上代の彦根

2015年11月26日 | 湖と城郭都市

 

 

 

● ヘルダーリンの故郷 
 
   1 

 アルプスの山中は明るい夜。雲は
 楽しみを思いめぐらし 顎をひらいた谷を包む。
 そこへどよめきなだれこむ 軽躁の山風。
 樅の木立をけわしく切り裂き 輝き消える奔流。
 

 ゆるやかに急ぎ戦い 喜びおののく混沌の霊
 姿こそ若けれ身は強健 愛ゆえの諍いを
 岩の下に祝い 永劫の限界のうちに沸き返り揺れ動く。
 その山中に朝は駆け登る 酒神のように奔放に。 

  そこでは限りなく成長する 年と神聖な時刻と日が
 思い切りよく整理され 混成される。
 それでも嵐の鳥 鷲は時を感知して
 山の間の上空にとどまった日を呼ぶ。
 今谷底に村はめざめ 怖れを知らず。
 高みになじみタ寄せ 山頂を仰いでいる。
 雷のよように 古い泉の水は落ち 成長を予感している
 犬地は落ドする滝のもとに燦々と煙り
 水音はあたりにこだまし 法外なこの工房は
 昼夜をおかず腕を振るい 財(たから)を送り出す。
 

※ 顎 あぎと:えら(鰓)の意。 

               『帰郷――近親者へ』 

 

それでは、ヘルダーリン詩集の翻訳者・川村二郎の解題から
故郷を想像してみよう。

  1802年、スイスでの家庭教師生活を終え、母の住む
 ネッカ河畔の街ニュルティ
ンゲンに戻った後に書かれ
 たと推定されている。アルプスの夜明け、「酒神のよ
 うに奔放」
な朝のめざめから始まり、山から下る水が
 ボーデン
湖やコモ湖に注ぎ、さらに「荒ぶる神」(神
 聖な野獣)なるライン河が、ネッカルど数々の支流を
 集め流を併せつシュヴァーベンの街や野を行く様が、
 まさしく神々の遊行のように激しく
いかめしく、しか
 も壮麗
に歌い上げられている。いうまでもなく土地に
 は心霊が宿っているのだが、もろもろの心霊の乱舞が
 さながら音楽における舞踏の聖化にひとしい恍惚境に
  まで高められている。

   川村次郎 解題 『ヘルダーリン詩集』(岩波文庫)

 



ドイツの役所は普通、市民に対して「開かれていない」

場合が多い。それは役所の配置や作りにも現れている。
中規模(10万人以上)以上の町であれば、部署は町のあ
こちに分散している。入口には部屋番号と担当が示さ
た簡単な案内看板があり、誰か窓口にいて案内すると
うことは、専門部局であれば皆無に近い。基本的に職
には個室が与えられており、閉じられた部屋の中で黙
と自分に与えられたの業務を行っている。市民が気軽
入っていけるような雰囲気はそこにはない。「何か用
あったら、前もって電話で予約して来なさい」といっ
応対をされることも多いという(ドイツ:ニュルティ
ンゲン市「市民による自治体コンテスト1位のまち(1)」
 
)。そし
て、ニュルティンゲン市の市庁舎は、町の中
心部にあり、中
世の後期に立てられた奥ゆかしい立派な
建物である。ただ古
い荘厳な建物と言うこともあってか、
威圧的で近寄りがたい雰
囲気がそこにはあった。市民主
体の町おこし事業は、この「閉
鎖的」な市庁舎の作りを
変えることから始まったと首魁されて
いる(同上)。



南西ドイツ、バーデン・ヴュルテンベルク州のニュルテ
ィンゲン市(Nurtingen)は、シュトゥットガルトから南
に約30キロ、ネッカー川の辺に佇む人口4万人の緑豊
かな
小都市で、ここ10数年市民主体の町おこしを積極
的に
行い、見事、98年、「市民による自治体(Burger-
orientierte Kommune)」というコンテストがドイツで開
かれた。主催者は、ベルテルズマン基金(Bertelsmann
Stifutung)とアクティブ市民協会(Akitiv Burgersch-
aft e.V.)で、参加したのは、「行政」「議会」「市民」
三者による積極的で革新的な共同作業を行なっているド
イツの自治体である。いかに市民を町づくりに組み込ん
でいるかが審査のポイントの結果――このコンテストで
1位を獲得している(同上)。




