予防訴訟「9.21勝訴判決」に従い
内心の自由を守り、教育への不当な介入を許さないための職場決議
2006年9月21日、東京地裁民事36部は「国家斉唱義務不存在確認等請求訴訟」(予防訴訟)事件に対して原告勝訴のすばらしい判決をくだした。
判決は、都教委が2003年に発した「10.23通達」と、それに基づく学校現場への強権的な指導の全てを否定し、これを違憲・違法としたのである。
その判決は、憲法・教育基本法等の自然な解釈に基づいて判断されたものであり、司法の良心を守ったものであると言える。
判決は、「起立し斉唱する義務のないことを確認する」こと、また、「ピアノ伴奏の義務のないことを確認する」ことを判示し、さらに校長の職務命令が違法であり、これに基づく懲戒処分をしてはならないことを命じた。
この判決では、都教委が唯一根拠としてきた「学習指導要領」について、それを「大綱的基準」とし、「一方的な一定の理論や理念を生徒に教え込むことを強制しない」ことの前提で法的拘束性が認められるとし、都教委の行為を教育基本法10条に抵触する「教育への不当な介入である」とした。
従って、都教委の「通達」やそれに基づく校長の職務命令には一切の法的根拠がないのである。
また、憲法19条の「思想・良心の自由」は、絶対的な権利であり、他の権利を侵害しない限りこれを侵してはならない、と判示した。
従って、自分の信念を曲げて職務命令に従う義務は全くないのである。
しかし、都教委は判決の出された翌22日に臨時校長会を開催し、「判決に影響されない」の檄を飛ばし、10月から全校長に対してヒヤリングを行うとしている。そして不当にも9月29日に控訴したのである。
しかし、一審判決が出された以上、判決を尊重するのが当然で、控訴をするからと言ってこれを軽視することは三権分立の民主主義原理を否定するに等しいものである。法に従う立場の都教委がこのような暴挙を繰り返すことは加重の誤りをおかすことになる。
私たちは、このような法を無視した都教委の暴挙を決して許すことができない。
そして、判決を尊重し控訴の取り下げを都教委に要請するとともに、学校現場において、憲法に示された内心の自由を守り、教育への不当な介入を許してはならないことを表明するものである。
以上、決議する。
2006年10月○○日
東京都高等学校教職員組合
○○高等学校分会
内心の自由を守り、教育への不当な介入を許さないための職場決議
2006年9月21日、東京地裁民事36部は「国家斉唱義務不存在確認等請求訴訟」(予防訴訟)事件に対して原告勝訴のすばらしい判決をくだした。
判決は、都教委が2003年に発した「10.23通達」と、それに基づく学校現場への強権的な指導の全てを否定し、これを違憲・違法としたのである。
その判決は、憲法・教育基本法等の自然な解釈に基づいて判断されたものであり、司法の良心を守ったものであると言える。
判決は、「起立し斉唱する義務のないことを確認する」こと、また、「ピアノ伴奏の義務のないことを確認する」ことを判示し、さらに校長の職務命令が違法であり、これに基づく懲戒処分をしてはならないことを命じた。
この判決では、都教委が唯一根拠としてきた「学習指導要領」について、それを「大綱的基準」とし、「一方的な一定の理論や理念を生徒に教え込むことを強制しない」ことの前提で法的拘束性が認められるとし、都教委の行為を教育基本法10条に抵触する「教育への不当な介入である」とした。
従って、都教委の「通達」やそれに基づく校長の職務命令には一切の法的根拠がないのである。
また、憲法19条の「思想・良心の自由」は、絶対的な権利であり、他の権利を侵害しない限りこれを侵してはならない、と判示した。
従って、自分の信念を曲げて職務命令に従う義務は全くないのである。
しかし、都教委は判決の出された翌22日に臨時校長会を開催し、「判決に影響されない」の檄を飛ばし、10月から全校長に対してヒヤリングを行うとしている。そして不当にも9月29日に控訴したのである。
しかし、一審判決が出された以上、判決を尊重するのが当然で、控訴をするからと言ってこれを軽視することは三権分立の民主主義原理を否定するに等しいものである。法に従う立場の都教委がこのような暴挙を繰り返すことは加重の誤りをおかすことになる。
私たちは、このような法を無視した都教委の暴挙を決して許すことができない。
そして、判決を尊重し控訴の取り下げを都教委に要請するとともに、学校現場において、憲法に示された内心の自由を守り、教育への不当な介入を許してはならないことを表明するものである。
以上、決議する。
2006年10月○○日
東京都高等学校教職員組合
○○高等学校分会
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