「浦和宿」 11:40
浦和宿を出た中山道は京浜東北線をオーバーパスし線路を左手に見て北上する。
与野からさいたま新都心にかけては、およそ500mにわたって欅並木が続く。
新都心の手前、高台橋跡にお女郎地蔵がある。
石仏には、大宮宿で借金の形に身を沈めた姉妹の女郎の悲話が刻まれている。
右手に見えてくるのは武蔵一の宮・氷川神社の一の鳥居。元々は参道が中山道であった。
「大宮宿」 12:30
大宮は氷川神社の門前町として賑わった。
寛永5年(1628年)、参道の西側に新たに道筋を改め、設置されたのが大宮宿だ。
その大宮宿には旧い遺構は何も残っていない。本陣跡は大宮高島屋になる。
大宮を出てからも何の見所もないままひたすら歩くのみだ。
時折緩やかにカーブする道筋、加茂や南方など大きな神社の存在が中山道を想像させる。
「上尾宿」 15:40
氷川鍬神社は、正面に本陣が左右に脇本陣を従え建っていた上尾宿の中心地になる。
第4日目は、浦和宿から氷川神社に寄り道して大宮宿、退屈な道筋を上尾宿まで12.7km。
新年を迎える準備に忙しい町並みを抜けて、約4時間、大晦日の行程でした。