先日は今年最も楽しみにしていた演奏会のひとつ、チェロ伊藤悠貴氏、ピアノ渡邊智道氏による、全曲ブラームスの演奏会に行ってきた。約2年半前の「若き天才の邂逅」で彼らの演奏の虜になって以来、彼らのオールブラームスの演奏会を心待ちにしていた。会場は名古屋の宗次ホール、少し遠路ではあるのだけれどこの機会を逃したくなくて足を運んだ。
前半、後半とも、プログラムの前半は伊藤悠貴氏編曲による歌曲、プログラムの後半はチェロソナタ。ブラームスの作品番号順に並べた内容で、彼の音楽と人生の変遷を辿ることが出来る内容になっていた。
作曲 ヨハネス・ブラームス(1833-1897)
<プログラム前半>
愛の誠 作品3-1「6つの歌」より
別離 作品19-2「5つの詩」より
私の王女よ 作品32-9「9つの歌曲」より
チェロとピアノのためのソナタ第1番ホ短調 作品38
<プログラム後半>
五月の夜 作品43-2「4つの歌曲」より
子守唄 作品49-4「5つの歌曲」より
愛の歌 作品71-5「5つの歌曲」より
野の寂しさ 作品86-2「6つの歌曲」より
二人そぞろ歩く 作品96-2「4つの歌」より
チェロとピアノのためのソナタ第2番ヘ長調 作品99
<アンコール>
旋律のように 作品105-1
私の歌 作品106-4
「愛の誠」(17歳)、「別離」(25歳)、若かりし頃に作曲された2曲、悲しく激しく狂おしい感情が伝わってきた。そして3曲目、意中の女性に想いを語る「私の王女よ」甘く繊細なピアノの誘いとチェロの朗々たる歌でたちまち美しき愛の世界へ。演奏内に歌詞はなかったけれど、歌の持つイメージがじかに音楽から伝わってきた。そしてチェロソナタ第1番。バッハへのオマージュともいえる内容とのこと、立体的な響きが印象的だった。第2楽章の中間部の切ないところの美しさが忘れがたかった。
音楽が進むにつれて堪らない思いが強くなる「五月の夜」から始まった後半。耳になじんでいたはずの「子守唄」がこんなに愛しい名曲だったのかと再発見。喜びと悲しさが絶妙な和声の変化で表現される「愛の歌」響きに伴い心も寄り添いたくなった。トニックのペダルが大地の感触を表現しているとプログラム解説にあった「野の寂しさ」、対象も個人から自然へ、音楽のスケールの広がりと素朴そうな中での濃密さが感じられた。そして、プログラム内の歌曲では最後の歌曲「二人そぞろ歩く」は「若き天才の邂逅」のアンコールで演奏された曲で当時初めて聴いて大好きになった曲だった。初々しさと透明感に溢れたあの演奏から2年半、透明感と幻想は保ちながらもより練られた音楽世界が広がっていた。この曲の演奏を聴くたびに私は音楽との出逢いに感謝したい思いになる。歌詞を改めて引用する。
私たちは共に歩く 私もあなたも、とても静かに
あなたが今何を考えているのか 知れるのならば、何でもする
私が何を考えていたかは 口にしないでおきましょう 全て美しい、天国的なことばかり
チェロとピアノのためのソナタ第2番、第1楽章の華やかで迫力のある出だしから強く印象付けられずるずると沼へ。妙なる変化の美しさが印象的な第2楽章ですっかり夢想の世界へと誘われた。楽譜に書かれた音楽の美しさと楽器が奏でる音の美しさを濃やかに咀嚼し再現されていた。激しき情熱とエネルギーが溢れ畳みかけるような第3楽章、別世界からやってきたような優しい中間部にぞくぞくした。そして第4楽章、明るく流れるように始まったかと思ったらそこはブラームス、激しさや哀愁も、自己流な解釈であるのだけど楽あれば苦ありこれぞ人生だと思わせられた。
ここまで、作品番号順に、演奏が進んでいったのだが、アンコールはさらに作品番号が後の曲目だった。ブラームスのに寄り添い、生涯を一緒に辿っているような気持になった。包み込まれるような温かさ、懐かしさが伝わってきた「旋律のように」、そして哀愁あふれる下行音型とコーダ近くに登場するふんわりした優しさが堪らない「私の歌」で余韻を残したまま終了。
宝物のようなひとときだった。2年半前に「ぜひまたお二人で演奏してほしい」と本ブログに書いていた。実現してくださって本当に嬉しい。欲を言えば、2年半前に聴いたものの今回は聴くことが出来なかった方たち、そして初めて聴く方たちのために、特に関東地方で、再演していただけたらと思った。
実はこの演奏会、楽しみにしていたのにも関わらず、仕事関係で心がいっぱいで当日まで心そこにあらず、癒されに行ったとしか思えない状態で迎えた。その一方で、終了後は癒されただけでなく心の澱みも根こそぎ取り払われ、このように振り返りたくなっている次第。今回楽しくかけがえのないひとときを共にしてくれた友人に感謝。
初めて出かけて会場の宗次ホール、素晴らしき音響、温かくきめ細やかな係員さん、当日の公演の看板を路上にも掲示するという尽力、昔懐かしの音源や素敵なグッズの販売、音楽の場を大切にしようという想いが手に取るように伝わってきた。もっと近かったら、通い続けたくなるぐらい、大好きなホールになった。ありがとうございました。