朝晩はめっきり寒くなりました。
写真撮りに行きたいのだけど河辺の紅葉はどうでしょうか?と。
昨日自主防災組織の避難訓練前に時間があり、見てみましたがまだ少し早いようです。
朝晩めっきり冷えるので、早晩紅葉の見頃なるでしょう。
女心と秋の空、男心と秋の空、菊谷先生の金剛心に両方出てきますご覧ください。
菊谷先生の金剛心!!
どんな非難中傷があっても微動だにもしない心を仏教では『金剛心』といいます。
「金剛心?そんな心に、人間がなれることがあるものかい」と思われることでしょう。
信じられないのは無理もありません。
心ほど変わりやすいものはないからです。
唐の高僧、善導大師は『一人一日の中に八億四千の憶いあり』
と説かれています。
一人が一日の中に八億四千回、心が変わると言われているのですが、
そうなると私たちの心は、ちょうどパッパッパッと画面が変わる
サブリミナル映像のようにめまぐるしく動いていることになります。
諸行無常の世、この世の中は変わり続けるものばかりですが、
中でも「心」ほど変わりやすいものはない、
もっともはげしく動いているのが心です。
「女心と秋の空」ということわざがあります。
ついこないだまで“あの人を殺して自分も死ぬ”とまで思い詰めていたのに
もう違う人と付き合っている、そんな女性の心を変わりやすい「秋の空」に例えて
いわれていることわざです。
しかし女性の心だけが変わりやすいのではありません。
江戸時代には「男心と秋の空」と書かれている文献もあります。
浮気性の男の心も秋の空のようなもの。
男も女も心はころころ変わり続けます。
そんな私たちに金剛心なんて本当にあるのでしょうか。
とても信じられないのでしょうが、お釈迦様は『金剛心になれる』と仰言り、
親鸞聖人も
「金剛堅固の信心の定まるときを~」
「金剛の真心を獲得すれば~」
「真心徹到する人は金剛心なりければ~」
と金剛心の境地を語られ、
早く金剛心になれよ、と進めておられます。
次回に続けます。
さて金剛心とはどんなことをいうのか、
次回につなげます
写真撮りに行きたいのだけど河辺の紅葉はどうでしょうか?と。
昨日自主防災組織の避難訓練前に時間があり、見てみましたがまだ少し早いようです。
朝晩めっきり冷えるので、早晩紅葉の見頃なるでしょう。
女心と秋の空、男心と秋の空、菊谷先生の金剛心に両方出てきますご覧ください。
菊谷先生の金剛心!!
どんな非難中傷があっても微動だにもしない心を仏教では『金剛心』といいます。
「金剛心?そんな心に、人間がなれることがあるものかい」と思われることでしょう。
信じられないのは無理もありません。
心ほど変わりやすいものはないからです。
唐の高僧、善導大師は『一人一日の中に八億四千の憶いあり』
と説かれています。
一人が一日の中に八億四千回、心が変わると言われているのですが、
そうなると私たちの心は、ちょうどパッパッパッと画面が変わる
サブリミナル映像のようにめまぐるしく動いていることになります。
諸行無常の世、この世の中は変わり続けるものばかりですが、
中でも「心」ほど変わりやすいものはない、
もっともはげしく動いているのが心です。
「女心と秋の空」ということわざがあります。
ついこないだまで“あの人を殺して自分も死ぬ”とまで思い詰めていたのに
もう違う人と付き合っている、そんな女性の心を変わりやすい「秋の空」に例えて
いわれていることわざです。
しかし女性の心だけが変わりやすいのではありません。
江戸時代には「男心と秋の空」と書かれている文献もあります。
浮気性の男の心も秋の空のようなもの。
男も女も心はころころ変わり続けます。
そんな私たちに金剛心なんて本当にあるのでしょうか。
とても信じられないのでしょうが、お釈迦様は『金剛心になれる』と仰言り、
親鸞聖人も
「金剛堅固の信心の定まるときを~」
「金剛の真心を獲得すれば~」
「真心徹到する人は金剛心なりければ~」
と金剛心の境地を語られ、
早く金剛心になれよ、と進めておられます。
次回に続けます。
さて金剛心とはどんなことをいうのか、
次回につなげます