法務大臣 岩城光英 殿
外務大臣 岸田文雄 殿
自由権規約委員会第6回日本審査の『総括所見』パラグラフ22「"公共の福祉"を理由とした基本的自由の制約」は、以下に述べる意味でわが国の司法・行政が重く受けとめなければならない重要な勧告である。
1,政府が引用した最高裁判例は、国際基準を満たしていないと指摘された。
日本政府は、前回第5回総括所見パラグラフ10で、委員会から「公共の福祉」概念について懸念を示されたのに対し、今回第6回審査において最高裁判例(板橋高校卒業式事件2011/7/7)を引用して反論を試みた。
にも関わらず、それは受け入れられることなく、逆に委員会から「表現の自由」制約には「公共の福祉」ではなく、規約19条3項の「厳しい条件」を満たすべきことを明示された。
このことは個別「板橋高校卒業式事件最判(2011/7/7)」に留まらず、「公共の福祉」と「表現の自由」に関して一字一句同じ表現を用いている「立川ビラ入れ事件最判(2008/4/11)」「葛飾ビラ入れ事件最判(2009/11/30)」<資料1>も含めて、国際基準を外れる不適切な判決であったと指摘されたに等しい。
2,「公共の福祉」は、人権制約概念として不適切であると結論づけられている。
「公共の福祉」概念を巡っては、委員会と日本政府との間で22年前の第3回審査以来審査の度毎に過去3回やりとりを重ねてきた経過がある<資料2>。
最初は、第3回日本政府報告審査(1993年)で、憲法の「公共の福祉」概念が規約に適合しているか疑問が呈された。
次に第4回日本政府報告審査(1998年)で、「この概念は、曖昧、無制限で、規約上可能な範囲を超えた制限を可能とし得る」との懸念が示された。
そして前回第5回日本政府報告審査(2008年)では、具体的な対応として「公共の福祉」概念の定義と立法措置を勧告された。
このように一歩一歩積み上げてきて、4回目にあたる今回第6回日本政府報告審査(2015年)では、前々回以来の懸念をそのまま継承しつつ、すぐできる具体的方策として、規約19条に関わる事例は第3項の「厳しい条件」を審査基準として用いることを強く要請されている。
即ち、これまでのような「公共の福祉」の使い方に否定的な結論が下されたのである。
3,勧告の即時履行は、締約国としての義務である。
自由権規約の締約国であるわが国は、憲法98条に則り、地方公共団体も含む国のすべての機関において条約を遵守する義務を負い勧告を尊重する責任を有している。
わが国司法は、この勧告を深刻に受けとめ、過去の「公共の福祉」で「表現の自由」を制約した判例のすべてを見直し、今後「表現の自由」を始めとする自由権の制約の裁判規範として、規約19条3項の「厳しい条件」のみを適用し「公共の福祉」は用いないよう審査基準の国際標準化を進めるべきである。
また行政機関は、このパラグラフ22が"should"よりも強い"urge"という動詞が使われている唯一のパラグラフでもあることの重みを真摯に受けとめ、関係部署にパラグラフ22「公共の福祉」勧告を周知徹底し、速やかに実効ある措置を執ることを求める。
◎ 板橋高校卒業式事件から「表現の自由」をめざす会要請書 別添資料
【資料1】 「表現の自由」を「公共の福祉」で制約した最高裁判決
① 『板橋高校卒業式事件最高裁判決』(2011/7/7)から
「表現の自由は、民主主義社会において特に重要な権利として尊重されなければならないが、憲法21条1項も、表現の自由を絶対無制限に保障したものではなく、公共の福祉のために必要かつ合理的な制限を是認するものであって、たとえ思想を外部に発表する手段であっても、その手段が他人の権利を不当に害するようなものは許されない。」
② 『葛飾ビラ入れ事件最高裁判決』(2009/12/4)から
「確かに,表現の自由は,民主主義社会において特に重要な権利として尊重されなければならず,本件ビラのような政党の政治的意見等を記載したビラの配布は,表現の自由の行使ということができる。しかしながら,憲法21条1項も,表現の自由を絶対無制限に保障したものではなく,公共の福祉のため必要かつ合理的な制限を是認するものであって,たとえ思想を外部に発表するための手段であっても,その手段が他人の権利を不当に害するようなものは許されないというべきである。」
③ 『立川ビラ入れ事件最高裁判決』(2008/4/11)から
「確かに,表現の自由は,民主主義社会において特に重要な権利として尊重されなければならず,被告人らによるその政治的意見を記載したビラの配布は,表現の自由の行使ということができる。しかしながら,憲法21条1項も,表現の自由を絶対無制限に保障したものではなく,公共の福祉のため必要かつ合理的な制限を是認するものであって,たとえ思想を外部に発表するための手段であっても,その手段が他人の権利を不当に害するようなものは許されないというべきである。」
