◆ 「過労死のない社会」への礎 (労働情報)
「過労死等防止対策推進法」(「過労死防止法」)が、5月27日、衆議院を通過して、今国会で成立する見通しとなった。
1980年代後半、長時間労働や過度の負荷によって労働者が命を失う過労死が社会問題となってから既に30年が経過し、この間、過労死は日本に特異な現象として、国際的にも「karoushi」として定着するに至った。しかし、依然、過労死、過労自殺は後を絶たない。
こうしたなか、過労死遺族などがつくる「全国過労死を考える家族の会」が中心となって実行委員会を立ち上げ、「ストップ!過労死100人署名」活動等によって世論を動かし、超党派の議員連盟の尽力も得て、ようやくここまできた。6月22日の会期終了まで2週間余りとなった今、「過労死防止法」が今国会で確実に成立することを願い、以下、私個人の見解を述べさせて頂くものである。
成立に際しては、国が、初めて過労死問題とその防止の重要性、過労死等のない社会の実現を正面から捉え、過労死防止を国の責務と位置づけた「過労死防止法」を成立させ、過労死等防止にむけて具体的な1歩を踏み出すことを、まず、大いに評価したい。
◆ 「過労死防止法」の内容
「過労死防止法」は、附則を除き、全5章、全14条からなる。
本法律の柱は、社会から過労死をなくすために、
国、地方公共団体、事業主その他の関係する者の相互の密接な連携にて過労死等防止対策を行うとの基本理念のもと(第1章)、
特に、国は大綱を策定し(第2章)、
国の責務として
(1)過労死の実態の調査研究
(2)教育活動等を通じた国民への啓発
(3)過労死の恐れのある人や家族が相談できる体制の整備
(4)民間団体の活動への支援を行い(第3章)、
過労死等の防止のために必要な法制上又は財政上の措置等につなげていく(第5章)
とするところにある。
加えて、遺族も参加する過労死等防止対策推進協議会を設置すること(第4章)、
国に、毎年、過労死等の防止のために講じた施策の状況に関する報告書(白書)の提出を義務づけること、
勤労感謝の日がある11月を過労死等防止啓発月間と定めることなどが規定されている。
◆ 遺族が参加する仕組み
(1)過労死の実態の調査研究ついて、現在、厚生労働省において、毎年、労災補償の請求件数及び認定件数が発表されている。
2012年度の過労による脳・心臓疾患の労災請求件数は842件、認定件数は338件、
精神障害の労災請求件数は1257件、認定件数は475件、
このうち自殺(未遂を含む)の請求件数は169件、認定件数は93件で、前年度に続き高水準である。
特に精神障害の労災認定件数は、前年度比150件増で過去最多となっているが、こうした労災手続きで表面化するのは過労死問題の氷山の一角にすぎない。
内閣府の統計では、2012年中の自殺のうち、勤務問題を原因・動機とするものは2472件に上っている。
また、2013年3月に発表された5年に1度、厚生労働省が行う人口動態職業・産業別統計の2010年度の概況では、有職者の男性及び女性の心疾患による死亡数、脳疾患による死亡数、自殺による死亡数は、いずれも、労災認定された件数とかけ離れて多い。これらすべてが過労に起因するとはいえないだろうが、労災手続きで捉えきれていない実態があることは明らかである。
本法律は、過労死等に関する実態が必ずしも十分に把握されていない現状を踏まえ、過労死等防止のための調査として、本法律の「過労死等」の定義によらず、呼吸器疾患、消化器疾患等の疾病や過労運転による事故等も含めることを可能とし、また、個人事業主や法人の役員等に係るものを含め広く調査研究の対象としている。
今後、本法律に基づく調査研究によって、これまで捉えきれていない過労死の実態を明らかにすることが期待できる。
そして、この調査研究について、毎年、国に提出が義務付けられている報告書(白書)により報告させ、国民の監視に置くことで、より適切な運用が期待できるといえる。
また、(2)教育活動等を通じた国民への啓発について、国や地方公共団体による広報活動、教育活動、11月の啓発月間の設定は、過労死問題をまさに国民的課題として取り組んでいくうえで、大きな意義を有するといえる。とりわけ、教育活動を明記したことにより、学校教育において過労死問題、働き方についての教育を早期に実現していくことが期待できる。
そして、これら4つの対策の要となる「大綱」の作成等に関わる過労死等防止対策推進協議会に過労死等の遺族が参加することを明記したことは、効果的な過労死等防止対策を行っていくうえで重要な被害者の声に耳を傾けることを明らかにしたものであり、極めて大きな意義があるといえる。
◆ 「働かせすぎ」にブレーキを
もっとも、本法律では、事業主の責務は国等の防止対策に協力する努力義務にとどまっている。過労死等の防止のさらなる実効性を確保するため、本法律附則による3年後を目途とした本法律の見直しに際しては、事業主の責務を強化していくことが課題といえる。
もちろん、「過労死防止法」が成立しただけで過労死がなくなるわけはなく、本法律が過労死等の防止に実効性のあるものとなるよう、適正な運用を確保することが不可欠となる。
さらに、この法律の運用を通じて、過労死の主たる原因のひとつである長時間労働の防止についての議論を進め、法制上の措置(第5章)として、36協定の延長時間の限度に関する指導基準(週15時間、月45時間、年360時間)を強制力にあるものにすることや、EUの労働時間指令にある1日24時間につき最低連続11時間の休息期間を取らなければならない「最低休息時間制度」の導入等、現行労働法制の見直しを強く期待する。
