上の写真は、5年前パリに旅行した時、訪れたモンパルナス墓地(多分)でのもの。
あのジャン・ポール・サルトルとシモーヌ・ド・ボーヴォワール二人の墓である。
中学生の頃など、私の生まれる前のことにもかかわらず、「実存主義」なるものに、そこはかとなく憧れを感じていた私にとって、サルトルとボーヴォワールは素晴らしき伝説の人。
そんな訳で、お墓参りとなり、近くの花屋で買った赤い薔薇の花束なぞをそえたのだけれど、驚くべきは、彼らの人気ぶり!
21世紀にも大分入りこんでいて、本国でもサルトルの存在は「遠いもの」になっているのではないか? と思っていたのだけど、さにあらず。訪問者の様々な痕跡が残されていて、墓石の上には(この小さな写真では、はっきりわからないのだが)くっきり赤い唇のキスマークまで…こんなところは、さすがフランス人。
外国旅行に出た時、墓地を訪れるのも、印象深いもの。憧れたり、感動した思い出のある芸術家の墓を詣でるのは、心に残ることに違いない。
作家の曽野綾子と高橋たかこが同じようなことを言っていたのが記憶に残っているのだが、二人とも北フランスにある第一次大戦の戦没者たちの墓地を訪れたそう。この二人の作家は、ともにクリスチャンだから、あえて、そういう場所を選ぶのだろうが、遠い異国の100年も前に死んだ青年たちの墓を訪れるという行為が、ひどく厳粛にもドラマチックにも感じられたのを覚えている。
墓地を訪れるのは、ひそやかな行為であると同時に、「生を愛する」ことも教えてくれる、と思う。