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沼宮内駅に停車しているIGR7000系は、JRの701系電車と同系列なのだそうだ。
シルバーの車体に塗られた「スターライトブルー」は無限に広がる岩手の夜空をイメージしているという。
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かつて日本最長営業キロを誇った東北本線、盛岡以北はいわて銀河鉄道線、青い森鉄道線となった。
それでもレールは繋がっているのだから、行くぜ、東北。二日目は仙台から青森をめざす。
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その前に押さえておくべき利府支線は、岩切か新幹線総合車両センターに並行して利府へ延びる。
そもそも本線の一部であった利府支線だが、塩釜経由の新ルート開通によりいつしか盲腸線となった。
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この日は臨時快速「毛越寺あやめ祭号」というワイルドカードが走る。使わない手はない。
少年たちがカメラを構える4番ホームに2両編成の110系気動車が入線してきた。
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09:10、鉄ちゃんと家族連れと呑み人を乗せた8番手が仙台駅を出発。
ホームでは横断幕を掲げた駅員氏たちが手を振って、日常とはちょっと違った光景が展開する。
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車窓を松島の海岸線が流れたら、プシュッと “一番搾り”、波と戯れる石田ゆり子さんと飲みたい。
そして朝飯代わりに “仙台牛ひとめぼれ” を、甘く煮込んだA5ランクが美味しいね。
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いつしか2両編成は鳴瀬川を渡って肥沃な大崎平野、美しい緑が広がる田園風景の中をかけて行く。
おいしいお米とおいしい水に恵まれたこの平野は、当然に銘酒たちのふるさとでもある。
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仙台から1時間30分、臨時快速は七夕飾りと縁日と、子どもの歓声が聞こえる平泉駅に終着する。
賑わいに背を向けて、強烈な夏の陽に射られながら、極楽浄土までは1キロの道のり。
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ご本尊の薬師如来立像、脇を固める日光菩薩と月光菩薩に手を合わせる。美味しいお酒が呑めますように。
中世、荒廃した寺を奥州藤原氏が再興したことは教科書で読んだ気がする。
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開山堂を背景に大泉が池周辺には花菖蒲園、300種3万株、紫に白ところどころに黄の大輪が咲き誇る。
学校の宿題だろうか、子どもたちがパレットに思い思いの「むらさき」を表現する姿が微笑ましい。
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5分も前から前照灯がチカチカと煌めいている。9番手の盛岡行きが一関からの長い直線を駆けてきた。
偶然だろうけど、車体に帯びる濃淡の紫のラインは、まさに菖蒲か杜若だね。
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啄木調の書体で描かれた「もりおか」駅ビルFESANに、元祖じゃじゃ麺の白龍(ぱいろん)が入っている。
この小綺麗な店舗には拍子抜けだけど、この暑い中櫻山神社まで歩かなくて良いのは助かる。
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小麦でできた平麺が茹だるまでの10分ほどを、辛味噌を突っつきながら “一番搾り” を呷って待つ。
しつこい様だが、ほんとうは浴衣姿の石田ゆり子さんと飲みたい。
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告白しておくとボクはこの “じゃじゃ麺” を混ぜるのは下手くそだ。
割り箸を手元まで汚しても均一に味噌が馴染まない。でも所々で味が変わってむしろ美味しい(と強がる)。
麺を少し残したら玉子を割ってかき混ぜる。店員さんに茹で汁とネギと味噌を入れてもらう。
この〆のスープ “ちいたんたん” がラー油を垂らしてまた美味しい。
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いわて銀河鉄道線は構内隅っこの0番・1番ホームから出発する。この旅10番手の八戸行きに乗車する。
IGR7000系=701系はローカルを走るのにオールロングシート、この旅情を廃した鉄道会社に納得がいかない。