『帰郷』の第1節からイメージす田園都市や城郭都市を
イメージを参考にし、それではここから本題の中島一著の
『城と湖のまち彦根-歴史と伝統、そして-』に入って行
こう。尚、このシリーズはヘルダーリンとその作品(詩集
を中心に)や三島由紀夫著の『絹と明察』の作品などの文
学作品を交えた二元考察スタイルで進めていく。


【目次】


はじめに
上代の彦根

  お伊勢お多賀のお子じゃもの
 日本最古の庭園、阿白波神社の庭園
 淳和犬皇弟一一皇子守房親王の碑
 中世の彦根
 守房親王が神官となられたハ幡神社
 彦根の巡礼街道
 彦根とその周辺をめぐる近江百人一首

 


上代の彦根

 お伊勢お多賀のお子ぢやもの

 お伊勢詣らばお多賀へまいれ、お伊勢お多賀の子でご
ざる
という古謡があります。「子にござる」という言葉
は勿体ないと、かって多賀大社の宮司
であった金原利道
氏(昭和十四年(1939)~二十一年(1946)在
任)は
 

 お伊勢お多賀のお子ぢやもの


と言い直された、その多賀大社のことです。

 この多賀大社が文献に初めて見えたのは、和銅五年(
712)に撰上された『古事記』
のなかです。

  伊邪那岐大神は淡海の多賀に坐します


とあります。ところが、この『古事記』から八年おくれ
て世に出ました『日本書紀』に


  伊井諾尊は幽宮を淡路の洲につくり、しずかに長く
 隠りましき。


とありますので、淡路と淡海(近江)のどちらが真実か
と、昔から論争が続いていました。

  『古事記』の研究の最高権威者である本居官長は、
これらの説を研究・検討したうえで、
次のように結論し
ました。

 淡路島には多賀という地名は現存しない。だからこれ
は淡海の多賀でよい。決して誤記ではないと。
 「お多賀さん」のご祭神は、さきにもふれましたが、
お伊勢さんの親神様である伊邪那岐命(男神)、伊邪那
美命(女神)ご夫婦の神さまを祀っています。

 この二柱の神は、天津神から「この漂える国を修理り
固め成せ」との詔をいただかれ、オノコロ島に天降りし
て初めて夫婦の道をひらき、日本の国を生み、山川草木
など自然のあらゆる物をお生みになられました。この二
神の大業については、『古事記』に詳しく述べられてい
ます。とくに日本国土の生成、山川草木など自然の生成
の条項は、「お多賀さん」が「延命長寿の神さま」とし
て、古より全国の多くの方々から篤い信仰を寄せられて
いる大きな理由でしょう。

 ところで、『記』『紀』には、日本人の自然に対する
考え方、神への崇敬の念が語られています。私ども人間
に生命があるように、動物はもちろんのこと、一本一草
にも「天照大神と同根の生命」が宿るものと考えられて
います。
 多賀地方では、二柱の祭神が多賀大社の東、鈴鹿山系
の杉坂出に降臨になり、その麓の栗栖の里に暫し留まり、
その後、現在の地に鎮座されたものだと言い伝えられて
います。
 実は、その留まられた栗栖には調宮神社が祀られてい
て、四月の「多賀まつり」には、この神社まで御輿のお
渡りがあります。
 この降臨伝説から古代における神さまは、何処から来
られるのか、また興言と里言の関係など古い「神祀り」
の形態を窺うことができます。

 奈良時代末期には、諸国の神がみに神封が寄せられて
います。近江の国では、天平神護元年(765)から宝
亀二年(771)にかけて神封が寄せられた神社は一四
社で、そのうち近江国犬上郡では、「山田神五戸、田鹿
(多賀)神六戸、日向神二戸」の合計三社となっていま
した。また封戸は合せて一三戸でありました。山田神、
日向神は後世の多賀大社摂社です。

 平安時代の延長五年(927)の『延喜式』には、近
江国犬上郡七座のなかに、「多何神社二座」とあります。
 古来から多賀大社には、さまざまな伝承が語り伝えら
れています。最も古いのでは、養老年間(720頃)に、
時の帝のご不例癒のご祈拵を勤め、神供の飯にシデの木
で拵えた杓子をそえて献上したところ、めでたくご快癒
されたといいます。これは「お多賀杓子」の縁起として
有名な伝えです。

