《週刊新社会から:新刊紹介》
☆ 『女性不況サバイバル』から見えた「沈黙の仕掛け」
竹信三恵子
プロフィール(ジャーナリスト、和光大学名誉教授、元朝日新聞記者、
NPO法人官製ワーキングプア研究会理事)
☆ 生存の危機に沈黙を破り男女格差大国からの脱出を
コロナ禍の下では、サービス産業に従事する大量の女性が仕事を失う事態が起きた。2008年のリーマンショックによって製造業が強い影響を受けたとされる「男性不況」と対比して、これを「女性不況(シーセッション=SheCession)」と呼ぶ。だが、この一言葉は、いまや忘れ去られ、女性たちの甚大な被害についての検証も原因究明もない。拙著『女性不況サバイバル』(岩披新書)は、その底に潜む日本社会の「女性を沈黙させる仕掛け」を記録し、その構造について描いた。
☆ 直撃された「ケアする性」
新型コロナウィルスの感染が急速に広がった2020年3月、労組の労働相談窓口には働く女性からの相談が殺到し、総務省労働力調査では、4月には、前月比で男性の雇用者が約30万人減った一方で、女性は70万人を超す激減ぶりとなった。
女性はケア的仕事が向いているとされ、対人サービスの職場を支えてきた。また働く女性の過半数が雇用を打ち切りやすい短期契約の非正規だ。その結果、コロナ禍の影響を受けやすかうたからだ。
問題は、これら非正規の多くが、休業手当も失業手当も出ない働き方だったことだ。
これらの手当の支給には原則、雇用保険加入が条件だが、加入には、週20時間以上働くことなどが必要だ。
飲食業界は、シフト制のパート・アルバイトの女性や若者に支えられているが、女性は育児などから短時間労働を余儀なくされることが多く、契約の殺階で「残業できない人は正社員は無理」と言われる場合も少なくない。
加えて、シフトは会社の都合で簡単に増減できるため、コロナ禍でシフトを大幅に減らされ、それでも「休業や解雇では」と言われ、補償が出なかった例が多かった。こうして、収入の道を断たれる女性が相次いだ。
さらに、家庭内での介護や育児などのケア負担を抱えることが多く、これを政府のコロナ対策が直撃した。その典型が、同年3月から、当時の安倍首相の指示で突然始まった「一斉休校措置」だ。これによって、ワーキングマザーたちが出社できなくなり、非正規を中心に失職者数を押し上げることになった。
☆ 女性の経済力を削ぐ仕掛け
このような仕組みが容認され続けたのは、なぜなのか。それは、「女性は夫の扶養下にあるから大丈夫」という架空の「夫セーフティネット論」によって、女性を公的なセーフティネットから除外してもさほど社会的な批判を受けなかつたことが大きい。
実際は、夫のいる女性は非正規女性の6割にも満たず、男性賃金の低下の中で正社員女性の妻は世帯収入の43%を、非正規でも24%(労働政策研修研究機構とNHKの2020年11月共同調査)を稼ぎ出している。
この個人としての女性の経済力を削ぐ、実態に合わない仕掛けは随所に見られる。コロナ禍で特別定額給付金が男性世帯主に届けられ、妻や子供に届かないとの声が上がったのもそのひとつだ。
加えて、育児や介護などが「家庭内で女性が無償で行う労働」として軽視され、介護・医療・看護など公的サービスに携わるケア労働者が低賃金と人員不足にさらされてきたことが、コロナ禍での女性たちの極端な過重労働につながった。
このほか、「好きで自由に働いているのだからセーフティネットは自己責任」としてセクハラ防止の適用対象からも外されていたフリーランスが、コロナ禍でセクハラ被害に遭い、経済的な困窮との二重負担に苦しんだ例もある。
「独立した労働者」には必須の公的な支えから女性を外してきた政策の結果、女性自身もあきらめ、抗議の声を飲んでしまう。それが「女性不況」の被害を見えにくくした。
コロナ禍で見えたこれらの構造は、戦前の「家制度」に酷似している。
「世帯主」を戦前の「戸主」に読み替えて女性の扶養義務を担わせ、一方で、女性に、介護や育児を無償。低賃金で引き受けさせて社会保障費を節約させるという点が共通しているからだ。
☆ 「サバイバル」で見せた対抗力
戦前は、ほぼ10年おきに戦争を起こし、そのたびに国家予算の7割、8割を軍事費につぎ込む社会だった。そこでは、男性は国の代理人として、「家」に押し込められた女性が無償で育児・介護を担うよう監視し、国はこれによって社会保障費を抑え込み、軍拡予算に振り向けた。
その裏で、代理人とされた男性は、経済的に無力化された女性を「扶養」するため、長時間の過酷労働も我慢すべき存在として位置づけられ、兵力としても動員された。
新憲法で死滅したはずのそれらが、いまゾンビのように呼び戻され、「5年間で43兆円」の軍拡にこの仕組みが再利用されようとしている。
だが、注目すべきは、コロナ禍が新しい兆しをも生み出していたことだ。
生計の道を断たれ、ケアの過重労働にあえいだ女性たちの間に、生存の危機に瀕し、沈黙を破って押し返しを始める動きが頻出したからだ。「女性不況サバイバル」である。
一斉休校措置で子どもたちの世話のため仕事に出られなくなり、休業手当も出してもらえないまま失職した20代の契約社員は、生まれて初めて街頭でマイクを握り、「個人が申請できる休業手当」の創設を全国に呼び掛けて実現させた。
シフト制による会社側の勝手な労働時間の短縮と休業手当の不支給に、訴訟に踏み切ったパート主婦たちもいた。
フリーランスへのセクハラ対策の不在を問題にして訴訟を起こした女性は勝訴し、セクハラ防止法のフリーランスへの適用拡大の背中を押した。
いずれも、ユニオンなどに駆け込み、その支援を取り付けたことが解決につながった。こうした体験を「なかったこと」にせず、女性たちを支える場を広げて「ゾンビ型家制度」の転換につなげられるか。
2023年、過去最低の「男女格差指数125位」に落ち込んだ「男女格差大国日本」からの脱出は、ここにかかっている。そのためにも、ぜひ本書をご一読いただきたい。
『週刊新社会』(2024年1月1日)
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