先日、夫の祖父の法事があった。
亡くなって十数年になる。
みんな忘れていたので、日にちが過ぎてしまい
早逝した誰かと一緒に営んでお茶をにごす。
「ご法要やお墓参りで、皆さんご先祖様におっしゃいます。
“安らかに眠ってください…そしていつまでも私達を見守ってください…”
寝てていいのか、起きてないといかんのか、どっちにせぇ言うんじゃ~!
…とまあ、仏様になられたかたも、なかなか忙しいわけですが…」
お坊さんの話も最近はくだけていて、我が一族もバカウケ。
「忙しい…わはは!忙しいだって!」
叔母は、何度も繰り返して大笑いしている。
この法事の主人公である亡きじいちゃんは
若い頃から妻と長年別居したまま、放蕩にいそしんだ。
年老いて妻の元に戻ってからは、入退院を繰り返す。
帰ってきたのは、家族の大切さに気付いたからではない。
最後の愛人と別れ、行く所がなくなったのだ。
祖母は昔の女なので、あれこれ恨みがましいことは言わない。
しかし、母親の苦労を知っている子供たちは
馴染みの薄い父親に、強い肉親の情を持てないようだった。
祖父が入院しても、我々孫世代は
それぞれの親から見舞いをきつく止められていた。
行ったのが知れると、心配していることになり
他の兄妹やその配偶者から、祖父を押しつけられる可能性が高いと言う。
やがて祖父は、長い闘病の末、病院で亡くなった。
享年100才。
「もう危ないから、すぐ来てください…」
病院から何度も催促されたが、年老いて動けない祖母はもちろん
子供たちは誰も行かなかった。
最期に立ち会った者が遺体を引き取り、葬式を出す羽目になるからだ。
危ないと聞いた義母と、夫の姉カンジワ・ルイーゼは
○○町に行くと私に言い残し、急いで出かけた。
祖父の病院のある町だ。
いいとこあるじゃん…と思っていたら
その町へ新しい喪服を買いに行っただけだった。
ほどなく臨終の連絡が入る。
兄妹6人で一昼夜に渡るなすり合いの末
シブシブ義父が、業者を伴って遺体を引き取りに行った。
しかし、困ったことになっていた。
祖父の口が、ぽっかり開いて閉まらない。
死人の口が開いているのは
看取った身内が誰もおらず、一人で死んで放置されていたのを意味する。
少々ならいいが「あ~!」と叫んでいるように全開なのだ。
明日の葬儀には、遠くから祖父の兄妹もやって来るので
見られると都合が悪いらしい。
「病院も、少しは気を利かしてくれりゃいいのに」
などと言ってうなづき合っている。
遺体を引き取りに行く、行かないで一時険悪だった兄妹仲も、これで元通り。
一同、遺体のまわりで頭を寄せ合い、思案。
「ヒロシ、あんた、ちょっと両手ではさんでごらんよ」
そう言われて、夫が頭とアゴを両手ではさみ
力任せに閉じようとしたが、びくともしない。
「そうだ!蒸しタオル美容法は?」
叔母の提案で、熱いタオルで温めても効果なし。
なにしろ死人なもんで、思うようにいかないのだ。
「アゴの骨をどうにかしてはずして、いったんブラブラにしてみたら…?」
などと過激な意見も出る。
「あんまりやると、死体損壊とかになるんじゃないのけ?」
「なぁに、明日にゃ焼くんだから、大丈夫じゃ」
準備や配慮を怠っておいて、結果にジタバタするのは血筋らしい。
最終的には、おたふく風邪の時みたいに
アゴから頭頂部にかけて、タオルできつくしばり
一晩置いておこうということに落ち着く。
頭のてっぺんで結ばれたピンクのタオルを見て
小さいひ孫たちが「リボンちゃん!リボンちゃん!」と興奮する。
吹き出しても、とがめる者はいない。
老いも若きも皆、はははは…と一緒に笑っている。
翌朝…努力の甲斐もなく、改善は見られなかった。
「だめじゃ~…」落胆する一同。
最後はあきらめ、全開の口に大輪の菊の花を突っ込んで葬儀に臨んだ。
喪主の挨拶を誰がするかで、直前までもめる。
長男がするのが筋だろうが
この人、昔から持病を理由に面倒なことは何かと避ける。
よって急遽、次男である義父がすることになったが
日頃の口達者はどこへやら、上がってしまってしどろもどろ。
「病魔に冒され…病魔と戦い…病魔に勝てず…とうとう病魔に…」
…100まで生きといて、病魔もなんもあったもんじゃないわよ…
叔母たちがささやいて、ヒヒヒ…と笑う。
愛する旦那を小姑に笑われて、義母は機嫌が悪くなる。
双方の中間に座っていた私は、両方から「ねぇ~!」と相づちを求められ
へへへ…とにごす。
夫一族の葬儀は、内容に違いはあれど
たいていこのようなことがあって、わりと楽しい。
長生きの家系なので、めったに人が死なず
仏事に慣れたこうるさい仕切りたがり屋がいないからであろう。
死ぬ方も、もう充分生きたので、惜しまれつつ去る感じではない。
天寿を全うした人の葬儀は
お互いに「はい、ご苦労さん」というようなさっぱりした雰囲気がある。
私の時も、ぜひこんなふうにしたいものだ。
ウケるためなら、タオルでもパンツでもかぶるぞぃ。
なお、これは決して死者をあざ笑い冒涜するものではなく
根底に愛情が存在することを一応明記しておく。
亡くなって十数年になる。
みんな忘れていたので、日にちが過ぎてしまい
早逝した誰かと一緒に営んでお茶をにごす。
「ご法要やお墓参りで、皆さんご先祖様におっしゃいます。
“安らかに眠ってください…そしていつまでも私達を見守ってください…”
寝てていいのか、起きてないといかんのか、どっちにせぇ言うんじゃ~!
