その記事が出たのは、梅雨明け間近の、暑い朝だった。
いかにもありそうな、男女の飲酒沙汰の中心人物として上がった彼の名。
ご丁寧にも顔写真付きで、彼の今までを紹介し、
甲の古傷にまで触れた、その記事の中身は、確証など何もない、誹謗中傷でしかなかったのに。
全国版の記事の恐ろしさ、
何も知らない人から見たら、事実にさえ見えただろう。
その夜、遅くなって、ようやく彼と連絡がとれた。
「大丈夫なん?」
問いかけた私に、彼の声は、言葉にすら、ならない。
「ん・・・・・・?」
かすれたような、声。
「疲れてない?」
聞かなくたって、答えは判ってる。
平気でいられるはず、ないんだから。
「ん。ちょっと、疲れた・・・か、な。
今日一日、いろんなとこから電話はかかってくるし。
いちいち説明すんのも、面倒でかなわんし、腹もたつし」
「今すぐにでも、会いに行きたいけど・・・、無理、よね?」
これは、本音。
会って、彼を抱きしめたい。
「明日、仕事早いからな。まだ撮り残しもあるし、レギュラーの収録やって・・・」
「そう、よね」
「すまん。会いたくないっちゅうことと、ちゃうからな。
誤解、せんとってくれよ」
「判ってる。会いたいんは、私のわがままやって。ごめん、ね?
でも、ホントに1人で、大丈夫なん?」
「なに心配してんねん。大丈夫やって。
そもそも、全部嘘やねんから、放っといたらええねん。
なんも、気にすることないわ」
そう言って、彼は、笑った。
でも。
強がってるのは、声のトーンで察しがつく。
一番気にしてるのは、彼自身だ。
ようやく、順調に回り始めたところ、なのに。
いろんなこと、乗り越えて、ここまで仕事してきて。
辞めようとしたことだって、数え切れない。
それでも辞めずに続けて来て。
やりたかったこと、
少しずつ、やらせてもらえるようにもなって。
全てはこれからって時に。
好事魔多し。
そんな一言で、片付けて欲しくない。
彼が何をしたっていうの?
何もしてない、ただ、当たり前に生きてるだけ、なのに。
「私に、何ができる?」
思わず、彼に尋ねてしまった。
「何って・・・」
彼がわずかに言い淀む。
「そばにいたいの、本当は。
こんな時だからこそ、あなたのそばにいたいの。
でも・・・。
心配ないって、あれは全部嘘やからって、あなたは言うけど、
でも、私が心配してんのは、記事の中身なんかじゃないわ。
このことで、また・・・・・・」
・・・・・・貴方が傷つくこと。
続く言葉を、私は飲み込んだ。
「人間不信に拍車がかかるんちゃうかって、思ってるんか」
そんな私を察したのか、彼が言った。
「判ってる、大丈夫やから。
あんな記事を信じて、俺から離れてくヤツは、そこまでの付き合いやったってことや。
まあ、でも、あんなことが真実やと思われてしまう俺にも、問題はあるのかもしれへんけど、な」
「なに言うてんの、また、そんなこと考えて!
ちょっとも判ってへんやん」
私の心配が、現実になりそうで、イヤ。
誰か、彼を助けて!!
「せやって、あの記事に書かれてるようなこと、俺やったら、しててもおかしくないって、思われたってことやろ?
週刊誌に載せても、信用性があると思われたってことやんか。
それは、つまり、普段の俺が・・・」
「やめて、やめて!」
私は、彼の言葉を遮った。
「そんな風に考えるのはやめて。
そうやって、あなたが自分で自分を追い込んでいくのが怖いんだから」
自分を傷つけるものに対して、時に、彼は過剰に反応する。
信用できる人すら、彼のそばにいられないほどに、
良くも悪くも、他人を拒絶することで、自分を守ろうとする。
彼を心配してる人が、一番恐れているのは、まさに、そのことだ。
彼に、自分たちの声が、思いが、届かなくなってしまうこと。
「俺に、どないせいっちゅうねん」
それは、彼の、SOS、以外の何物でもない気がした。
「もう、どないしたらええか判らへん。
いや、あんなん、信じる人ばっかじゃないってことは、判ってるで。
それは判ってる。
なんも、俺自身にやましいことなんてないねんから、
堂々としてたらええってことも、
気にせんと、笑い飛ばしたったらええってことも、判ってんねん」
彼の言葉は、まるで、彼自身に言い聞かせているようだ。
「辛いんは、俺を信用して、ここまで応援してくれた人に、
また心配させてしまったことやねん。
ほんまはな、自分の言葉で、ちゃんと伝えたいんや。
嘘やからなって。
心配すんなよ、大丈夫やからなって。
せやけど、あの記事に反応したら、余計、騒ぎが大きくなる。
直接、あの記事を思わせるようなこと、したらあかんねん」
彼の行く手を阻むのは、いつも、「大人の事情」ってやつだ。
もう、いい加減、それに慣れてしまってもいい年齢なのに、
彼は、いつでも、どんな時でも、それに振り回されてる。
それが、たとえ、彼を守るための「大人の事情」でも、
彼にとっては、ただの足枷にしかすぎない。
後編へ続く
いかにもありそうな、男女の飲酒沙汰の中心人物として上がった彼の名。
ご丁寧にも顔写真付きで、彼の今までを紹介し、
甲の古傷にまで触れた、その記事の中身は、確証など何もない、誹謗中傷でしかなかったのに。
全国版の記事の恐ろしさ、
何も知らない人から見たら、事実にさえ見えただろう。
その夜、遅くなって、ようやく彼と連絡がとれた。
「大丈夫なん?」
問いかけた私に、彼の声は、言葉にすら、ならない。
「ん・・・・・・?」
かすれたような、声。
「疲れてない?」
聞かなくたって、答えは判ってる。
平気でいられるはず、ないんだから。
「ん。ちょっと、疲れた・・・か、な。
今日一日、いろんなとこから電話はかかってくるし。
いちいち説明すんのも、面倒でかなわんし、腹もたつし」
「今すぐにでも、会いに行きたいけど・・・、無理、よね?」
これは、本音。
会って、彼を抱きしめたい。
「明日、仕事早いからな。まだ撮り残しもあるし、レギュラーの収録やって・・・」
「そう、よね」
「すまん。会いたくないっちゅうことと、ちゃうからな。
誤解、せんとってくれよ」
「判ってる。会いたいんは、私のわがままやって。ごめん、ね?
