パワー・トゥ・ザ・ピープル!!アーカイブ

東京都の元「藤田先生を応援する会」有志によるブログ(2004年11月~2022年6月)のアーカイブ+αです。

☆ 闇バイトと若者の貧困

2024年12月06日 | 格差社会

  【週刊金曜日:連載「働くからいまを見つめる」31】
 ☆ 自己責任社会が生んだ闇バイトと減税運動

竹信三恵子(たけのぶみえこ・ジャーナリスト)

 「闇バイト」が横行している。一方で10月の総選挙では「減税で手取りを増やす」を連呼した国民民主党が躍進した。無関係に見える二つの現象だが、共通点がある。
 それは、戦後の私たちの社会になんとなく存在した「政府や社会は国民を支えてくれるはず」という暗黙の了解に対する、働き手たちの不信と拒絶だ。

 ☆ 使い捨てられる若者たち

 「闇バイト」に関心を抱いたのは、その残虐さのためだけではない。次々と伝えられる「実行部隊」の若者たちの貧困ぶりがあまりに身近で、「一部の奇妙な人たちの暴走」とは思えなかったからだ。
 その実態を整理したいと思い、10月からNHKの「闇バイト」関連ニュースの録画を取り始めた。
 逮捕者は、中学生や高校生も含む若い世代が大半を占め、25歳の建設作業員、22歳の自称個人事業主、23歳の無職、28歳の自称会社員、25歳の保育士など、低賃金とされる職種が目立つ。
 「夫から何度もお願いされ、引き受けてしまった」という現金の回収役の30歳の女性もいた。夫はすでに闇バイトに関わって逮捕されている。表面化しにくい若い貧困カップルの姿がうかがわれる。

 借金と生活苦で事件の数日前にSNSで「ホワイト案件」「高収入」と検索して時給の高いものに飛びついた例が多く、所持金が少ないためタクシーも使えず、駅までは電車で、その後は徒歩で約3キロ歩いて現場に到着し、奪ったのはわずか現金1万3000円という若者もいた。
 警察庁は、8月から11月5日までに首都圏で発生した18件のうち15件で逮捕された40人の内訳を発表している。
 最も多い20代が27人10代4人30代8人40代1人
 動機の多くは「借金があった」「生活が困窮」など金銭的理由だったという。

 

 ☆ 20代前半男性の高貧困率

 女性の低賃金ぶりと貧困については、コロナ禍で取材して出版した拙著『女性不況サバイバル』でも書いてきた。だが若い男性も例外ではない。
 【図表1】のように、10~14歳と20~24歳の男性の貧困率は女性を上回って突出している
 「闇バイト」の「実行部隊」として逮捕された男性たちの姿が、この小さな山と重なる。
 かつて、中卒、高卒の若者には一応、製造業現場を担う正社員という受け皿があった。2004年に解禁された製造業派遣の解禁は、そうした受け皿を奪った。
 少子高齢化の中でニーズが増えている医療・福祉の仕事は、女性の得意技とされている上に賃金水準が低く、性別役割分業で「家族の扶養」を求められる男性の受け皿にはなりにくい。
 理由は、保育予算や介護報酬が抑えられ、保育士や介護士などのエッセンシャルワーカーの低賃金状態を作り出してきたからだ。
 また、鍼灸師(しんきゅう )など国家資格職も「淘汰(とうた)による質の向上」といった競争政策を国が取った時期があり、「開業して5年以上残るのは1割程度とも言われる」(ベテラン鍼灸師の証言)厳しさだ。
 「闇バイト」に先立つ広域強盗「ルフィ事件」で、運転手役などを務めて逮捕された真栄城健被告(33歳)は、事件の3年前の19年、会社を立ち上げて鍼灸の仕事をしていたと報じられている。その翌年コロナ禍が広がり、経営が行き詰まって生活費と借金の返済に追い詰められた。
 SNSで単発のバイトをさがしてしのいでいた22年、あるアカウントから「ブランド品を質屋や買取店にもっていって売るだけ」「盗品やコピー品ではない合法の案件」という高額時給の誘いが入り、強盗に誘い込まれたという。
 同被告は「逮捕されるまで相談できる相手はいなかった」「周りに支えられていることに逮捕されてから気づいた」(10月24日放映NHK「ニュース7」)と振り返る。
 自己責任で競争を乗り切れ、と求められる労働政策の中で生まれた人には頼れないという心理状況が、社会の助けを拒否させ、犯罪に加担し続けさせたのではないか。

 

 ☆ 「手取り増やせ」の怖さ

 10月の総選挙で国民民主党を躍進させた「手取り増やせ」政策は、このような「国民の生存には責任を持たない敢府」が当たり前になる中で支持を高めた。
 これまで政府は、消費増税のたびに社会保障の充実を叫び、その増税分は法人税や所得税最高税率の引き下げ、国の借金の返済に使われ続けた
 「中低所得者の税負担で大手企業と富裕層減税を穴埋めした」という怒りが有権者たちの間に蓄積され始めると、怒りをそらすため、税でなく社会保険料を引き上げるという裏口入学のような手法も相次いだ。
 さらに、コロナ禍で傷ついた層への手当がまだ必要な時期に、岸田政権は5類移行で幕引きを図り、中小零細事業者へのインボイス課税を強引に導入し、「5年で43兆円」という大規模な軍事費の固定化を閣議決定で決めた。そこへ裏金問題が起きた。

 いくら税を払っても一向に生活への再分配はおきず、政府の好き勝手に使われるという不満に、「手取り増やせ」の連呼は政治的な出口を与えた。
 だが、「手取りを増やす」ため減税した後、社会保障はどうなるのかについては語られることもない
 【図表2】のように、勤労世帯の世帯主収入は大きく落ち込んでいる。「手取りを増やす」ため103万円から178万円まで壁を引き上げても、減税額は本人年収が200万円の世帯で8・2万円、500万円で13・3万円にとどまり、800万円、1000万円で22・8万円だ(大和総研試算)
 それなら配偶者である女性の収入を引き上げた方が早い。
 だが、最低賃金を上げ続けても、パート女性の収入はさほど伸びていない。
 理由の一つは、妻の収入が一定以下だと夫に家族手当が出る会社が7割程度あり、「働きすぎると夫の配偶者手当がなくなる」「夫に就労調整しろと言われる」という「夫の壁」だ。
 加えて、女性の収入増を妨げている「育児や介護負担」という、もう一つの壁がある。
 その撤廃のためには公的保育や介護に税を投入し、支えるしかない。
 若者の就労や勉学を妨げる「ヤングケアラー」問題も、これによって解決する。

 だが、「手取りを増やせ」が「国から税を返させて自力救済」という主張や「社会保障削減」「小さな政府」「育児や介護は女性の自己責任」へ誘導されれば、そうした「新しい家計収入の増やし方」は消されてしまう。
 政府の自己責任路線が「政府が税で国民を支える」という基本的な信頼を破壊し、その使い道を問う冷静な声をつぶしつつある。政府の罪は重い。

※ たけのぶみえこ・ジャーナリスト、和光大学名誉教授。著書に『女性不況サバイバル』(岩波新書)、『賃金破壊労働運動を「犯罪」にする国』(旬報社)など。

『週刊金曜日 1498号』(2024年11月22日)

 


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