いろはにぴあの(Ver.3)

ピアノを趣味で弾いています。なかなか進歩しませんが少しでもうまくなりたいと思っています。ときどき小さな絵を描きます。

泉ゆりのさん ピアノリサイタル

2012年11月23日 | ピアノ・音楽

 横浜市の山手にある岩崎博物館に、ゲーテ座という素敵なホールがある。そのホールでは毎月、主に若手の演奏家たちが1時間強のリサイタルを開いている。前回行ったのが今年の2月4日に行った三浦友理恵さん。底なし沼のように妖しくそれでありながら理知的な雰囲気の漂ったフランス物の世界にいざなわれ、すっかり現実離れした気分で帰ってきたのを思い出した。それから9か月、再びゲーテ座に行くことになった。今度は泉ゆりのさん。今回はピアノの先生が行けなくなったということでわざわざくださった招待券で行けることになった。泉さんのリサイタルは3度目、前回は昨年の10月で出産前最後のリサイタルだった。出産後もリサイタルを開き精力的に活動している彼女、今回は自発的に行くことにしたリサイタルではなかったにせよ、久しぶりに演奏を聴けるということで楽しみにしていた。

 小雨の降る中久しぶりに行った山手地区は紅葉が美しかった。こじんまりとした会場につくとすでに人の熱気が。演奏者との距離も普通のホールよりはかなり近かった。

 演奏曲目は

シューベルト作曲 4つの即興曲集 Op.90 D. 899

シューベルト作曲リスト編曲 海の静けさ

                  いずこへ

リスト作曲 バラード第2番 ロ短調

アンコール

ドビュッシー作曲 亜麻色の髪の乙女

ジョップリン作曲 メープルリーフラグ

 

 シューベルトのOp.90といえばシューベルトのピアノ曲の中ではもっともおなじみの曲とも言えそうだが、泉さんの解説によると、31歳で亡くなったシューベルトが30歳の時に作った曲だということ。すなわち彼の晩年に作られた曲だったのだ。夭折した彼とはいえ、あの有名な4曲が晩年の曲だったとは。ちなみにもう一つの即興曲Op.142は最晩年の曲だったということだ。シューベルトのイメージの強い泉さん、この曲はまさに彼女の手の内そのものに感じられた。しかし手垢にまみれたような雰囲気からは遠く、演奏の中でかなり冒険をしていたような気がした。曲の中に込められたシューベルトのメッセージをつかみ、自分なりに消化して伝えようとしていたように聴こえた。情熱的で温かい演奏だった。3番目の変ト長調は特に好きな曲なのだが、音楽に彼女がすっかり乗り移っていたような感じがした。

 次はシューベルト作曲でリスト編曲の歌曲、これらも彼女の演奏会では登場することの多い曲目だが、今日聴いた二曲は初めてだった。前後のずっしりした曲とは対照的に軽やかな演奏になっていた。とはいえ、海の静けさの演奏からは出口がなくて進むことのできない閉塞的な雰囲気が感じられた。いずこへは素朴でのびやかな感じがしたがそれだけでは終わらずちょっと繊細な切なさも込められていた。音色の美しい彼女の演奏はまさにシューベルトの歌曲にぴったりだった。

 プログラム最後はリストのバラード2番。実はこの曲をもっとも楽しみにしていた。今まで私が持っていた泉さんのイメージとあまり結びつかなない気がしていたのと、個人的に大好きな曲だから。地獄の底をのた打ち回っているような左手の半音階スケールから重くて暗い旋律で始まり上り詰め、一気に明るく輝かしい場面、そういう場面が繰り返され行進曲、どんどん光がさしていき希望にあふれていく、といった進展。泉さんは生徒さんがレッスンで弾いたのをきっかけに練習したそうだ。この曲を夜に練習するとお嬢さんが起きてしまうので、一日の最初に練習されるのだそうだ。最初の半音階スケールから激しい泥沼のたうちシーン、そして地獄から引きずり出されたような歌。深い音色で音量もかなりのもので息遣いが感じられた。そこからは曲の世界にたちまち連れていかれ、彼女の演奏とともに上り詰めた感覚になりすっかり酔うはめになっていた。曲の中には絶望と希望という両極の感情がこめられていると思うが、彼女はその両極の感情をあますことなく出していたような気がする。あまり結びつかないように感じていた泉さんとリストのバラード2番だったが、とんでもない、太く頑丈な糸でしっかり結びついていた。

 そしてアンコールでは亜麻色の髪の乙女の研ぎ澄まされた美しい音色、そしてメープルリーフラグの躍動感あふれる切れの良い演奏で心地よい余韻を残してくれた。

 泉さんの演奏を聴いたのは3度目。コンクールで優秀な成績を残されてきた方で今までも音色が美しくきちんとした演奏をされる方だという印象を持っていたが、今日はそれだけではない何かを感じた。野性味といっていいだろうか。楽譜に書かれていそうなことから超越したものが感じられ、今さらでちょっと失礼なのだが、彼女を初めてアーティストと感じることができるようになった。一人のピアニストとして好きだと思えるようになった。先生が招待券を下さるという話、言い訳付けたりして断ったりせずに行ってよかった。感謝しています。

 ちなみに来月の山手ゲーテ座のリサイタルは12月23日 (日)で三浦友理恵さんのピアノと澤菜穂子さんのヴァイオリンによるデュオです。泉さんも来年4月に横浜市内でリサイタルを開かれるということです。