パワー・トゥ・ザ・ピープル!!アーカイブ

東京都の元「藤田先生を応援する会」有志によるブログ(2004年11月~2022年6月)のアーカイブ+αです。

我が窮状_還暦沢田研二

2008年11月04日 | 人権
 【こちら特報部】

 《日本国憲法第九条》
① 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


 ♪ 還暦のキュウジョウ賛歌


 「TOKIO」でピカピカの電飾を身にまとい、「勝手にしやがれ」で甘いダンディズムで若い女性を酔わせた伊達(だて)男がいた。ジュリーこと歌手の沢田研二さん(60)。しばらくテレビ画面から遠ざかった男は還暦の今年、憲法九条賛歌で再び輝きを放っている。還暦と「キュウジョウ」への思いを熱く語った。 (関口克己)

 ♪ ドームコンサート 不遇20年に区切り

 グレーのキャップに緑のジャケットとポロシャツ。ズボンも緑。キャップを取れば金髪だ。「僕は、早くじじいになりたかったんですよ。自分で自分を『じじい』と呼んでいいんだもん」派手な服装に戸惑いつつ還暦を聞くと、想定外の一言。こう続けた。
 「グループでもソロでも売れた。それならば、たとえ売れなくても、『あいつ、じじいになっても歌ってる』って言われたい。そう言われるには、五十代は中途半端。五十歳になった時には、『早く六十歳になりたい』って思ってた」
 十九歳でザ・タイガースのボーカルでデビュー。甘いマスクで一躍、トップアイドルになる。四年後にはソロに。「勝手にしゃがれ」でレコード大賞など歌謡界の主な賞を総なめにしたのは七七年。二十九歳だった。

 「世間は三十歳目前にして、やっと一人前の歌手と見てくれた。『歌手生活はこれからだ』と思ったんですけど、ね」だが、約十年間着たアイドルと呼ばれる"衣装"を脱ぐと、歌は売れなくなった。
 八五年に所属事務所から独立しても苦悩の時間が過ぎる。バラエティー番組で大勢のタレントに交じり、テレビから消えないように笑顔をつくった。「でも、本物の芸人やアイドルには勝てない。そこで勝負する勇気はなかった」新曲のワンコーラスを披露する引き換えに「TOK10」を歌うのは耐えられない-。やがて、テレビから消え、コンサートに人生をかけた。
 「ヒット曲がいい曲とは限らない。ならば、歌いたい曲だけを作ると路線を変えた。ライブが好きな人もいるし、僕も好きな曲なら売れなくてもあきらめられる」

 ♪ 伊達男ジュリー再び輝き

 五十代という「精神的な峠」を越えた今年。還暦ジュリーはスポットライトを浴びる。七年ぶりにテレビの音楽番組に出演。NHKで一時間。どこを切っても沢田研二。還暦記念のドームコンサートも開く。五時間、八十曲。歌手人生最大だ。
 「業界内では『お客で埋めるのは大変だよ』と思われたはず。僕がCDを出して売れるのは五千枚。そのファンが全員集まっても埋まらない」それでも、冷静な分析と同居する期待がある。
 「ドームは僕の"蔵出し"なんですよ。ファンじゃない人にたくさんの歌を聴いてほしい。悶々としてもあきらめなかった二十年間をむなしさで終わりにしたくない。成功すれば思い残すことはない。もう、じじいは頑張らなくていいんだから」
  (11/29京セラドーム、12/3東京ドーム)

 ♪ 9条、窮状…静かに訴え

 還暦の今年、こっそりと世に出した曲がある。
 「我が窮状」
 五月発売のアルバムの九番目に収めたバラードだ。ピアノソロとコーラスに自らの詞をのせた。「キュウジョウ」と歌うが、「ケンポウ」や「九条」はない。でも、紛れもない九条応援歌だ。
 「『九条』とあからさまに歌うのは気恥ずかしい。だから、姑息に九番目の『キュウジョウ』にして、誰か気付いてくれないかな、と」
 九条を「勝手にしゃがれ」とはさせないこの曲は静かにファンを増やす。コンサートでは、この曲が始まると自分より明らかに年上の人が背筋をピンと伸ばした。
 「誰かが分かったんですね。宣伝しなくても気付いてくれるんだと自信を深めましたよ」。いたずらっ子のような笑みを浮かべた。