でも、ホントに1人で、大丈夫なん?」
「なに心配してんねん。大丈夫やって。
そもそも、全部嘘やねんから、放っといたらええねん。
なんも、気にすることないわ」
そう言って、彼は、笑った。
でも。
強がってるのは、声のトーンで察しがつく。
一番気にしてるのは、彼自身だ。
ようやく、順調に回り始めたところ、なのに。
いろんなこと、乗り越えて、ここまで仕事してきて。
辞めようとしたことだって、数え切れない。
それでも辞めずに続けて来て。
やりたかったこと、
少しずつ、やらせてもらえるようにもなって。
全てはこれからって時に。
好事魔多し。
そんな一言で、片付けて欲しくない。
彼が何をしたっていうの?
何もしてない、ただ、当たり前に生きてるだけ、なのに。
「私に、何ができる?」
思わず、彼に尋ねてしまった。
「何って・・・」
彼がわずかに言い淀む。
「そばにいたいの、本当は。
こんな時だからこそ、あなたのそばにいたいの。
でも・・・。
心配ないって、あれは全部嘘やからって、あなたは言うけど、
でも、私が心配してんのは、記事の中身なんかじゃないわ。
このことで、また・・・・・・」
・・・・・・貴方が傷つくこと。
続く言葉を、私は飲み込んだ。
「人間不信に拍車がかかるんちゃうかって、思ってるんか」
そんな私を察したのか、彼が言った。
「判ってる、大丈夫やから。
あんな記事を信じて、俺から離れてくヤツは、そこまでの付き合いやったってことや。
まあ、でも、あんなことが真実やと思われてしまう俺にも、問題はあるのかもしれへんけど、な」
「なに言うてんの、また、そんなこと考えて!
ちょっとも判ってへんやん」
私の心配が、現実になりそうで、イヤ。
誰か、彼を助けて!!
「せやって、あの記事に書かれてるようなこと、俺やったら、しててもおかしくないって、思われたってことやろ?
週刊誌に載せても、信用性があると思われたってことやんか。
それは、つまり、普段の俺が・・・」
「やめて、やめて!」
私は、彼の言葉を遮った。
「そんな風に考えるのはやめて。
そうやって、あなたが自分で自分を追い込んでいくのが怖いんだから」
自分を傷つけるものに対して、時に、彼は過剰に反応する。
信用できる人すら、彼のそばにいられないほどに、
良くも悪くも、他人を拒絶することで、自分を守ろうとする。
彼を心配してる人が、一番恐れているのは、まさに、そのことだ。
彼に、自分たちの声が、思いが、届かなくなってしまうこと。
「俺に、どないせいっちゅうねん」
それは、彼の、SOS、以外の何物でもない気がした。
「もう、どないしたらええか判らへん。
いや、あんなん、信じる人ばっかじゃないってことは、判ってるで。
それは判ってる。
なんも、俺自身にやましいことなんてないねんから、
堂々としてたらええってことも、
気にせんと、笑い飛ばしたったらええってことも、判ってんねん」
彼の言葉は、まるで、彼自身に言い聞かせているようだ。
「辛いんは、俺を信用して、ここまで応援してくれた人に、
また心配させてしまったことやねん。
ほんまはな、自分の言葉で、ちゃんと伝えたいんや。
嘘やからなって。
心配すんなよ、大丈夫やからなって。
せやけど、あの記事に反応したら、余計、騒ぎが大きくなる。
直接、あの記事を思わせるようなこと、したらあかんねん」
彼の行く手を阻むのは、いつも、「大人の事情」ってやつだ。
もう、いい加減、それに慣れてしまってもいい年齢なのに、
彼は、いつでも、どんな時でも、それに振り回されてる。
それが、たとえ、彼を守るための「大人の事情」でも、
彼にとっては、ただの足枷にしかすぎない。
後編へ続く