 長寿祈願で最も著名な伝えは後来坊重源上人の話です。
東大寺復興のため後白河法皇の院宣を蒙って大勧進の大
役をつとめることとなった上人齢六〇を過ぎていました。
大業の成就は覚東ないと、ここ大社に十七か日参龍して
寿命を祈ったところ、満願の暁に、「神殿よ、一葉風
に吹かれて上人の前に来る。菰という文字は二〇(廿)
延。自今以降二〇年の寿命を与え給ふよと。歓喜の思い
をなし」、ついに建久六年(1195)三月、大仏殿建
立の大事をなしとげました。





①古事記

 現存する日本最古の歴
史書。三巻。稗田阿礼が天武天
 皇の勅で誦習した
帝紀および先代の旧辞を、大安万侶
 が元明天皇の勅
により選録して和銅五年(712)献
 上。

②日本書紀

 奈良時代に完成した日
 本最古の勅撰の正史の神代か
 ら持続天皇までの朝廷に伝わった神話・伝説・記録な
 どを漢文で記述した編年体の史書。三〇巻。養老四年
 (720)舎人親王らの撰。

③本居室長

 江戸中期の国学四大人の一人。号は鈴屋など。伊勢松
 坂の人。賀茂真淵に入門して古道研究を志し、三十余
 年を費して大著「古事記伝」を完成。

④伊弊諾尊・伊邪那岐命

 日本神話で、天つ神の命を受け伊井再尊と共にわが国
 土や神を生み、山海・草木をつかさどった男神。天照
 大神・ あまてらすおおみかみ すさのおの
 男神。素菱嗚尊の父神。

⑤伊弊再尊・伊邪那美命

 日本神話で、伊井諾尊の配偶女神。火の神を生んだた
 めに死に、夫神と別れて黄泉国に住むようになる。

⑥神封

  国家が崇敬する神が に捧げる田地とその耕作者のこと。

⑦延喜式

  養老律令に対する施行細別を集大成した古代法典。とくに
  公家の間で公事や年中行事の典拠として尊重されました。

【エピソード】

  

● 新年会の企画について

ご無沙汰しております。
歳も押し詰まってきました。今年は幹事の都合で新年会を
取り止めにさせて頂きました。今年は、谷口さん、山田さ
ん、中村さん、芝原さんなどとは個人的ご挨拶などさせて
いただいておりましたが、新年度は下記の案で企画してお
りますので、肩肘はらず(いつものようにですが?)旧交
暖めたいと考えております。ご意見がございましたなら、
メールや電話などでお知らせ下さい。
なお、こちらからお邪魔させていただくやもしれませんが
その折りはよろしくお願い申し上げます。

         16年度新年会(案) 

日時 2月中の日曜(夕食・昼食のどちらか選択願います)
場所 彦根市内西今町 『水幸亭』050-5871-1454
会費 未定(希望の料理を選択願います)
送迎 幹事が責任もって手配します。

                                 幹事敬白

【脚注及びリンク】
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  1. 中山道 高宮宿場町|彦根市
  2. 宿駅散策 近江中山道中絵巻:高宮宿 
  3. 中山道 高宮宿 彦根観光協会
  4. 中山道 道中記 第64宿 高宮宿
  5. 中山道 高宮宿/高宮宿から愛知川宿
  6. 滋賀県彦根市 高宮宿 Japn Geographic
  7. 彦根市西葛町籠町~高宮宿-街道のんびり旅
  8. 高宮町~鳥居本宿-ひとり歩み-ひとり歩きの
    中山道 2004.4.9
  9. 彦根文化遺産 中山道と宿場町 高宮宿高宮ま
    つり・高宮布
  10. 日本写真紀行 鳥居本宿~64高宮宿
  11. 中山道高宮宿 馬場憲山宿
  12. 高宮宿 栗東歴史民族博物館民芸員の会のブログ
  13. 新高宮町史 自費出版デジタル
  14. 「城と湖のまち彦根-歴史と伝統、そして-」中島一
    サンライズ印刷出版図  2002.9.20
  15. 中島一元彦根市長 Wikipedia
  16. ドイツ:ニュルティンゲン市「市民による自治体コンテ
    スト1位のまち(1)」 池田憲昭
     内閣府 経済社会総
    合研究所
  17. ボーデン湖 Wikopedia
  18. コモ湖 Wikipedia
  19. ネッカー川 Wikipedia
  20. 『ヘルダーリン詩集』 川村次郎 訳 岩波文庫
  21. 『ヘルダーリン』小磯 仁 著 清水書院
  22. 父なるライン川を漕ぐ 心地良い追い風が吹くネ
    ッカー川 吉岡 嶺二 2012.12.07
  23. いのちの神様 多賀大社 Wikipedia
  24. 三島由紀夫 著『絹と明察』

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