橋脚の袂で青年がサックスを吹いている休日の昼下り。
正確に4~5分毎、電車が軽快に鉄橋を叩く、でも両者がスウィングすることはなかった。
南武線の6両編成は、立川駅の7・8番ホームから川崎へと抜けて行く。3本に1本は快速運転だ。
帯の色はカナリアイエロー+オレンジ+茶色、なんだか夕陽をイメージするね。
府中本町で武蔵野線とクロスすると、70年代の歌詞の風景が展開する。
“右に見える競馬場、左にビール工場” って、鉄路を跨ぐ高速道路は “夜空につづく滑走路” になる。
さて、一方の競馬場は無観客競馬を開催中、空のスタンドにTV中継の実況だけが響く不思議。
それでもイヤホンをしたファンがちらほら、西口のプレハブの居酒屋も開いて、ちょっと感心してしまう。
府中本町から多摩川を渡って矢野口までの東京都区間、連続立体交差事業が終了し車窓の眺めが良くなった。
旅程の半ばは登戸駅、小田急線と交差するこの駅に途中下車する。
南武線沿線に蔵元はないけれど、駅から徒歩10分、地ビールのブルワリー「ムーンライト」がある。
サインボードに描かれた中から、先ずはPoter “登戸の渡し” を択んだ。
バルっぽいカウンターの片隅、“自家製スモーク盛合せ” を抓みながら、ローストモルトのフレイバーを愉しむ。
二杯目はPilsner “スピカ”、ホップの苦みが効いて爽快感のあるビールだ。地元専修大学との共同開発らしい。
終点手前の尻手駅2・3番線、立川行きと浜川崎行きの電車が同時に入線してきた。
南武線には尻手から浜川崎を結ぶ支線があり、グリーン+イエローの帯を纏った2両編成がシャトルしている。
3番線の立川方向は車止めで塞がれ、傍らにこの支線の起点を表す0キロポストが打ち込まれている。
この支線の主役は臨海部へ向かう貨物列車、青い電気機関車に牽かれ、重そうな長大編成が追い抜いていった。
浜川崎までの4区間はわずかに7分の旅、週末の日中はあくまでも閑散とした路線なのだ。
グリーン+イエローの2両編成は浜川崎でも車止めに行く手を塞がれる。まるで籠の鳥のような境遇に同情。
夕陽を浴びた6両編成が終点川崎に向かって走り去る。赤い鉄塔と煙突の背景が川崎のイメージにマッチする。
終着の川崎駅、京急と向かい合う近代的な商業ビルは150万都市の玄関として申し分ない。
夏至が近い日もようやく没して、酒場へと仲見世通りを分け入る足取りに、いささかの後ろめたさもない。
今宵の「酒道場 陣屋」は駅前から4ブロック、数多の客引きや風俗店の煌めきを越えてきた。
赤提灯に縄暖簾を潜ると、コの字カウンターと桜材の四人掛けが並ぶ昭和感たっぷりの空間が広がっている。
地酒は東北の蔵をラインナップ、先ずは “出羽桜”、柔らかな旨味と上品な酸、出羽燦々を醸した純米吟醸酒だ。
この店は肉自慢、煮込・スタミナ・チキンカツなどボリュームと安さが評判なようだ。
でも御免なさい。“焼きそら豆”、“ナス一本漬け”、“きびなご唐揚げ” と禁欲的かつあっさりした肴を所望です。
二杯目は “日高見 超辛口純米酒”、ひとめぼれを醸したコクと旨みの有る石巻の酒は、魚料理に相いそうだ。
吞み人的には “かつお酒盗” と “スルメイカ肝和え” を突っついて杯を進める。
上品に揚がった “ポテトコロッケ” で腹を満たす。
中味はクリーム状、ほんとはじゃが芋がゴロっとしたのが好みだけど、これも美味しい一品だ。
最後は “からくち浦霞”、さっぱりとした後味の辛口の本醸造は、たいていの肴に馴染んでくれる。
街の酒場にも活気が戻りつつ、今宵、友人と合流して大衆酒場で酌み交わす酒が愉しい。
南武線 立川~川崎 35.5km
尻手~浜川崎 4.1km 完乗
哀愁でいと / 田原俊彦 1980