敦賀延伸開業から1ヶ月、桜の季節を待って北陸を旅する。
呑むことと乗ることに的を絞って、北陸3県を早回しに訪ねてみたい。
背後から朝日を浴びて、午前7時前の赤れんがは驚くほど静かに佇んでいる。
07:20、22番ホームから2本目の “かがやき” が滑り出す。
全長22.3kmの長大な飯山トンネルを抜けると、車窓左手に頸城三山が現れる。
連聳する火打山と活火山の焼山を従えて、“越後富士” 妙高山が秀麗に裾野を広げている。
トンネルの合間にチカチカと日本海が煌めくと、やがて “かがやき” は富山平野へと飛び出す。
こんどは立山連峰の “剱岳” が遥か昔に氷河に削り取られた峻険な山容を見せる。
東京から2時間、満開の桜が迎えてくれた富山駅。
枝いっぱいの淡い桜色と、ハンギングバスケットの橙や黄それに紫のコラボレーションが華やかだ。
富山地方鉄道の市内線にガタゴト揺られること5分、丸の内電停を降りると富山城のお濠端だ。
天守閣と石垣、お濠に桜色を映すソメイヨシノ、ビルの間に煌めく立山連峰、この共演は美しい。
かつて高山本線のホーム上で繁盛していた「立山そば」は、とやマルシェの一角で出汁の香りで誘っている。
思わず押した券売機の “白えび天そば” 、白えびの香ばしさと薄めの出汁を絡めてズズッと美味しい。
旅はテンポよく進む。13:40発の “つるぎ” は富山・金沢と敦賀を結び、名古屋・大阪方面へと連絡する。
真っ昼間の便はまだまだ輸送力に余裕があって、乗客は間違いなく訪日外国人観光客の方が多い。
“三笑楽” は合掌造りで有名な五箇山の酒、豪雪地帯の冬の寒で醸した芳醇辛口が美味しい。
金沢までは20分と少々、“白えび小判” を添えて、カポッとワンカップ一杯がちょうど良い。
金沢駅ではいつもの鼓門が迎えてくれる。この日は初夏を思わせるような陽気になっている。
どこへ行こうか考えた末、彦三町から浅野川沿を主計町茶屋街へ向かう。枝垂れ桜が川面に花筏を浮かべている。
柳の芽が揺れる「ひがし茶屋街」は紅殻格子の町家を並べて、石畳を漫ろ歩くのが楽しい。
朱に縁取られた花街の街灯が点る頃に訪れたら、さぞかし美しく幻想的だろうと想像する。
この街にも溢れる訪日外国人観光客、その喧騒から「きんつば中田屋」の階上に逃れる。
呑んでばかりのボクだけど、たまには甘味もいいだろうか、しっとりと “ロールケーキ” が美味しい。
慈母観世音菩薩を見上げる加賀温泉駅、新規延伸区間2つ目の駅は金沢から20分の乗車。
今宵は山代温泉の老舗に投宿して、加賀能登の野山の味覚を肴に一杯やりたい。
そして今宵の酒はお隣は山中温泉の “獅子の里”、スッキリとした切れ味の超辛純米を愉しむ。
少しだけお膳を紹介する。日本海の「割鮮」はあられ塩でいただく。この超辛の酒が合うね。
「進皿」の春鯛大根挟みは新玉ねぎのソースで、「羹(あつもの)」の能登豚野菜道明寺蒸しは生姜の餡で美味しい。
「台物」の和牛鍋、豚骨醤油出汁仕立てで、追い麺にべんがらこんにゃく麺が珍しい。
釜炊き御飯は朝利めし、薄揚げの甘味と三つ葉の香りと相まって美味しい一杯だ。
翌日の “つるぎ” は、まずは隣の芦原温泉まで8分の乗車。
一度は訪ねたいと思っていた丸岡城までは、ここから路線バスでアプローチできる。
丸岡城は北陸唯一の現存天守、織田信長の時代、柴田勝豊が一向一揆への備えとして築いた。
荒々しい野づら積みの石垣に載った2重3階の天守に、盛りを過ぎたソメイヨシノが花吹雪を散らす。
さらに隣の福井までは9分の乗車、缶ビールを開けるまでもない。新幹線というインフラの凄まじさを感じる。
新幹線の延伸開業で新しくなった東口広場には、トリケラトプスの親子が出現した。
ふくい観光案内所の屋上には、ハートのモニュメントと2体のフクイティタン。恐竜の増殖が止まない福井駅だ。
この週末、東口のハピテラスでは、福井県内23蔵を集めて「春の新酒まつり2024」が開催中。
この手のイベントには関心が薄いボクは、駅から10分歩いて常山酒造の蔵を訪ねる。
試飲を楽しみ、お気に入りを何本か仕込んだから、いずれ家呑みでご紹介したい。
軽快なチャイムがホームに響いてまもなく、緩やかなカーヴを描いて東京からの “かがやき” が進入してくる。
終点の敦賀まではあと2区間、時間にしてわずかに10分少々の乗車になる。
敦賀駅のまるで要塞のような堅牢で大きな新駅舎にまずは驚くしかない。
名古屋から、大阪からの特急の乗客を8分で新幹線に乗継させるため、どうしても必要な施設らしい。
いつの日か新幹線が大阪方面に延伸したら、ここが寂しい空間になってしまうだろうと想像する。
駅に降り立ったら、真っ先に佐渡酒造先生にご挨拶。この旅でも美味しいお酒を愉しんでます、っと。
松本零士氏は敦賀出身?っと誤解するほど、街角に「銀河鉄道999」と「宇宙戦艦ヤマト」が溢れている。
お気に入りは「別離」という作品、子どもの頃、映画のこのシーンには泣いた。
かつて1枚の切符で東京からベルリンまで旅する「欧亜国際連絡列車」があった。
毎週金曜の午後8時25分、東京発金ヶ崎(敦賀港)ゆきの夜行急行の乗客は、
ここでウラジオストック航路に乗り継ぎ、遥かヨーロッパをめざした。
なんともロマンのある、そしておそらく過酷な旅だったろう。
かつてのウラジオストック航路の桟橋周辺には海上保安庁の巡視船が並んでいる。
時を経ても、この海と空の「あお」と欧亜国際連絡列車の乗客が見た「あお」はきっと変わらない。
旅の終わりに “越前おろしそば” を啜る。
蕎麦前にいただいた “月きよし” は、20年前に廃業してしまった酒蔵の酒を復刻したもの。
氣比神宮に参拝した松尾芭蕉が詠んだ句『月清し 遊行の持てる 砂の上』からいただいたそうだ。
今宵、つるがの湊で見上げる清々しい月を思って、北陸新幹線の旅は終わる。
北陸新幹線 高崎〜敦賀 460.7km 完乗
<40年前に街で流れたJ-POP>
真夜中過ぎの恋 / 安全地帯 1984