 ♪ 麗しの国守りきりたい

 平和への思いは昔から。九条擁護を訴える文化人らの意見広告などには賛同者として加わってきた。だが、九条を詞にしたのは初めてだ。
 書き始めたのは昨秋。改憲を自らの政治テーマに掲げ、参院選で大敗した安倍晋三首相(当時)の辞任直後だ。
 「安倍さんの時には、世間は『護憲だ、改憲だ』と騒いでた。この歌は、そんな時期に出すのは潔くない。商売っ気があると思われちゃうから。でも、安倍さんが辞めて、福田(康夫首相)さんになったらパッタリ。『今だ』。アルバムを出す前に再び騒いだら、カットしてました」
 永田町の改憲風はやんだまま。だが、沢田さんは「九条」は改正目前の「窮状」にあると思う。
 「今の憲法があるから、日本は平和でやってこられた。それを米国を支援するために変えるのは、おかしい。変えたい人は『国際貢献をしないといけない』と言うが、日本は政府開発援助(ODA)や個人レベルでも、たくさんしてますよ。GHQが作った憲法だから今の日本に合うように変えようと言われるが、そんな必要はない」

 ♪ 「米から本当に独立しないと」

 現実はどうか。イラクやインド洋への自衛隊派遣、沢田さんが住む神奈川県でも原子力空母ジョージ・ワシントンが横須賀に配備された。日本は、米国の軍事戦略に深く組み込まれている。
 だからこそ、思う。「九条を守ることで、日本は米国から本当に独立しないと。米国がくしゃみをしたら、日本は風邪をひく。そんなのは気に入らない」
 九条の〈歯車を狂わせた〉のは〈日本の核〉と歌う。「核」とは?
 「それは、内閣の『カク』ね。日本は核兵器は持ってないから」と笑ったかと思えば、「でも、歴代の内閣がダイヤルを少しずつ回すように(解釈を)変えてきた。庶民の感覚と離れるように」。顔に険しさが漂う。
 〈老いたるは無力を気骨に変えて礎石となろうぜ〉。思い浮かべたのは、当時の福田首相だ。
 「この人は、(九条や平和を守る)礎石になってくれるのだろうか」〈我が窮状守りきりたい許し合い信じよう〉-。こう閉じる三分五十一秒に凝縮させたのは、素朴な平和への願い。現実派には甘く、ガチガチの護憲派には異論もあるだろう。だが、沢田さんはさらりと言う。
 「歌詞をいろいろな意味に感じてほしいのが僕のスタイル。この曲も、『沢田研二は何か困っているらしい』と思ってもらってもいいし、ラブソングに聞こえてもいい。まあ、ラブソングといえば、九条へのラブソングでもあるんですけど」
 ♪ 我が窮状
作詞:沢田 研二,作曲:大野 克夫

 麗しの国 日本に生まれ 誇りも感じているが
 忌(いま)わしい時代に 遡(さかのぽ)るのは賢明じゃない
 英霊の涙に変えて 授かった宝だ

 この窮状 救うために 声なき声よ集え
 我が窮状 守りきれたら 残す未来輝くよ

 麗しの国 日本の核が 歯車を狂わせたんだ
 老いたるは無力を気骨に変えて 礎石となろうぜ

 諦(あきら)めは取り返せない 過ちを招くだけ

 この窮状 救いたいよ 声に集め歌おう
 我が窮状 守れないなら 真の平和ありえない

 この窮状 救えるのは静かに通る言葉
 我が窮状 守りきりたい 許し合い信じよう

♪ さわだ・けんじ
 1948年、鳥取県生まれ。60歳。67年、ザ・タイガースのボーカルでデビュー。71年、ソロに。今年6月に迎えた還暦を記念するドームコンサートを、今月29日に京セラドーム大阪、12月3日に東京ドームで開く。


※デスクメモ
 「ジュリーがキュウジョウを歌うらしいね」。新宿の安バーで、生臭さもうせた男たちが話していた。少し誇らしげ。その気持ち、よくわかる。昔々、光り輝いたスーパースター。”再会”すれば、老いてはいるが、まだとがったままじゃないか。ホッとする。当方も何かと窮状ではあるが、まあ乾杯だ。(充)


『東京新聞』(2008年11月2日【特報】)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2008110202000091.html

※You Tube「我が窮状」(動画)<リンク>

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