ビワマス賛歌 P.11

2011年11月05日 | びわます賛歌


【ビワマスの保全と琵琶湖の現状】

ビワマスがアマゴやサクラマスと異なった魚として分化
した要因は、琵琶湖という深くて広い湖が存在したこと
による。ピワマスは琵琶湖を離れては種を存続させては
いけないものかどうかゆだねるとして、その琵琶湖が人
間と関わりを持ち始めて以降の2万年という時の流れの
中で、この50年ほどの間の我々の暮らしが、琵琶湖の環
境に回復不可能な影響をあたえる可能性がある。そのこ
とを考え、最後に「食文化と琵琶湖」を考えこのシリー
ズを一旦終えたい。

溶存酸素濃度低下

まず最も心配される問題は、琵琶湖北湖の深層水中の溶
存酸素濃度が低下していることだ。魚類が生活するため
の溶存酸素濃度の臨界値は、一般的に3mg/l程度で、
琵琶湖の湖底はすでに必要な濃度よりもさらに低い状態
が時々起こっている(図)。この原因は、気候の温暖化
と水中の栄養分が増加していることにある。溶存酸素濃
度が低くなると魚類が生息できなくなるばかりでなく、
有毒な硫化水素が発生したり、湖底にたまっている重金
属が再び水に溶け出し水質が大幅に悪化することにつな
がるのだ。

水温上昇

全地球的な問題であるが、地球温暖化が琵琶湖の水温上
昇に影響を及ぼしている。深30m以深には一年を通して
水温10℃以下のサケ科魚類にとって快適な水温帯が広が
っているが、この深層水の温度が約2℃も上昇している。
琵琶湖北湖の水深80mでは、1990年頃までは2月頃に見
られる年間最低水温がおおよそ5~7℃で変動していた
が、1990年以降は7~8℃前後で変化するようになった
という。このような傾向が今後も続き琵琶湖の水温がさ
らに上昇すると、溶存酸素量の問題とあわせてビワマス
の存続が難しくなる。

また、琵琶湖は冬の寒気で表庭木が冷やされ、冷えて重
たくなった水は湖底へと沈みこむ。この作用のおかげで、
冬季には琵琶湖の水が後件され湖底に酸素の多く溶けた
水が供給される湖の循環という現象が起こっているが、
地球温暖化の影響で冬に寒気が来ないと循環が不十分と
なって湖底の溶存酸素量が極端に滅少しか状態になって
しまう。熱帯や亜熱帯に位置する湖ではこの循環が起こ
らないので、深い湖では下層の溶存酸素は常にゼロの状
態だ。

産卵期の河川水温

ビワマスは、これまで述べてきたように、秋に産まれた
河川に回帰して産卵する。ビワマスの受精卵は水温が12
℃であれば約40日で孵化し、さらに卵黄を吸収し終え泳
ぎ出し、受精から浮上までの期間に水温が13℃以上では
発生がうまくいかず、生残率が大幅に低下する。ビワマ
スの産卵時期は、早い個体は10月の中旬から始まるが、
10月に産卵されたものでは、地球温暖化により暖冬傾向
が続いている最近では、河川の水温が充分に低下してい
ない状況にある。このような状況が進めば、10月から11
月の産卵群が生き残れず消滅する
危険をはらんでいる。

さらに、ビワマスの産卵は上流域や中流域の上部で行わ
れるが、川にはダムや堰などの障害物が多く設置され本
来の産卵塔にまで達することができない状態となってい
る。卵が孵化し稚魚が浮上するまでの良好な水温環境が
保障されるにも、水温が相対的に低い上流部へ親魚が遡
上して産卵することが重要だ。

森林の役割

また、稚魚の多くは6月頃まで河川の中流域で育つが、
水質や水量、また河畔から充分な餌となる陸上の昆虫を
供給できる訃附椛などの条件がほとんどなくなっている。
本来のビワマスは、豊かな森がある河川上流域近くまで
遡上して産卵し、稚魚は初夏まで森が供給してくれる昆
虫を食べて育ち、琵琶湖へ回遊するという生活史を送る。
サケ科魚類の餌となっている動物は、陸生動物由来のも
のが実に20~50%を占めていることが明らかにされてい
る。川を覆い包む森林から落ちてくる昆虫がサケ科魚類
の成育になくてはならない役割をはたしているのである

また、森林は水を蓄えるとともに水温の上昇を防ぐこと
で川の環境を保つ重要な役割を担っているが、加えて森
に生きる昆虫たちを魚に供給していたのである。

今、琵琶湖に流入する河川を見ると、その中下流域には
河畔林はほとんどなくなっている。また、上流域に広が
る森林は、多くが植林された杉などの針葉樹林である。
広葉樹林に較べ針葉樹林は生息する昆虫が少ないと考え
られる。

湖と森をつなぐもの 

このような河川周囲の環境が魚に与える影響ばかりでな
く、逆に河川に生息する魚の存在が周辺の環境に与える
影響も問題視されてきた。河川に産卵のため遡上したサ
ケ科魚類が、クマなどの哺乳類の餌として利用されるば
かりではなく、それらの動物の糞や食べ残された死骸が
森林や河川の栄養分として植物や水生昆虫などに利用さ
れている。このようにダムも堰堤もまだなかった昔、秋
になると体を紅色に染めて河川を遡上するビワマスは、
河川上中流域にまで達して産卵し、同時に人間をはじめ
クマやキツネなどの餌としての役割を果たしていた。ま
た、森自身や昆虫たちの栄養となって利用され、森やそ
こに棲む生き物たちの賑わいを支えていたと容易に想像
がつく。ビワマスは産卵のために川を利用するというこ
とだけではなく、川を通して琵琶湖と森をつないできた
動物なのである。

【エピソード】 

   

 

【脚注及びリンク】
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1.「
淡水魚辞典 サケ科
2.「
WEB魚図鑑 硬骨漁網 サケ科
3.「
イワナ(サケ科魚類)の生活史二型と個体群過程
4.「
日本魚類学会
5.「魚類学(Ichthyology」Mojie
6.「成
長のメカニズムからサケ科魚類の生活史多型と
 資源管理を考える
」清水宗敬
7.「
田沢湖で絶滅した固有種クニマス(サケ科)の山
 梨県西湖での発見
」2011年2月22日
8.「
醒ヶ井養鱒場
9.「
ビワマスにおける早期遡上群の存在」2006.2.7
10.「
ビワマス-湖に生けるサケ-」藤岡康弘
11.「
ビワマス」国立環境研究所
12.「
北湖深底部における底生動物の変化
13.「
琵琶湖の固有種
14.「
滋賀県漁業協同組合連合会
15.「川と湖の回遊魚ビワマスの謎を探る」藤岡康弘
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