…とまあ、仏様になられたかたも、なかなか忙しいわけですが…」
お坊さんの話も最近はくだけていて、我が一族もバカウケ。
「忙しい…わはは!忙しいだって!」
叔母は、何度も繰り返して大笑いしている。
この法事の主人公である亡きじいちゃんは
若い頃から妻と長年別居したまま、放蕩にいそしんだ。
年老いて妻の元に戻ってからは、入退院を繰り返す。
帰ってきたのは、家族の大切さに気付いたからではない。
最後の愛人と別れ、行く所がなくなったのだ。
祖母は昔の女なので、あれこれ恨みがましいことは言わない。
しかし、母親の苦労を知っている子供たちは
馴染みの薄い父親に、強い肉親の情を持てないようだった。
祖父が入院しても、我々孫世代は
それぞれの親から見舞いをきつく止められていた。
行ったのが知れると、心配していることになり
他の兄妹やその配偶者から、祖父を押しつけられる可能性が高いと言う。
やがて祖父は、長い闘病の末、病院で亡くなった。
享年100才。
「もう危ないから、すぐ来てください…」
病院から何度も催促されたが、年老いて動けない祖母はもちろん
子供たちは誰も行かなかった。
最期に立ち会った者が遺体を引き取り、葬式を出す羽目になるからだ。
危ないと聞いた義母と、夫の姉カンジワ・ルイーゼは
○○町に行くと私に言い残し、急いで出かけた。
祖父の病院のある町だ。
いいとこあるじゃん…と思っていたら
その町へ新しい喪服を買いに行っただけだった。
ほどなく臨終の連絡が入る。
兄妹6人で一昼夜に渡るなすり合いの末
シブシブ義父が、業者を伴って遺体を引き取りに行った。
しかし、困ったことになっていた。
祖父の口が、ぽっかり開いて閉まらない。
死人の口が開いているのは
看取った身内が誰もおらず、一人で死んで放置されていたのを意味する。
少々ならいいが「あ~!」と叫んでいるように全開なのだ。
明日の葬儀には、遠くから祖父の兄妹もやって来るので
見られると都合が悪いらしい。
「病院も、少しは気を利かしてくれりゃいいのに」
などと言ってうなづき合っている。
遺体を引き取りに行く、行かないで一時険悪だった兄妹仲も、これで元通り。
一同、遺体のまわりで頭を寄せ合い、思案。
「ヒロシ、あんた、ちょっと両手ではさんでごらんよ」
そう言われて、夫が頭とアゴを両手ではさみ
力任せに閉じようとしたが、びくともしない。
「そうだ!蒸しタオル美容法は?」
叔母の提案で、熱いタオルで温めても効果なし。
なにしろ死人なもんで、思うようにいかないのだ。
「アゴの骨をどうにかしてはずして、いったんブラブラにしてみたら…?」
などと過激な意見も出る。
「あんまりやると、死体損壊とかになるんじゃないのけ?」
「なぁに、明日にゃ焼くんだから、大丈夫じゃ」
準備や配慮を怠っておいて、結果にジタバタするのは血筋らしい。
最終的には、おたふく風邪の時みたいに
アゴから頭頂部にかけて、タオルできつくしばり
一晩置いておこうということに落ち着く。
頭のてっぺんで結ばれたピンクのタオルを見て
小さいひ孫たちが「リボンちゃん!リボンちゃん!」と興奮する。
吹き出しても、とがめる者はいない。
老いも若きも皆、はははは…と一緒に笑っている。
翌朝…努力の甲斐もなく、改善は見られなかった。
「だめじゃ~…」落胆する一同。
最後はあきらめ、全開の口に大輪の菊の花を突っ込んで葬儀に臨んだ。
喪主の挨拶を誰がするかで、直前までもめる。
長男がするのが筋だろうが
この人、昔から持病を理由に面倒なことは何かと避ける。
よって急遽、次男である義父がすることになったが
日頃の口達者はどこへやら、上がってしまってしどろもどろ。
「病魔に冒され…病魔と戦い…病魔に勝てず…とうとう病魔に…」
…100まで生きといて、病魔もなんもあったもんじゃないわよ…
叔母たちがささやいて、ヒヒヒ…と笑う。
愛する旦那を小姑に笑われて、義母は機嫌が悪くなる。
双方の中間に座っていた私は、両方から「ねぇ~!」と相づちを求められ
へへへ…とにごす。
夫一族の葬儀は、内容に違いはあれど
たいていこのようなことがあって、わりと楽しい。
長生きの家系なので、めったに人が死なず
仏事に慣れたこうるさい仕切りたがり屋がいないからであろう。
死ぬ方も、もう充分生きたので、惜しまれつつ去る感じではない。
天寿を全うした人の葬儀は
お互いに「はい、ご苦労さん」というようなさっぱりした雰囲気がある。
私の時も、ぜひこんなふうにしたいものだ。
ウケるためなら、タオルでもパンツでもかぶるぞぃ。
なお、これは決して死者をあざ笑い冒涜するものではなく
根底に愛情が存在することを一応明記しておく。