殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
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現場はいま…しばしの平和か・6

2022年06月09日 08時57分00秒 | シリーズ・現場はいま…
シュウちゃんに退職の告知をするという辛い作業を済ませた同じ日

夫と息子たちは次の運転手を決めることにした。

早くしないと本社がハローワークに募集を出し

募集を見た、わけわからん人が来てしまう。

わけわからん皆さんは、面接で立派なことをおっしゃるけど

本人が申告するほどのレベルは、まず期待できない。

良いダンプドライバーは利益を生む貴重な存在なので、普段から噂の的だ。

どの会社も欲しがっているため、たとえ無職になっても放っておかれることは無い。

わざわざハローワークで仕事を探さなくてもいいはずなのである。


とはいえ求職の権利は誰にもあるので、応募があれば面接をしなければならない。

面接となると、本社から暇なのがゾロゾロと張り切ってやって来る。

アレらは、自分が威張れる面接が大好きなのだ。

よその会社で面接を受けたら真っ先に落とされそうなのが

ふんぞり返って面接をする滑稽な図が展開される。


夫も面接には立ち会うが、一切の意見を言わないことにしている。

そもそも募集したって、わけわからんのしか来ないのに

ヘタに意見を言うと怪我の元。

わけわからんのは、必ずとんでもないことをやらかすものだ。

案の定、入社してから何かやらかすと、監督不行き届きだの

育てようとする意思が無いだのと、全てを夫のせいされるからだ。

何も言いさえしなければ、「決めたのはあんたらじゃん」

と反論できることを数々の苦い体験で学習した夫は、面接そのものが無駄だと思っている。

よって面接祭が始まらないうちに、シュウちゃんの後任を決めたがっていた。


後任の決定を急ぐ理由は、他にもあった。

別の支社で持て余している職場のお荷物を、親切ごかしに回される恐れだ。

「ダンプの経験は無いけど、大型免許は持ってるそうだから…」

いかにも助けてやるという口調で押し付けられそうになったことが

一度や二度ではない。

その都度からくも回避してきたが、このやり取りも時間の無駄である。

よそでいらない人は、うちでもいらない。

姥捨山じゃないっちゅうんじゃ。


加えて現在、もう一つの問題が生じている。

うちで唯一の女性運転手、ヒロミじゃ。

彼女は、前の職場で同僚だったムッちゃんという50代の女を

以前から入社させたがっていた。

「シュウちゃんが引退したら、ムッちゃんを入れて!」

シュウちゃんの社会人生命が長くないと考え、日頃から熱心におねだりをしているのだ。


ムッちゃんもヒロミから各種の待遇を聞いて、こちらへ転職したくなり

早くも社員気取りだ。

この頃はうちの仕事について、生意気にもヒロミを中継役に口まで出す始末。

「ムッちゃんがこう言ってたよ」

「こうした方がいいんじゃないかって、ムッちゃんが…」

アホのヒロミが皆に伝えては、無線でボコボコに怒鳴られている。


そういうわけで、ヒロミがシュウちゃんの退職を知ってしまったら

いよいよムッちゃんの入社が叶うと踏んで、燃えるのは明らか。

舞い上がってめんどくさいじゃないか。


お友だちと連れ立ってダンプを転がしゃ、そりゃ楽しかろうが

ここはあいつらの会社じゃない。

人事に口出しができる身の上ではないということが、あの子らにはわからないのだ。

バカにつける薬は無いらしいが、愚かな女につける薬も無い。

そのためシュウちゃんの退職が拡散しないうちに、全てを終わらせておきたいのだった。



夫と息子たちはさっそく、順番待ちをしている3人の中から1人を決める作業に入る。

短い話し合いが持たれ、全員一致でマルさんと呼ばれる50代の男性に決まった。

この人は、あの藤村と癒着していたM社の社員。

藤村が居た頃のM社は、社長も運転手もヤツに迎合し

我が物顔に振る舞っていたが、彼一人だけは違っていた。

夫やうちの社員に礼儀正しく、裏表が無く、キビキビとよく働くので

夫は気に入っていたのだ。


マルさんは当時から、夫や息子たちと一緒に働きたいと言っていた。

だからヒロミだったか、数日で辞めて本社へ乗り込んだ男だったかが入る前に

一応、声をかけたが、彼は辞退した。

「藤村がいると必ず暴力事件になるので、皆さんに迷惑をかけてしまうから」

鉄火肌の彼らしい理由からである。

その頃の藤村は労基の罰則が確定していなかったため

うちでまだウロチョロしていたのだ。


その時、ヤツがいなくなったら是非、という話になっていた。

鉄火肌が是非と言ったら、その場しのぎではなく本気の是非。

そしてヤツはいなくなり、欠員が出た。

機は熟したのである。


次男がすぐマルさんに電話したら、「行きます!」と即答。

M社にはその日のうちに、6月いっぱいで退職することを伝えた。


これは実質、引き抜きということになる。

M社から抗議があれば、藤村時代の恨みもあって戦うつもりでいた夫だが

マルさんにとっての退職は、それ以前の問題だった。

藤村がいなくなって以来、M社は仕事が激減していて

マルさんが言うには、正月休みのあった1月は給料が7万だったそうだ。

日給月給だと、どうしてもそうなる。

生活して行けないと言えば、誰にも止められない。


次男はすぐ、河野常務にも連絡した。

「M社のマルさんを引っ張ろうかと話しているんですが」

「あそこに一人、ええ運転手がおるのは親父から聞いとる。絶対引き抜け」

すでに引き抜いているが、ハイ、必ずと言って花を持たせる。

こうしておけば、常務の主導で引き抜いたことになるので

あとあとマルさんも可愛がられるはずだ。


こうしてマルさんの入社は決まった。

シュウちゃんが入社した7年前以降、新人は不作続きだったが

ようやくまともな人が来てくれそうで、ホッとしている。


ヒロミ?

シュウちゃんの退職を知って有頂天。

いよいよムッちゃんの入社が実現すると思い込み、次男にそれとなく面接の日取りをたずねていた。

この子は夫と長男が怖いので、何でも次男だ。

ムッちゃんの方もすっかり勘違いして、会社に退職の意思を伝えたという。


そんな先日、ヒロミは事務所にあったマルさんの履歴書を発見。

「ねえ、どういうこと?ムッちゃんはどうなるん?」

会社で聞き回っていたそうだが、誰も取り合わなかった。

ヒロミとムッちゃんの友情は存続するのだろうか。

うっとおしい女どもの仲を裂くため、迅速かつ秘密裏に次の運転手を決めたことは内緒である。

《完》
コメント (2)
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