

背くらべしているのは “春菊天” と “のどぐろ天”、それに青森産の “ほたて天” が参戦して豪華版。
さくさくの春菊天はなかなかの出来で、JR系より高めの料金設定だけど味は申し分ないと思う。

多摩線は3,4番ホームから、生真面目に10分ごと、唐木田に向けて出発していく。
新宿から来る10両編成が3番ホームから、当駅始発の6両編成が4番ホームから交互に出るのがお約束のようだ。

多摩丘陵の低い尾根をいくつも越えていくから、多摩線はけっこうアップダウンがあるしトンネルもある。
3つ目のトンネルを抜けると小田急永山、ここから京王相模原線と並走すると中心駅の多摩センターだ。

「ハローキティにあえる街 多摩センター」と多摩市のホームページではこうPRしている。
なるほど、駅の壁面や柱、パルテノン多摩、たしかに街はハローキティで溢れている。
女の子がいない呑み人には縁はないけれど、この街にはサンリオピューロランドがあるからだ。

結構な勾配を駆け上がって、後続の10両編成は新宿から直通してきた電車だ。
多摩線は京王多摩センターからわずかに1.5キロ、進路を南に転じて唐木田に終着する。

多摩線はいずれ延伸して、相模原で横浜線に上溝で相模線に連絡するらしいが、実現はいつのことだろうか。
そして当面の終着駅 唐木田は閑静な住宅街の中にある。
菖蒲をモチーフにしたステンドグラスのドームを屋根に載せて、1990年開業のこの駅はバブリーな造りだ。

ホームから路線の延伸先を覗くと電車区が展開している。
時には間合いのロマンスカーなども現れて、小田急の車両ってけっこう多彩な顔ぶれなのです。

この時分の日没は16時半頃だから、赤ちょうちんが点る時刻には辺りは真っ暗だ。
そして今宵の酒場は多摩センターに戻って「串焼たくま」の暖簾を潜った。

お品書きに “赤星” を見つけたら迷うことはない。ちょっと一杯な酒場によく似合う渋い奴だと思う。
アテに “タコのネギ塩まみれ” が美味い。このしょっぱさは酒を煽るに違いない。

こうしたニュータウンでチェーン店の向こうを張るのだから、メニューに創意があって楽しい。
続いて “塩辛じゃがバター”、熱々ホクホクのじゃがバターに塩辛のせて、これって焼き過ぎだよね。残念。

ビールのあとは “55ホッピー(赤ホッピー)” を択ぶ。地酒のラインナップもあったけど今回は封印。
ご自慢の串焼きは変わり種を、“柚子ポンレタス” と ベーコントマト” を焼いてもらった。
いい加減に焦げ目のついた肉やベーコンと、ジューシーな野菜の組み合わせがいいね。

今宵、ニュータウンのご同輩サラリーマンやこれから電車に乗る大学関係者に混ざってのカウンター。
聞き耳を立てる訳ではないけれど、ひと様の世迷言などを耳に流しながら、串焼き酒場の一杯が面白い。

小田急電鉄 多摩線 新百合ヶ丘〜唐木田 10.6km 完乗

<40年前に街で流れたJ-POP>
ピンクのモーツアルト / 松田聖子 1984


ウルトラマンと小田原城と松みどりと 小田急小田原線を完乗!

2024-10-26 | 呑み鉄放浪記 私鉄編

地上ホームからローズバーミリオンのGSE70000形が滑り出して来た。
こんな優雅な車両で箱根まで旅行したいと思うけれど、呑み鉄の旅は有料特急には乗らないのがルールだ。

そしてボクはと云えば、各駅停車の本厚木行きでのんびりと小田急線の旅を始める。
2019年度に完成した複々線、内側の急行線を快速急行やら急行が後から後から各駅停車を追い越して行く。

最初の途中下車は祖師ヶ谷大蔵駅、ここにはかつて特撮の円谷プロダクションがあった。
駅前広場には巨大なウルトラマンのモニュメントが屹立する。正に僕らの世代のヒーローなのだ。

ウルトラマン商店街(祖師谷きた通り)を北上する。
ある意味名所となった木梨サイクルを行き過ぎると、赤い看板の「祖師酒家」が見えてくる。
開店時間に飛び込んで、先ずは町中華で軽く一杯といきたい。

ゴマだれをたっぷりかけて “蒸し鶏サラダ” が登場。ヘルシーな一皿でしょう。
よく冷えた一番搾りのジョッキを片手に、さっぱりと蒸し鶏が美味しい。

“焼き餃子” を一つ放り込むと、ジュワーっと肉汁が口に広がる。
爽やかな “レモンサワー” で流して、ちょっと一杯のつもりが、案外満腹感のある昼呑みなのだ。

多摩川を渡って来たのは最新鋭の5000形、なかなか精悍なマスクの男前だ。
河川敷の野球少年を眺めて、小田急線は登戸から神奈川に入る。ここで急行に乗り換えて先を急ぐ。

