ノエルのブログ

シネマと海外文学、そしてお庭の話

パプーシャの黒い瞳

2015-08-17 21:44:21 | 映画のレビュー

ジプシー、あるいはロマと聞いて、どんなことを思い浮かべるだろうか?

幌馬車を駆って、国から国へとさすらいながら旅してゆく人々。音楽や舞踊に独特の才能を発揮し、あらゆる法律や枷を嫌う、束縛されない民……けれど、彼らが辿った道は、過酷であり悲劇的であったとも思う。

といっても、個人的にはジプシーの歴史についてなどほとんど知らなくて、イタリアやポルトガルで道の雑踏の中、彼らの姿をちらと見たにすぎない。ただ、ジプシーの血をひくらしい女性の歌声を、夜の灯が照らす、ほの暗い店の片隅で聞いた時、その哀切なメロディーに、胸をかきむしられるような心地がしたのは、今もはっきり覚えているのだけど…。

この映画は、ジプシー初の女流詩人とされ、みずみずしい詩を生み出しながら、一族の禁忌を破ったため、ジプシーの群れを追われた女性の物語だ。ジプシーは、元来書き文字をもたず、その生活習慣も門外不出の秘密とされ、長い間独特の風習をたもってきた。けれど、そうした一族に生まれたはずの少女――パプーシャ(人形という意味)は、幼い頃から、言葉に魅せられ、こっそり文字を習い覚える。

そうして、書かれた詩。それは、何と美しいものだったろう。人の心に食いいってくるほどの力を持ちながら、森と自然と、ジプシーの命の火が見えかくれしているようだ。パプーシャが生まれ、育ったのは、ポーランドであり、その政情と彼らジプシーの運命が、複雑に交差する。戦前は、流浪の民として、なかば放置されていた彼らに、戦後「ジプシー定住生活」の政策が下される。年の離れた音楽家と結婚したパプーシャの心に燃え続けた詩人の魂。その才能を見抜いたのが、彼らジプシーの仲間に、しばし身を寄せいていた詩人イェジであった。

後に彼女が、イェジに送った詩が、世間に彼女の才能を知らしめ、彼女自身の運命を悲惨なものにしていくのだが、彼女がどうしてこんな目にあわねばならなかったのだろう? イェジが、500年以上もの間、知られていなかったジプシーの生活を本に著述することは、歴史に消えていくだけだったジプシーの姿を明らかにすることだった。パプーシャも「ジプシーには、歴史がないわ。文字がないのだから」と言っている通り、貴重な本になったはず――なのだが、自分たちの掟を守り続けるジプシー達にとっては許しがたいことであった。

よって、移住したローマで、パプーシャと彼女の夫は、貧しく、訪れる者もない生活を余儀なくされる。こうしたつらい、悲劇的な人生だったからこそ、パプーシャの詩は、心震わせられるほど美しく、涙を流させるのだろう。
「すべてのジプシーよ
 私のもとへおいで
 走っておいで
 大きな焚き火が輝く森へ」


パプーシャのすべての詩を読んでみたい、と思う。




ルゥルゥおはなしして

2015-08-17 21:17:37 | 本のレビュー
「ルゥルゥおはなしして」たかどのほうこ作 岩波書店。

著者のたかどのほうこさんは、う~んと昔、私がまだ大学生だった頃読んだ「時計坂の家」が忘れ難い児童文学作家の方です。この「時計坂の家」――内容も、私好みのどこかミステリアスでありながら、上品な少女っぽさがあって、この本が並べられていた池袋は「リブロ書店」の陳列コーナーの雰囲気まで、今も鮮やかに思い出すほど。

さて、この「ルゥルゥおはなしして」は、「時計坂…」のようなやや年齢層が上向けの児童文学でなく、より低学年向けのもののようですが、描かれたお話は上品で、想像力の遊びにあふれ、魅力抜群。

ここ2,3年の間に読んだ児童文学の中で「思い出のマーニー」と並ぶくらい、私の好みの作品でした。

ルゥルゥは、空想力豊かな、素敵な女の子。彼女が、自分の部屋の棚に置いてあるお人形やぬいぐるみを登場人物にして作りあげる物語――それは、小さな島に実のるさくらんぼの木から始まったり、ブタのぬいぐるみのお手伝いさんナニーが旅に出た先は、灯台のホテル(ナニーは、ホテルと勘違いしているのです)だったりするという魅力的なもの。

ルゥルゥが語る、そのお話を部屋のぬいぐるみたちもわくわくして聞くのですが(だって、自分たちが登場するのですから!)、郵便局でもらった小人つきの貯金箱が、そのまま灯台に住む木曜小人に変身し、その木曜小人とは木曜日だけいい小人でその他の曜日は、悪い小人になるなんて、とっても面白い!。ルゥルゥの想像力の素晴らしいこと!

全部で三篇のお話がつめられた、この本。終わってしまうのが、惜しくて仕方ありませんでした。挿絵もとても可愛らしく、どこか「グリとグラの絵本」シリーズを手がけた山脇百合子さんに似た画風なのですが、これも作者のたかどのほうこさんの手になるものだそう。

幾度も、繰り返して読みたくなる物語との出会いでありました。