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それでもワンマン運転の後部車両は大抵空いているから、午後の一本目をカポッと。
八幡平の “鷲の尾” はすっきりした上撰、やや甘いのが好みではないが、キリッと冷えていれば美味しい。
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青森県境まであと一駅を残して金田一温泉駅に途中下車。キイコキイコと自転車を漕いで座敷わらしの里へ。
汗が噴き出るころに金田一温泉に辿り着く。まずは座敷わらし伝説の「亀麿神社」に手を合わせる。
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それこそ金田一耕助が泊まりそうな旅館のひとつ、仙養館さんを択んで立ち寄り湯をいただく。
なんだか懐かしさを感じるレトロなタイル張り、まん丸な湯船に両手両足を投げ出して浸かる。至福だ。
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ツルツルになった身体が再び汗まみれにならない様、慎重に自転車を漕いで駅まで戻ってきた。
ほどなく後続の八戸行きがホームに滑り込む。この11番で県境を越える。いよいよ陸も奥の奥になる。
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乗り継ぎの良い列車を見逃して、八戸では1時間と少々の時間を作る。食べておきたい “八戸せんべい汁” だ。
もちろん市中の料理屋まで行く時間はない、っで隣接するホテルのテナント「いかめしや烹鱗」に飛び込む。
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ことこと煮込んだ濃厚でもっちりした “いかめし” と、さっぱり醤油ベース鶏出汁の “せんべい汁” を味わう。
味覚で感じる「思えば遠くへ来たもんだ」的な感覚が呑み鉄の醍醐味ではある。
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青い森鉄道のキャラクター「モーリー」をヘッドに描いた701系は空色を纏っている。
そういえばやり過ごした列車には空色の制服のアテンダント嬢が乗っていた。この列車には居ないのかな。
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意外にも東北本線で海を見る機会は少ない。仙台を出た列車が松島海岸をチラッと覗き見るくらいだ。
野辺地を出た列車はようやく青い海とであう。ボクは思わず浅虫温泉駅に飛び降りてしまうのだ。
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海岸線に出ると陸奥湾に弁財天宮を抱えた湯ノ島が浮かび、弓なりしたサンセットビーチに子どもたちが遊ぶ。
もう少し粘れば津軽半島に陽が沈むだろうか、でも青森の酒場も呼んでいるなぁ。
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最終ランナーとなった13番手の2両編成が、長い長い青森駅のホームを余らせている。
車内を埋めていた部活帰りの高校生を散らしたら、週末のホームは閑散としてしまう。
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かつてはこの長い長いホームを大きな荷物を背負った旅人が青函連絡船へと歩いたことだろう。
改札口を出て線路を辿って歩くと、3本の引き込み線が八甲田丸へと吸い込まれていく。
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壁面にねぶたを描いた「壱乃助」を覗く。辛うじてカウンターに席を確保する。
汗を鎮めるキンキンの生ビールは、今度ばかりはプレミアムモルツ。「うまいんだな、これがっ。」
アテは津軽地方の家庭料理 “いがメンチ” をいただく。
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厚めに切られた “カンパチ”、“バチマグロ”、“真鯛” を満載した木桶がなかなかの豪華版。
真っ赤なラベルは鯵ヶ沢の “安東水軍”、すっきりとした軽やかな純米酒は白身によく合う。
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“貝焼き味噌” をいただく。熱々の玉子にゴロッと大ぶりなホタテ、味噌を溶いた出汁が美味しい。
酒は黒石の “亀吉”、ここまで来ないとお目にかからない辛口は、香り穏やかな旨い酒だ。
東京を発ってまる二日、みちのくの美味い酒肴を堪能して、青森の空は暮れゆくのだ。
東北本線 仙台〜盛岡 183.5km
利府支線 岩切〜利府 12.3km
いわて銀河鉄道線 盛岡〜目時 82.0km
青い森鉄道線 目時〜青森 121.9km
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<40年前に街で流れたJ-POP>
夏の夜の海 / TULIP 1983