【資料2】 「公共の福祉」に関する過去の勧告一覧
(1)第3回日本政府報告に対する総括所見(1993年11月4日)パラ8
当委員会は、規約が国内法と矛盾する場合に規約が優先するものであることが明瞭ではなく、また、規約の条項が日本国憲法のなかに十分に包含されていない、と考える。さらに、日本国憲法第12条及び第13条の「公共の福祉」による制限が、具体的な状況において規約に適合した形で適用されるものであるかどうか、も明瞭ではない。
(2)第4回日本政府報告に対する総括所見(1998年11月19日)パラ8
委員会は、「公共の福祉」に基づき規約上の権利に付し得る制限に対する懸念を再度表明する。この概念は、曖昧、無制限で、規約上可能な範囲を超えた制限を可能とし得る。前回の見解に引き続いて、委員会は、再度、締約国に対し、国内法を規約に合致させるよう強く勧告する。
(3)第5回日本政府報告に対する総括所見(2008年10月30日)パラ10
委員会は、「公共の福祉」が人権に対して恣意的な制限を課す根拠とはなり得ないとの締約国の説明を考慮に入れても、「公共の福祉」の概念は曖昧かつ無限定で、規約の下で許される範囲を超える制限を許容しかねないとの懸念を、繰り返し表明する(規約2条)。
締約国は、「公共の福祉」の概念を定義し、かつ、規約が保障する権利に対する「公共の福祉」を理由とするいかなる制限も、規約のもとで許容される制限を超えてはならないことを明記する法律を制定すべきである。
(4)第6回日本政府報告に対する総括所見(2015年8月20日)パラ22「公共の福祉」を理由とした基本的自由の制限
委員会は,「公共の福祉」の概念が曖昧で制限がなく,規約の下で許容されている制限を超える制限を許容し得ることに,改めて懸念を表明する(第2条,第18条及び第19条)。
委員会は,前回の最終見解(CCPR/C/JPN/CO/5, para. 10)を想起し,締約国に対し,第18条及び第19条の各第3項に規定された厳格な要件を満たさない限り,思想,良心及び宗教の自由あるいは表現の自由に対する権利への如何なる制限を課すことを差し控えることを促す。
外務大臣 岸田文雄 殿
◎ パラグラフ22「公共の福祉」勧告の即時実行を求める要請書
2015年12月4日
板橋高校卒業式事件から「表現の自由」をめざす会
板橋高校卒業式事件から「表現の自由」をめざす会
自由権規約委員会第6回日本審査の『総括所見』パラグラフ22「"公共の福祉"を理由とした基本的自由の制約」は、以下に述べる意味でわが国の司法・行政が重く受けとめなければならない重要な勧告である。
1,政府が引用した最高裁判例は、国際基準を満たしていないと指摘された。
日本政府は、前回第5回総括所見パラグラフ10で、委員会から「公共の福祉」概念について懸念を示されたのに対し、今回第6回審査において最高裁判例(板橋高校卒業式事件2011/7/7)を引用して反論を試みた。
にも関わらず、それは受け入れられることなく、逆に委員会から「表現の自由」制約には「公共の福祉」ではなく、規約19条3項の「厳しい条件」を満たすべきことを明示された。
このことは個別「板橋高校卒業式事件最判(2011/7/7)」に留まらず、「公共の福祉」と「表現の自由」に関して一字一句同じ表現を用いている「立川ビラ入れ事件最判(2008/4/11)」「葛飾ビラ入れ事件最判(2009/11/30)」<資料1>も含めて、国際基準を外れる不適切な判決であったと指摘されたに等しい。
2,「公共の福祉」は、人権制約概念として不適切であると結論づけられている。
「公共の福祉」概念を巡っては、委員会と日本政府との間で22年前の第3回審査以来審査の度毎に過去3回やりとりを重ねてきた経過がある<資料2>。
最初は、第3回日本政府報告審査(1993年)で、憲法の「公共の福祉」概念が規約に適合しているか疑問が呈された。
次に第4回日本政府報告審査(1998年)で、「この概念は、曖昧、無制限で、規約上可能な範囲を超えた制限を可能とし得る」との懸念が示された。
そして前回第5回日本政府報告審査(2008年)では、具体的な対応として「公共の福祉」概念の定義と立法措置を勧告された。
このように一歩一歩積み上げてきて、4回目にあたる今回第6回日本政府報告審査(2015年)では、前々回以来の懸念をそのまま継承しつつ、すぐできる具体的方策として、規約19条に関わる事例は第3項の「厳しい条件」を審査基準として用いることを強く要請されている。
即ち、これまでのような「公共の福祉」の使い方に否定的な結論が下されたのである。
3,勧告の即時履行は、締約国としての義務である。
