「水声」--川上弘美著。文藝春秋刊。
川上弘美は、特に好きな作家というのではないのでが、作品は大体読んでいる。この「水声」は最新刊だが、新聞に書評が掲載された時から、興味をひかれ、ぜひ読んでみたいと思っていた。
登場人物は、50代の姉弟である都と陵(りょう)。この二人は、年子なのだが、いったんそれぞれ独立した生活を送っていながら、三十代半ば以後再び同居をはじめ(それも、彼らが生まれ育った家に)、そのまま年を取ってきた。 中年過ぎの姉弟が過ごす生活って、不思議な感じがすると思ったら、彼らの両親もそれぞれ個性的で、一家に漂う雰囲気も不可思議。
読み進むにつれ、50歳ちょっと過ぎで亡くなった母親が素晴らしく個性的で、魅力ある女性だった様が繰り返し描かれるのだが、彼女と都たちの父親はなんと兄妹であった。そして、都と陵の間に漂う雰囲気も近親相姦じみていて、かつてその事実もあったことが明らかになるのだが、ここには淫靡な空気などまるでない。 世の中の人々とちょっと変わった感覚の、それなりに静かな生を生きる一家の姿があるばかりだ。 これは、陵が姉と同居しようと思い立ったのも、1990年代の地下鉄サリン事件をきっかけという契機があるということにも現れている。「一人で死ぬことが怖くなったんだ」--陵のこの告白は、人が人と暮らしていく、本当の理由を語っていないだろうか? 生の背後に大きく存在する「死」の姿--それを深く感じ取るからこそ、人は人と温め合い、寄り添ってゆこうとするのだろう。 長い年月という地層のように積もった時間にも、死が揺さぶりをかけるのだ。
都と陵--この姉弟は、適度に知的でもの静か。そして、どこか植物を思わせる香りがあるようですらある。私の目には、かなり魅力的な人たちに映ったのだが、どこかにも、こんな人々が実在しているのかもしれない。 若くはなく、一目を惹く派手さもないけれど、それこそ水のような柔らかな雰囲気に包まれた、姉弟……今年のベスト1に推したい小説。
川上弘美は、特に好きな作家というのではないのでが、作品は大体読んでいる。この「水声」は最新刊だが、新聞に書評が掲載された時から、興味をひかれ、ぜひ読んでみたいと思っていた。
登場人物は、50代の姉弟である都と陵(りょう)。この二人は、年子なのだが、いったんそれぞれ独立した生活を送っていながら、三十代半ば以後再び同居をはじめ(それも、彼らが生まれ育った家に)、そのまま年を取ってきた。 中年過ぎの姉弟が過ごす生活って、不思議な感じがすると思ったら、彼らの両親もそれぞれ個性的で、一家に漂う雰囲気も不可思議。
読み進むにつれ、50歳ちょっと過ぎで亡くなった母親が素晴らしく個性的で、魅力ある女性だった様が繰り返し描かれるのだが、彼女と都たちの父親はなんと兄妹であった。そして、都と陵の間に漂う雰囲気も近親相姦じみていて、かつてその事実もあったことが明らかになるのだが、ここには淫靡な空気などまるでない。 世の中の人々とちょっと変わった感覚の、それなりに静かな生を生きる一家の姿があるばかりだ。 これは、陵が姉と同居しようと思い立ったのも、1990年代の地下鉄サリン事件をきっかけという契機があるということにも現れている。「一人で死ぬことが怖くなったんだ」--陵のこの告白は、人が人と暮らしていく、本当の理由を語っていないだろうか? 生の背後に大きく存在する「死」の姿--それを深く感じ取るからこそ、人は人と温め合い、寄り添ってゆこうとするのだろう。 長い年月という地層のように積もった時間にも、死が揺さぶりをかけるのだ。
都と陵--この姉弟は、適度に知的でもの静か。そして、どこか植物を思わせる香りがあるようですらある。私の目には、かなり魅力的な人たちに映ったのだが、どこかにも、こんな人々が実在しているのかもしれない。 若くはなく、一目を惹く派手さもないけれど、それこそ水のような柔らかな雰囲気に包まれた、姉弟……今年のベスト1に推したい小説。