あいつの後ろに回って、窓のカーテンを少し開けた。
雨は、まだ、降り続いている。
街の灯りが、雨に滲んで、ぼやけた。
窓ガラスの雨の雫が、次から次へと伝わり落ちて行く。
こんな夜は、どうしても思い出してしまう。
あれから、もう何年経った?
あの時、俺は、いくつやった?
この仕事してても、あやふやだった未来。
へんに焦ってて、
無茶ばっかりやってた頃。
確かなものなんて、何にも手にしてない俺に、
彼女は、唯一残ってた希望の欠片・・・だと、
本気で、思ってた。
彼女がいてくれたら、
それだけで、なにもかも、乗り越えて行ける、
そんな気さえしてた。
せやけど、人の心は、うつろいやすい。
この世で、一番不確かで、もろくて、壊れやすくて、
儚いもんだって教えてくれたんも、
彼女、やった。
こっ酷くフラれて、
歩き続けるよりほか、帰る術さえ持たなかった、
あの頃の俺。
まだ、忘れてない、
忘れきれてない。
そんな自分に、びっくりするわ。
忘れようとすればするほど、
記憶ってヤツは、意固地なほど、脳裏にしがみついてやがる。
忘れたくないものほど、
時間の波の中に、消えてゆくのに、だ。
黙って、外を見ていた俺に、
それまで夢中でスケッチしていたそいつが、言った。
「降り止まん雨は、ない」
突然、やな。
何の話や?
「昔・・・って、そう前でもないけど、
そう言うた本人が、雨の日に、そんな顔してたら、アカンのとちゃう?」
「俺、今、どんな顔してた?」
「そして僕は途方に暮れる、そんな感じやな」
「途方に暮れる、か。そんな気は、なかったけどな」
「何、考えてたん?」
「別に、何も。ちょっと、感傷に浸ってただけや」
「らしくないやん」
「ええやんか。こんな日もあるわ」
俺は、手にしたミネラルウォーターを口に含む。
冷たさが、身体の芯を、すべり落ちて行く。
「なあ、今日、このまま泊まってってもええか?」
「そら、ええけど。どうせ、明日も一緒の現場やし」
俺は、窓辺から離れて、そいつが描いていたスケッチブックに目をやった。
「何、描いててん」
覗き込んだそこには、なにやら、極彩色の・・・。
「何、これ?」
俺には、こいつの感性が時々、不思議でしょうがないわ。
どっから、こんなん、思いつくねやろ。
「ええから、ええから。ただの落書きやん。
それより、もうちょっと、さっきの話、聞きたいなあって」
「さっきのって」
「感傷に浸ってたってやつやん」
「アホか。今さらお前と恋バナして、どないすんねん」
「恋バナやったんや」
「うっさいわ、ボケ」
俺は、ソファに身体を投げ出した。
「もう寝るぞ」
「え! うそォ。俺、目、覚めてもうてんのに。もうちょい、ええやん」
「ええから、寝とけ」
俺はバスタオルを布団代わりに身体に掛けた。
「もう、勝手なんやから。しゃあないなあ・・・」
ぶつぶつ言いながら、そいつはベッドルームに消えた。
しばらくして、フワッと、俺の身体に薄手の毛布らしいもんが掛けられた。
「そんな格好で寝たら、絶対、風邪ひくやん」
ピッと音がして、部屋の電気が暗くなった。
俺は、気づかんふりの、狸寝入り。
「雨の夜に、独りはアカンよな。せつなすぎるもん」
小さな声で、あいつが言った。
「明日になったら、またお天道さんも顔出すし、
そしたら、また、笑おうな。おやすみ」
明日・・・
そう、明日。
これでもか、というくらいに青い空が、きっと俺らを待ってるだろう。
街の埃は洗い流されて、街路樹だって、輝いとるかもしれん。
きっと、人の心も、同じことや。
雨に全て洗われて、
澱んだ記憶も、流されとるかもしれん。
期待しよう、あいつが言うたように。
きっと、笑える。
俺が笑えたら、まず、あいつが笑うやろ。
あいつが笑ったら、メンバーみんな笑う。
メンバーが笑ったら、
その向こうに、数え切れんくらいの笑顔が待ってる。
俺らは、そういう仕事をしてる。
な、
そうだよな。
俺は、いつしか、深い眠りに引き込まれていった。
Fin.
続きで、あとがきです。
おつきあい、ありがとうございました。
前書きにも、書きましたが、当初、電気を明るくしてくれるのは、女性のつもりで書き始めたんです。
旧い恋から、一歩踏み出す勇気みたいなのを、彼に与えてあげたくて。
ところが、突如として、彼
が、彼女に代わって電気を点けてしまい、
なんというか、あっというまに、思っていたものとは、違う方向のお話になってしまいました。
時々、起こるんですよね。
登場人物たちが、作者の私が考えていたのとは、まるで違う行動をし始めて、
書いている私でさえ、
「え? え? なに? なんで?」状態になること。
で、収拾つけるのに、四苦八苦するわけです。
まあ、今回は、わりとすんなり、落ち着いてくれましたけども。
なにはともあれ、無事、UPしました。
これからも、よろしくお付き合いください。
雨は、まだ、降り続いている。
街の灯りが、雨に滲んで、ぼやけた。
窓ガラスの雨の雫が、次から次へと伝わり落ちて行く。
こんな夜は、どうしても思い出してしまう。
あれから、もう何年経った?