自由権規約の締約国であるわが国は、憲法98条に則り、地方公共団体も含む国のすべての機関において条約を遵守する義務を負い勧告を尊重する責任を有している。
わが国司法は、この勧告を深刻に受けとめ、過去の「公共の福祉」で「表現の自由」を制約した判例のすべてを見直し、今後「表現の自由」を始めとする自由権の制約の裁判規範として、規約19条3項の「厳しい条件」のみを適用し「公共の福祉」は用いないよう審査基準の国際標準化を進めるべきである。
また行政機関は、このパラグラフ22が"should"よりも強い"urge"という動詞が使われている唯一のパラグラフでもあることの重みを真摯に受けとめ、関係部署にパラグラフ22「公共の福祉」勧告を周知徹底し、速やかに実効ある措置を執ることを求める。
以上
◎ 板橋高校卒業式事件から「表現の自由」をめざす会要請書 別添資料
【資料1】 「表現の自由」を「公共の福祉」で制約した最高裁判決
① 『板橋高校卒業式事件最高裁判決』(2011/7/7)から
「表現の自由は、民主主義社会において特に重要な権利として尊重されなければならないが、憲法21条1項も、表現の自由を絶対無制限に保障したものではなく、公共の福祉のために必要かつ合理的な制限を是認するものであって、たとえ思想を外部に発表する手段であっても、その手段が他人の権利を不当に害するようなものは許されない。」
② 『葛飾ビラ入れ事件最高裁判決』(2009/12/4)から
「確かに,表現の自由は,民主主義社会において特に重要な権利として尊重されなければならず,本件ビラのような政党の政治的意見等を記載したビラの配布は,表現の自由の行使ということができる。しかしながら,憲法21条1項も,表現の自由を絶対無制限に保障したものではなく,公共の福祉のため必要かつ合理的な制限を是認するものであって,たとえ思想を外部に発表するための手段であっても,その手段が他人の権利を不当に害するようなものは許されないというべきである。」
③ 『立川ビラ入れ事件最高裁判決』(2008/4/11)から
「確かに,表現の自由は,民主主義社会において特に重要な権利として尊重されなければならず,被告人らによるその政治的意見を記載したビラの配布は,表現の自由の行使ということができる。しかしながら,憲法21条1項も,表現の自由を絶対無制限に保障したものではなく,公共の福祉のため必要かつ合理的な制限を是認するものであって,たとえ思想を外部に発表するための手段であっても,その手段が他人の権利を不当に害するようなものは許されないというべきである。」
【資料2】 「公共の福祉」に関する過去の勧告一覧
(1)第3回日本政府報告に対する総括所見(1993年11月4日)パラ8
当委員会は、規約が国内法と矛盾する場合に規約が優先するものであることが明瞭ではなく、また、規約の条項が日本国憲法のなかに十分に包含されていない、と考える。さらに、日本国憲法第12条及び第13条の「公共の福祉」による制限が、具体的な状況において規約に適合した形で適用されるものであるかどうか、も明瞭ではない。
(2)第4回日本政府報告に対する総括所見(1998年11月19日)パラ8
委員会は、「公共の福祉」に基づき規約上の権利に付し得る制限に対する懸念を再度表明する。この概念は、曖昧、無制限で、規約上可能な範囲を超えた制限を可能とし得る。前回の見解に引き続いて、委員会は、再度、締約国に対し、国内法を規約に合致させるよう強く勧告する。
(3)第5回日本政府報告に対する総括所見(2008年10月30日)パラ10
委員会は、「公共の福祉」が人権に対して恣意的な制限を課す根拠とはなり得ないとの締約国の説明を考慮に入れても、「公共の福祉」の概念は曖昧かつ無限定で、規約の下で許される範囲を超える制限を許容しかねないとの懸念を、繰り返し表明する(規約2条)。
締約国は、「公共の福祉」の概念を定義し、かつ、規約が保障する権利に対する「公共の福祉」を理由とするいかなる制限も、規約のもとで許容される制限を超えてはならないことを明記する法律を制定すべきである。
(4)第6回日本政府報告に対する総括所見(2015年8月20日)パラ22「公共の福祉」を理由とした基本的自由の制限
委員会は,「公共の福祉」の概念が曖昧で制限がなく,規約の下で許容されている制限を超える制限を許容し得ることに,改めて懸念を表明する(第2条,第18条及び第19条)。
委員会は,前回の最終見解(CCPR/C/JPN/CO/5, para. 10)を想起し,締約国に対し,第18条及び第19条の各第3項に規定された厳格な要件を満たさない限り,思想,良心及び宗教の自由あるいは表現の自由に対する権利への如何なる制限を課すことを差し控えることを促す。
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