新百合ヶ丘駅では1番線に待避して、追いかけてくるフェルメール・ブルーに先を譲る。
特急はこね93号は北千住を出て、大手町、霞ヶ関、表参道に停まって、千代田線を潜ってくる変わり種だ。

二度目の途中下車は伊勢原駅、北口に抜けると大山阿夫利神社の大鳥居がある。
そして④乗り場から「かなちゅう」の黄色いバス、臨時便に乗車して大山ケーブル山麓駅へ。
477‰の最急勾配をケーブルカーで登って、終点の阿夫利神社駅は標高678m、
振り返ると鈍く光る相模湾の向こうに三浦半島が横たわっている。

大山阿夫利神社を詣でた後は徒歩で山を下る。途中の大山寺は関東にあって紅葉の名所だ。
大山寺へと続く見上げるような階段の両脇には、ずらりと三十六童子像が並んでいる。
その前掛けと、階段に覆いかかぶさるモミジの色付きが、鮮やかな赤を競って楽しい。

弱々しい午後の陽を背負って、緑の切り通しをEXE30000形が新宿へと戻って行く。
大山に登ったら、伊勢原のひとつ先、鶴巻温泉に降りてくると良い。

鶴巻温泉駅の近くには公営の日帰り入浴施設「弘法の里湯」があって山歩きの疲れを癒してくれる。
湯に浸からないまでも、足湯に浸せば、帰りの小田急線に乗る足取りも軽くなるだろう。

そしてボクはハイカーとは反対のホームから、西陽を追いかけて小田原までラストラン。
この先の小田急線といったら、大小のカーブをくねり、谷間を抜け、トンネルを潜り、地方の幹線を行く様だ。
15:25、各駅停車は小田原駅の7番ホームに終着する。鶴巻温泉からは約30分の乗車となる。

冬至が近いこの頃だから、日没までは30分を残すだけだ。西口の北条早雲公にすでに陽は当たらない。
馬上の北条早雲公が睨みを利かせる先には小田原城天守閣があるはずだ。

急足で八幡山古郭東曲輪跡に登ってみる。
曲輪は戦国時代の小田原城中心部で、東海道新幹線を隔てて小田原城を一望するスポットだ。
深い青の相模湾を背景に、夕陽を浴びた天守閣が美しい。

日が暮れて小田原駅に戻ってきた。今宵は駅前東通り商店街(おいしいもの横丁)で一杯。
老舗の練り物屋や豆腐屋の種を仕込んだご当地おでんを梅味噌で味わう「小田原おでん本陣」に伺う。
この店、神奈川県下13蔵の日本酒を楽しめるのがポイント高い。

先ずは神泡の “The Premium Malts” を呷る。
本日のお刺身は、“ハナダイ” に “シロウマ” それに “カツオ”、厚切りの旬が嬉しい。

刺身に合わせて日本酒へと急ぐ。丹沢の “松みどり” は穏やかな香りの純米酒。
ボクは断然に冷酒派だけれど、これは燗をつけても美味しいんじゃないかな。やや辛が刺身によく合うね。
おでんは季節限定の「秋冬おでん」から択んで “大根そぼろあんかけ”、三種の薬味から柚子こしょうが良いかな。

もう一品は “ゆず味噌田楽焼きとうふ”、ご当地の梅味噌を付けながら箸で崩して美味しい。
大井町の “曽我の誉” は、酸味が強くて苦味も感じる純米酒、昆布とカツオ節の出汁と相性がよい。

ほどよく酔いがくる頃には、人気店の外には席待ちの列が出来ている。
それではっと升に残った純米酒をグイと呑んで「おあいそ」しましょうか。

ほろ酔いで小田原駅、帰りくらいはロマンスカーに乗ろうか。缶ビールでも買って。いやまだ呑むんかい?

小田急電鉄 小田原線 新宿〜小田原 82.5km 完乗

<40年前に街で流れたJ-POP>
Chance! / 白井貴子 1984


西武新宿線を完乗! 「時の鐘と六軒町一丁目商店と去年の恋」

2024-06-01 | 呑み鉄放浪記 私鉄編

「急行」のLEDも誇らしく、副都心の高層ビル群を背負って、堂々10連の30000系が高田馬場に滑り込む。
4月に池袋線・秩父線で芝桜を観に行ってから3か月、二度目の西武鉄道呑み潰しを新宿線で締める。

新宿線の三叉の槍は、歌舞伎町の入り口で存在感のあるPePe新宿プリンスホテルに突き刺さっている。
青が散る一時期、この沿線で暮らすことがあった呑み人は、何度か初電でアパートに帰った覚えがある。