あの時、俺は、いくつやった?
この仕事してても、あやふやだった未来。
へんに焦ってて、
無茶ばっかりやってた頃。
確かなものなんて、何にも手にしてない俺に、
彼女は、唯一残ってた希望の欠片・・・だと、
本気で、思ってた。
彼女がいてくれたら、
それだけで、なにもかも、乗り越えて行ける、
そんな気さえしてた。
せやけど、人の心は、うつろいやすい。
この世で、一番不確かで、もろくて、壊れやすくて、
儚いもんだって教えてくれたんも、
彼女、やった。
こっ酷くフラれて、
歩き続けるよりほか、帰る術さえ持たなかった、
あの頃の俺。
まだ、忘れてない、
忘れきれてない。
そんな自分に、びっくりするわ。
忘れようとすればするほど、
記憶ってヤツは、意固地なほど、脳裏にしがみついてやがる。
忘れたくないものほど、
時間の波の中に、消えてゆくのに、だ。
黙って、外を見ていた俺に、
それまで夢中でスケッチしていたそいつが、言った。
「降り止まん雨は、ない」
突然、やな。
何の話や?
「昔・・・って、そう前でもないけど、
そう言うた本人が、雨の日に、そんな顔してたら、アカンのとちゃう?」
「俺、今、どんな顔してた?」
「そして僕は途方に暮れる、そんな感じやな」
「途方に暮れる、か。そんな気は、なかったけどな」
「何、考えてたん?」
「別に、何も。ちょっと、感傷に浸ってただけや」
「らしくないやん」
「ええやんか。こんな日もあるわ」
俺は、手にしたミネラルウォーターを口に含む。
冷たさが、身体の芯を、すべり落ちて行く。
「なあ、今日、このまま泊まってってもええか?」
「そら、ええけど。どうせ、明日も一緒の現場やし」
俺は、窓辺から離れて、そいつが描いていたスケッチブックに目をやった。
「何、描いててん」
覗き込んだそこには、なにやら、極彩色の・・・。
「何、これ?」
俺には、こいつの感性が時々、不思議でしょうがないわ。
どっから、こんなん、思いつくねやろ。
「ええから、ええから。ただの落書きやん。
それより、もうちょっと、さっきの話、聞きたいなあって」
「さっきのって」
「感傷に浸ってたってやつやん」
「アホか。今さらお前と恋バナして、どないすんねん」
「恋バナやったんや」
「うっさいわ、ボケ」
俺は、ソファに身体を投げ出した。
「もう寝るぞ」
「え! うそォ。俺、目、覚めてもうてんのに。もうちょい、ええやん」
「ええから、寝とけ」
俺はバスタオルを布団代わりに身体に掛けた。
「もう、勝手なんやから。しゃあないなあ・・・」
ぶつぶつ言いながら、そいつはベッドルームに消えた。
しばらくして、フワッと、俺の身体に薄手の毛布らしいもんが掛けられた。
「そんな格好で寝たら、絶対、風邪ひくやん」
ピッと音がして、部屋の電気が暗くなった。
俺は、気づかんふりの、狸寝入り。
「雨の夜に、独りはアカンよな。せつなすぎるもん」
小さな声で、あいつが言った。
「明日になったら、またお天道さんも顔出すし、
そしたら、また、笑おうな。おやすみ」
明日・・・
そう、明日。
これでもか、というくらいに青い空が、きっと俺らを待ってるだろう。
街の埃は洗い流されて、街路樹だって、輝いとるかもしれん。
きっと、人の心も、同じことや。
雨に全て洗われて、
澱んだ記憶も、流されとるかもしれん。
期待しよう、あいつが言うたように。
きっと、笑える。
俺が笑えたら、まず、あいつが笑うやろ。
あいつが笑ったら、メンバーみんな笑う。
メンバーが笑ったら、
その向こうに、数え切れんくらいの笑顔が待ってる。
俺らは、そういう仕事をしてる。
な、
そうだよな。
俺は、いつしか、深い眠りに引き込まれていった。
Fin.
続きで、あとがきです。
おつきあい、ありがとうございました。
前書きにも、書きましたが、当初、電気を明るくしてくれるのは、女性のつもりで書き始めたんです。
旧い恋から、一歩踏み出す勇気みたいなのを、彼に与えてあげたくて。
ところが、突如として、彼
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なんというか、あっというまに、思っていたものとは、違う方向のお話になってしまいました。
時々、起こるんですよね。
登場人物たちが、作者の私が考えていたのとは、まるで違う行動をし始めて、
書いている私でさえ、
「え? え? なに? なんで?」状態になること。
で、収拾つけるのに、四苦八苦するわけです。
まあ、今回は、わりとすんなり、落ち着いてくれましたけども。
なにはともあれ、無事、UPしました。
これからも、よろしくお付き合いください。