昨日は神様行事、ここ2~3日は仏教行事に・・・。
日本という国は良いのでしょうね。神様も信じ、仏様も信じ、キリスト様等も信じ、不思議な国だといわれるゆえんでしょうか。宗教戦争は起こりえませんね。
仏教の奉賛讃文の中にさえ、・・神前にては寶の御経、仏前にては花の御経。まして人間の為には祈念祈祷の御経なれば、声高々と読み上げ奉れば上は梵天帝釈、下は堅牢地神に至まで感応ましますこと疑いなし。とあります。
人間の一生、いろんな人との出会いがありますね。
明日永久のお見送りをする方89歳の生涯ですが、どんな出会いがあたのでしょうかね。
お見送りにこられる方を見ていると、おおよその人間模様を描くことが出来ますね。
さて、今日も昼からは祭壇組のお手伝い、地区として葬儀が取り仕切れることはありがたいです。
少子高齢化で対応できなくなった地区が大半な中、嬉しいことです。
今期区長在任中3人のお見送り、来年の3月まで区長です。
どうぞお元気でお過ごしください。
宮本先生の「命の器」のお考え、なるほどと感心いたしております。
宮本先生デビュー作は太宰治賞、2作目で芥川賞を受賞。
以来、日本の純文学を代表する作家として活躍し続ける宮本輝氏
出会いというのは、偶然ではないと思うんですね。
これは動かしようのない一つの法則性があって、
どんな人に出会うかは自分次第なんですよ。
そう思いません?
運の悪い人は知り合う人もやっぱり運が悪いですよ。
やくざの下にはやくざが集まる。
性悪女は性悪男とくっつく。
これは不思議なものです。
仮に性格のいい人と付き合っても、次第に離れていきます。
だから「嫁さんは立派だけど、亭主はねえ」
なんていうことはなくて、
家庭の中に入ってみたら似た者同士ですよ。
どちらか一方だけが悪いなんていうことはない。
それを分かりやすい言い方をすると、
「命の器」だと僕は言うんです。
人と人は、その人の最も核となるもの、
基底部を成している傾向性が共鳴し合う。
要するにどんな人に出会い、縁を結んでいくかは、
その人の「命の器」次第ということです。
そして、その出会いの質を変えるには、
自分が変わるしかないんです。
自分の「命の器」以上の出会いも縁もないと
と思います。