
跨線橋のない東津山駅、反対側ホームに渡る構内踏切の警報機が響く。遥か遠くに前照灯が煌めいている。
見るからに小柄な単行気動車キハ120系が、車体を左右に揺らしながら津山からの緩やかな勾配を上ってきた。

因美線は姫新線と東津山で分岐して日本海をめざす。起点は鳥取だから上り列車ということになる。
智頭急行の開業により陰陽連絡の役割を喪失した因美線は、わずか7往復の普通列車が県境を越えるのみだ。

津山城の南側には出雲街道が東西に貫いている。
城の東を流れる宮川から2カ所の枡形を挟んで約1.2km、東津山駅付近まで伝統的建造物群保存地区が延びる。
なまこ壁や袖壁(そでかべ)、虫籠窓(むしこまど)の町家や火の見櫓など、旧街道を歩く呑み人には興味深い。

津山城から30分、旧街道情緒を味わいながら東津山駅にたどり着くころ、智頭行き680Dが入線してきた。
全長16.3m、定員110名の小さな気動車は、帰宅の高校生を満載して出発する。

長い列車が交換できる美作加茂駅を出ると、単行気動車は県境の物見トンネルに向けて25‰を登っていく。
物見トンネルが近づくにつれ、線路の左右には薄汚れた残雪が積もり、冬期の往来の困難が想像される。

県境のトンネルを潜って峠を下ること約7km、単行気動車は智頭駅の2番線に終着する。
隣の3番線には鳥取からHOT1000系の2両編成が迎えにきていた。これは相互乗り入れする智頭急行の車両だ。
智頭急行による陰陽連絡の一端を担う智頭〜鳥取間は線路も改良され、高性能な気動車が時速100kmの
高速運転をしている。勢い因美線はこの智頭駅の北と南で運用が分断され、津山〜鳥取を直通する列車はない。

鳥取行きの638Dの転換クロスシートに席を占めたら、仕込んでいた300mlを漸く空けるのだ。
津山三蔵の一つ難波酒造の “作州武蔵” は、当然に剣聖・宮本武蔵を称している。
暮れゆく西の空を眩しく眺めながら、岡山県産の「朝日米」を醸したすっきり辛口の純米酒を愉しんでいる。

終点・鳥取を目前に638Dは郡家(こうげ)で16分の長い列車交換の停車をする。
先ずは大阪・京都へ急ぐ特急を通し、さらに夕日を浴びたタラコの到着を待ってからの発車となる。

さて、酔いがまわる前に報告しておくと、翌朝は早起きして鳥取砂丘を見にいくことにしている。
起伏に富んだ砂の大地は、夜風が描いた風紋が人の気配を消し去り、柔らかな砂丘の曲線美を堪能できる。
海原のブルーと砂丘のゴールドが旭に輝いて、なんとも美しく幻想的な景色に飽くことはない。

新袋川橋りょうを渡った638Dは高架の鳥取駅へと駆け上る。夕日はまさに沈もうとしている。
12両が停まれるであろう長いプラットホームの中ほど、2両編成がポツンと停車して因美線の旅は終わる。

鳥取は落ち着いた街だ。駅を背に5分、市街地の賑やかな一角を過ぎると「順吉」の赤提灯が見えてきた。
カウンターの一角に席を占めたら先ずは生ビールを呷る。お通しは “えび団子餡かけ”、いい出汁が出ている。

刺身は迷わず “もさえび” を注文する。玉子をのせて、弾力があって、甘味旨味がたっぷりで美味。
地元でしか味わえない幻のエビに合わせて、一杯目は “日置桜”、鳥取市内青谷は山根酒造場の酒だ。
強力米を醸した純米吟醸は、豊かな酸と旨味が印象的な呑み応えある一杯だね。

素揚げにした “もさえび頭” (これってなかなか良い)を抓まんでいるうちに “大山鶏もも塩焼き” が登場した。
カリカリの皮、肉はジューシーな鶏ももを、柚子胡椒をつけて口に放り込む。とっても美味しい。
辛口を求めて “千代むすび” を択んだ。これは境港の蔵、海の男たちが嗜む酒だろうか。
五百万石を醸した辛口でキレのあるドライな純米酒は、焼き鳥とは相性が良いと思うなぁ。愉しめる。

めしは “もずくぞうすい” をいただく。シンプルだけど、ちょっぴり潮の香りも感じて旨いお酒の〆になるね。
今宵、鳥取の海の幸、野の幸、山の幸を堪能して満足の晩餐、まだまだ鳥取には旨い酒肴がありそうだ。
因美線 東津山〜鳥取 70.8km 完乗

萌黄色のスナップ / 安全地帯 1982