殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

お葬式

2009年07月25日 11時39分19秒 | みりこんぐらし
先日、夫の祖父の法事があった。

亡くなって十数年になる。

みんな忘れていたので、日にちが過ぎてしまい

早逝した誰かと一緒に営んでお茶をにごす。


「ご法要やお墓参りで、皆さんご先祖様におっしゃいます。

 “安らかに眠ってください…そしていつまでも私達を見守ってください…”

 寝てていいのか、起きてないといかんのか、どっちにせぇ言うんじゃ~!

 …とまあ、仏様になられたかたも、なかなか忙しいわけですが…」

お坊さんの話も最近はくだけていて、我が一族もバカウケ。

「忙しい…わはは!忙しいだって!」

叔母は、何度も繰り返して大笑いしている。


この法事の主人公である亡きじいちゃんは

若い頃から妻と長年別居したまま、放蕩にいそしんだ。

年老いて妻の元に戻ってからは、入退院を繰り返す。

帰ってきたのは、家族の大切さに気付いたからではない。

最後の愛人と別れ、行く所がなくなったのだ。


祖母は昔の女なので、あれこれ恨みがましいことは言わない。

しかし、母親の苦労を知っている子供たちは

馴染みの薄い父親に、強い肉親の情を持てないようだった。


祖父が入院しても、我々孫世代は

それぞれの親から見舞いをきつく止められていた。

行ったのが知れると、心配していることになり

他の兄妹やその配偶者から、祖父を押しつけられる可能性が高いと言う。


やがて祖父は、長い闘病の末、病院で亡くなった。

享年100才。


「もう危ないから、すぐ来てください…」

病院から何度も催促されたが、年老いて動けない祖母はもちろん

子供たちは誰も行かなかった。

最期に立ち会った者が遺体を引き取り、葬式を出す羽目になるからだ。


危ないと聞いた義母と、夫の姉カンジワ・ルイーゼは

○○町に行くと私に言い残し、急いで出かけた。

祖父の病院のある町だ。

いいとこあるじゃん…と思っていたら

その町へ新しい喪服を買いに行っただけだった。


ほどなく臨終の連絡が入る。

兄妹6人で一昼夜に渡るなすり合いの末

シブシブ義父が、業者を伴って遺体を引き取りに行った。


しかし、困ったことになっていた。

祖父の口が、ぽっかり開いて閉まらない。

死人の口が開いているのは

看取った身内が誰もおらず、一人で死んで放置されていたのを意味する。


少々ならいいが「あ~!」と叫んでいるように全開なのだ。

明日の葬儀には、遠くから祖父の兄妹もやって来るので

見られると都合が悪いらしい。


「病院も、少しは気を利かしてくれりゃいいのに」

などと言ってうなづき合っている。

遺体を引き取りに行く、行かないで一時険悪だった兄妹仲も、これで元通り。


一同、遺体のまわりで頭を寄せ合い、思案。

「ヒロシ、あんた、ちょっと両手ではさんでごらんよ」

そう言われて、夫が頭とアゴを両手ではさみ

力任せに閉じようとしたが、びくともしない。


「そうだ!蒸しタオル美容法は?」

叔母の提案で、熱いタオルで温めても効果なし。

なにしろ死人なもんで、思うようにいかないのだ。


「アゴの骨をどうにかしてはずして、いったんブラブラにしてみたら…?」

などと過激な意見も出る。

「あんまりやると、死体損壊とかになるんじゃないのけ?」

「なぁに、明日にゃ焼くんだから、大丈夫じゃ」


準備や配慮を怠っておいて、結果にジタバタするのは血筋らしい。

最終的には、おたふく風邪の時みたいに

アゴから頭頂部にかけて、タオルできつくしばり

一晩置いておこうということに落ち着く。


頭のてっぺんで結ばれたピンクのタオルを見て

小さいひ孫たちが「リボンちゃん!リボンちゃん!」と興奮する。

吹き出しても、とがめる者はいない。

老いも若きも皆、はははは…と一緒に笑っている。


翌朝…努力の甲斐もなく、改善は見られなかった。

「だめじゃ~…」落胆する一同。

最後はあきらめ、全開の口に大輪の菊の花を突っ込んで葬儀に臨んだ。


喪主の挨拶を誰がするかで、直前までもめる。

長男がするのが筋だろうが

この人、昔から持病を理由に面倒なことは何かと避ける。

よって急遽、次男である義父がすることになったが

日頃の口達者はどこへやら、上がってしまってしどろもどろ。

「病魔に冒され…病魔と戦い…病魔に勝てず…とうとう病魔に…」


…100まで生きといて、病魔もなんもあったもんじゃないわよ…

叔母たちがささやいて、ヒヒヒ…と笑う。

愛する旦那を小姑に笑われて、義母は機嫌が悪くなる。

双方の中間に座っていた私は、両方から「ねぇ~!」と相づちを求められ

へへへ…とにごす。


夫一族の葬儀は、内容に違いはあれど

たいていこのようなことがあって、わりと楽しい。

長生きの家系なので、めったに人が死なず

仏事に慣れたこうるさい仕切りたがり屋がいないからであろう。


死ぬ方も、もう充分生きたので、惜しまれつつ去る感じではない。

天寿を全うした人の葬儀は

お互いに「はい、ご苦労さん」というようなさっぱりした雰囲気がある。


私の時も、ぜひこんなふうにしたいものだ。

ウケるためなら、タオルでもパンツでもかぶるぞぃ。


なお、これは決して死者をあざ笑い冒涜するものではなく

根底に愛情が存在することを一応明記しておく。
コメント (13)
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