殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

四丁目の夕日

2009年07月27日 09時31分28秒 | みりこん昭和話
昔むかしの話。

「助けてっ!」

商店街のヒコ兄ちゃんが、裸足で駆け込んでくる。

親父さんが包丁を持って追いかけて来て、二人で家の中を走り回る。


「父ちゃん!カンベンしてっ!」

「いいや!今日という今日は許さんっ!」

いつものことなので、うちの家族は気にせず晩ごはんを食べている。


お菓子屋の跡取り息子、高校生のヒコ兄ちゃんは生意気盛りなので

しょっちゅう親父さんと喧嘩になるのだ。


ひとしきり走り回ると、疲れたのか二人で帰って行く。

裸足で来たヒコ兄ちゃんは、帰る時いつもうちの履き物をはいて帰る。


時々、ヒコ兄ちゃんのお姉さんも来る。

店を手伝っていて、やっぱり親父さんと喧嘩したと言う。

家出して来た…と泣いている。

普段着に、よそ行きのハンドバッグを持って来るのがお決まりだ。

黒いエナメルのハンドバッグは、蛍光灯の下でピカピカ光り

私はうっとりしてしまう。

このバッグを持ちたいから家出するのかな…と思っていた。


「泊まればいいのに」

と言うと

「女の子は、簡単によその家に泊まるもんじゃないんだよ」

祖母が言う。

母がなだめて連れて帰り、10メートルの家出は終わる。


家から3軒隣りの「中華そば さらしな」には

私の大好きなスミ姉ちゃんがいる。

両親の店を手伝う看板娘だ。

働き者のべっぴんさん…と大人たちに評判であった。

おはじきやお絵かきでよく遊んでくれた。


幼稚園の夏休み…ラジオ体操に行く時

大きなカバンをさげて、一人駅に立つスミ姉ちゃんを見た。

いつものエプロンと三角巾じゃない。

長い髪をたらし、花柄のワンピースを着て、とても綺麗だった。


駆け寄ろうとしたが、行ってはいけない気がして

そのままラジオ体操に行った。

スミ姉ちゃんが、真っ赤なハイヒールを履いていたからだ。

都会へ行くのだ…そしてもう帰って来ないのだ…と思った。


「さらしな」は、それからしばらくして閉じられた。

スミ姉ちゃんは遠くへ行ったのだと母が言った。

好きな人がいたけど、親に反対されて家を出た…

かわいそうに…つらかったろうねぇ…

近所のおばさんたちが話しているのを聞いた。


銀行の前の広場で、タヌキを一匹売っているおじさんがいた。

山でつかまえたと言う。

人だかりの中で「誰か買ってくれ~」と叫んでいた。


初めてタヌキを見た。

タヌキというものは、立って笠をかぶっていると思っていたので

そりゃもうたまげた。


母に「買って」と言うと

「あんなもん連れて帰ったら、ばかされるよ」

と断わられた。


小学校に通い出すと、時々帰り道に不思議なものを売る露店が出現する。

ヒヨコや型抜きなどポピュラーなものもあったが

試験管に入っている、やたら派手な色のゼリーや

うまく育てたらガメラに成長する亀…なんてのもあった。


中でも圧巻は、人体にかざすと骨が透けて見えるという

手のひらサイズの黒い箱「レントゲーン」。

骨が折れていたらすぐ見える…とおじさんは言う。

これは便利だ!買わなければ!と走って帰ってねだるが、あえなく却下。


「これさえあれば、みんな助かるのにっ!」

などと泣いたりわめいたりする。

どう助かるのかは、本人にも不明。

やっとこさお金をもらって駆けつけてみると、店はもう無かった。

「そんなもんなんだよ」

父が言った。


懐かしいとか、戻りたいとは思わないけど

一生懸命生きている者を笑う習慣は無かった。

いい時代だったとすれば、そこかな。
コメント (10)
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