殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

禁断の恋

2009年07月12日 13時33分12秒 | みりこんぐらし
「○○産業のことですけどね…」

電話に出た途端

低くしゃがれた女性の声は、前置きもなくいきなり本題に突入。


「妹さんが、お姉さんの旦那さんを奪ったんですよ…」

そこは、ヤンキーがそのまま50半ばに老化したような

姉妹夫婦4人で経営している会社だった。

たまに取引がある。


姉妹夫婦で経営…とはいっても、姉のほうは先に嫁ぎ

残った妹が婿養子を迎えて取締役になった。

そこへ姉夫婦も戻って就職したという経緯なので

4人の関係は微妙なものがあるとは前々から思っていた。


電話の主は続ける。

「ですから、取引には充分気を付けてくださいねっ!」

         「…なんで?…」

「姉の旦那を寝取るような女が社長ですよ?

 泥棒じゃないですかっ!」

         「…タダなのに…泥棒?…」


電話の主は、イライラしてきた様子で声を荒げる。

「近所じゃ、みんな噂してますよっ!

 禁断の恋、禁断の恋って!」

         「…禁断の恋!」


ようやく我が意を得たり…というような口調で、電話の主は続ける。

「禁断の恋をするような女です。

 お宅も仕事でつきあいがあると聞いたもんで

 気を付けるように電話したんですよ…」


       「あの…血がつながってないんだから

        禁断の恋ではないのでは…?」

「禁断ですよっ!なにせ、きょうだいなんだから!」

       「本当のきょうだいなら禁断でしょうけど…」

「だって、不倫じゃないですかっ!

 しかも姉の旦那ですよ!

 そんなとんでもない会社へ仕事を回さないように

 親切で忠告してるんですよっ!」


電話は切られた。

しばらく「禁断の恋」の響きに酔いしれるワタクシ…。

めくるめく昭和の世界…。




子供の頃、実家の裏手に、小さな長屋があった。

行きがかり上、我が家が管理していた時期があり

そこの住民へかかってくる電話は、うちが取り次ぐ。

家の者は忙しいので、その担当はもっぱら私だ。


住民の一人に美しい若妻がいて

あまりお似合いではない年の離れたご主人と

幼稚園くらいの男の子、それに女の赤ちゃんと一緒に暮らしていた。

小汚い長屋に舞い降りた一羽のツル…

うらぶれた路地に咲く一輪の花…といったふぜいであった。


その若妻に、同じ男性からよく電話がかかってくる。

電話の後、若妻は一人でよく出かける。
     
電話のウキウキ加減、出かける時のおしゃれ加減から

子供なりに「嵐の前」を感じていた。


ご主人が帰って来て

「うちのがどこへ行ったか知りませんか?

 上の子に子守りをさせて、出かけているんです」

と聞かれたことも何回かある。

男から電話があって出かけた…

などと余計なことを言ってはいけない気がして

知りません…と答えた。


そのうち、若妻は消えた。

自分の姉の夫と駆け落ちしたのだった。

ご主人がうちへ来て、泣きながら話しているのを聞いた。

「何が悔しいといって、自分の連れ子だった上の子だけを連れて

 自分たちの間に生まれた赤ん坊は置いて行かれたことが情けない…」


身内と変なことになるのは罪深い…後で母が言っていた。

電話を取り次いでいた私も、なにやら悪事に荷担していたような気がして

少々後ろめたく、誰にも言えなかった。


その時はわからなかったが、子供を二人とも連れて出ても

両方置いて出ても、それはそれで

悔しさ情けなさは同じであろうと思う。

ただ、人は似合わぬ場所には居着かないものなのだ…

ということは理解した。

 
ご主人は赤ちゃんを遠い実家に預け

長屋を出て、都会へ働きに行った。

その後、大人になってから偶然ご主人を見かけた。

都会で修行し、その後始めた商売が成功しているようで

自分の名字を店名にしたハッピを着て

生き生きと働いていた。


あの赤ちゃんだろうか…ご主人によく似た若い女の子も一緒だ。

私のかすかな罪の意識も、ようやく消えた一瞬であった…。



話は戻るが、電話をかけてきたのはたぶん…というより絶対

妹に旦那をとられたお姉さん自身だと思う。

二、三度見かけた程度だが

酒とタバコでつぶれた声にも聞き覚えがあった。


生き地獄で苦しんでおられるのであろう…

あまり親しくもないうちにまで電話してくるほどだから

知り合いという知り合いに

片っ端からこんなことをしているに違いない。

何軒やっても、苦しみからは逃れられないはずだ。

やればやるほど、つらくなると思う。


お姉さん…どうかお心やすらかに…

こういうことは、あなたにだけ起きることじゃないんですよ…

これをバネにしてください…


祈りもむなしく、その会社はやがて倒産した。

ま、いっか…お姉さんの望み通りになったし。
コメント (20)
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