起点の西武新宿駅から10分、レモンイエローの各駅停車は緩いカーブの新井薬師駅に停車する。
あの頃、友人の下宿をよく訪ねたけれど、実は薬師さまに詣でたことはない。長年の不義理を解消したい。

緑の木漏れ日の中に赤い提燈が印象的な山門を潜って新井薬師梅照院に詣でる。
新田氏に縁ある御本尊は、薬師如来・如意輪観音の二仏一体の尊像と言われ、秘仏となっている。

四半世紀を超えてようやく薬師さまを詣でた後、門前そばならぬ門前の町中華に迷い込む。
玉ちゃんの声に誘われた気もするが、それはさすがに空耳か。

老夫婦が営む店は昼前なのに席が埋まった繁盛ぶり、料理にはどれも美味いに決まっている。っと思う。
シュポンと小母ちゃんが “クラシックラガー” を抜いてくれた。先ずは喉がなるほどに一杯を呷る。
一皿めの “ピータン豆腐” の濃厚とサッパリの共演を味わいつつ、苦味走ったラガーを楽しむのだ。

どうもここ萬来軒の名物メニューらしい “麻婆餃子” を択ぶ。当たりだ。この共演も素晴らしい。
濃厚なひと皿にはさっぱりと “レモンサワー” を合わせて、薬師さまのお陰で美味しい酒肴に巡り合った。

新宿線の旅は続く。ボクが乗るのは相変わらずレモンイエローの各駅停車だ。
この駅は鷺ノ宮だったろうか。乗務員もホッと一息の急行の通過待ち。
このシチュエーションには決まって原田知世の曲を思い出す。
彼の住む町を訪ね指を折って駅を数える彼女、急行の通過待ちがいつももどかしかった。と去年の恋の詩だ。

東村山も所沢も最近呑んだから今回は通過して、やがてレモンイエローの各駅停車は航空公園駅に着く。

駅舎で時を刻む CITIZEN の針は飛行機のプロペラをモチーフにしていて、なかなか秀逸なデザインだ。

振り返る東口駅前広場には、戦後初の国産旅客機 YS11 がエアーニッポンの塗装そのままに展示されている。

所沢航空記念公園は、1911年に開設された日本で最初の飛行場「所沢飛行場」の跡地に整備された。
この「日本の航空発祥の地」に、航空自衛隊入間基地に所属した C46-1A輸送機(天馬) が煌めいている。

所沢からの緩い勾配を駆け上がってきたのは、30000系、急行の本川越行き、この旅のアンカーになる。
急行と表示していながら、田無からは各駅に停まるので、終点までは6駅20分の旅になる。

黒漆喰の壁、屋根には大きな鬼瓦、一番街には重厚な造りの商家が連なる。小粋に人力車が疾走していく。
この情緒あふれる蔵造りの町並みをして、川越は「小江戸」と称される。
西武新宿線の終点本川越駅は、この町並みに最も近い駅だ。

そんな小江戸川越のシンボルが「時の鐘」で、最初のものは寛永年間に川越城主の酒井忠勝が建てた。
現在の鐘楼は明治27年、江戸時代の姿そのままに再建した4代目だそうだ。
鐘の音が小江戸の町に響きわたるのは日に4回、でも聴いた覚えはないなぁ、結構訪ねているのだけれど。

18時の鐘を待てずに向かったのは「六軒町一丁目商店」、すでに賑やかに立ち呑み酒場は営業中。
客層はご同輩というよりも若者が多いしスタッフも同様だ。それでも臆せずにカウンターの一角を占める。

元気なお嬢さんが注いでくれた “生ビール” を片手に小声で乾杯、今宵の一人酒を始めよう。
アテの一番手、申し訳程度のキャベツを敷いて “ハムカツ” が登場、分厚いのが二枚、満足の一品だ。

小皿に山盛りなのは “もやしポン酢”、これは少々手こずりそうだ。
むかし学生街の定食屋の「もやし炒め定食」が、正にモヤシだけを炒めた皿にガッカリしたことがある。
気を取り直して “梅水晶” 、これは満足度の高い一品、日本酒が呑みたくなるね。

でもここ最近、少々酒が過ぎていることを自覚しているから “黒ホッピー” を択ぶ。
アテには “炙りチャーシュー”、ジューシーな叉焼をさっと炙ってレタスにマヨネーズ、言うこと無し。

立ち呑みを楽しむ若者に、脈絡もなく力強い何かを感じた今宵、新宿線を最後に西武鉄道の呑み潰しを完了。

西武鉄道 新宿線 西武新宿〜本川越 47.5km 完乗

<40年前に街で流れたJ-POP>
どうしてますか / 原田知世 1986