あわせて、現在、政府は、新たな成長戦略に労働時間規制の大幅な緩和を盛り込むべく検討を重ねているところであるが、本法律の目的に逆行し、過労死につながる長時間労働を促進する規制緩和の方向性について再考するよう強く求めていきたい。「過労死防止法」は、その武器のひとつとなると考えている。(6月5日)
『労働情報』889号(2014/6/15)s
三浦直子(弁護士)
「過労死等防止対策推進法」(「過労死防止法」)が、5月27日、衆議院を通過して、今国会で成立する見通しとなった。
1980年代後半、長時間労働や過度の負荷によって労働者が命を失う過労死が社会問題となってから既に30年が経過し、この間、過労死は日本に特異な現象として、国際的にも「karoushi」として定着するに至った。しかし、依然、過労死、過労自殺は後を絶たない。
こうしたなか、過労死遺族などがつくる「全国過労死を考える家族の会」が中心となって実行委員会を立ち上げ、「ストップ!過労死100人署名」活動等によって世論を動かし、超党派の議員連盟の尽力も得て、ようやくここまできた。6月22日の会期終了まで2週間余りとなった今、「過労死防止法」が今国会で確実に成立することを願い、以下、私個人の見解を述べさせて頂くものである。
成立に際しては、国が、初めて過労死問題とその防止の重要性、過労死等のない社会の実現を正面から捉え、過労死防止を国の責務と位置づけた「過労死防止法」を成立させ、過労死等防止にむけて具体的な1歩を踏み出すことを、まず、大いに評価したい。
◆ 「過労死防止法」の内容
「過労死防止法」は、附則を除き、全5章、全14条からなる。
本法律の柱は、社会から過労死をなくすために、
国、地方公共団体、事業主その他の関係する者の相互の密接な連携にて過労死等防止対策を行うとの基本理念のもと(第1章)、
特に、国は大綱を策定し(第2章)、
国の責務として
(1)過労死の実態の調査研究
(2)教育活動等を通じた国民への啓発
(3)過労死の恐れのある人や家族が相談できる体制の整備
(4)民間団体の活動への支援を行い(第3章)、
過労死等の防止のために必要な法制上又は財政上の措置等につなげていく(第5章)
とするところにある。
加えて、遺族も参加する過労死等防止対策推進協議会を設置すること(第4章)、
国に、毎年、過労死等の防止のために講じた施策の状況に関する報告書(白書)の提出を義務づけること、
勤労感謝の日がある11月を過労死等防止啓発月間と定めることなどが規定されている。
◆ 遺族が参加する仕組み
(1)過労死の実態の調査研究ついて、現在、厚生労働省において、毎年、労災補償の請求件数及び認定件数が発表されている。
2012年度の過労による脳・心臓疾患の労災請求件数は842件、認定件数は338件、
精神障害の労災請求件数は1257件、認定件数は475件、
このうち自殺(未遂を含む)の請求件数は169件、認定件数は93件で、前年度に続き高水準である。
特に精神障害の労災認定件数は、前年度比150件増で過去最多となっているが、こうした労災手続きで表面化するのは過労死問題の氷山の一角にすぎない。
内閣府の統計では、2012年中の自殺のうち、勤務問題を原因・動機とするものは2472件に上っている。
また、2013年3月に発表された5年に1度、厚生労働省が行う人口動態職業・産業別統計の2010年度の概況では、有職者の男性及び女性の心疾患による死亡数、脳疾患による死亡数、自殺による死亡数は、いずれも、労災認定された件数とかけ離れて多い。これらすべてが過労に起因するとはいえないだろうが、労災手続きで捉えきれていない実態があることは明らかである。
本法律は、過労死等に関する実態が必ずしも十分に把握されていない現状を踏まえ、過労死等防止のための調査として、本法律の「過労死等」の定義によらず、呼吸器疾患、消化器疾患等の疾病や過労運転による事故等も含めることを可能とし、また、個人事業主や法人の役員等に係るものを含め広く調査研究の対象としている。
今後、本法律に基づく調査研究によって、これまで捉えきれていない過労死の実態を明らかにすることが期待できる。
そして、この調査研究について、毎年、国に提出が義務付けられている報告書(白書)により報告させ、国民の監視に置くことで、より適切な運用が期待できるといえる。
また、(2)教育活動等を通じた国民への啓発について、国や地方公共団体による広報活動、教育活動、11月の啓発月間の設定は、過労死問題をまさに国民的課題として取り組んでいくうえで、大きな意義を有するといえる。とりわけ、教育活動を明記したことにより、学校教育において過労死問題、働き方についての教育を早期に実現していくことが期待できる。
そして、これら4つの対策の要となる「大綱」の作成等に関わる過労死等防止対策推進協議会に過労死等の遺族が参加することを明記したことは、効果的な過労死等防止対策を行っていくうえで重要な被害者の声に耳を傾けることを明らかにしたものであり、極めて大きな意義があるといえる。
◆ 「働かせすぎ」にブレーキを
もっとも、本法律では、事業主の責務は国等の防止対策に協力する努力義務にとどまっている。過労死等の防止のさらなる実効性を確保するため、本法律附則による3年後を目途とした本法律の見直しに際しては、事業主の責務を強化していくことが課題といえる。
もちろん、「過労死防止法」が成立しただけで過労死がなくなるわけはなく、本法律が過労死等の防止に実効性のあるものとなるよう、適正な運用を確保することが不可欠となる。
さらに、この法律の運用を通じて、過労死の主たる原因のひとつである長時間労働の防止についての議論を進め、法制上の措置(第5章)として、36協定の延長時間の限度に関する指導基準(週15時間、月45時間、年360時間)を強制力にあるものにすることや、EUの労働時間指令にある1日24時間につき最低連続11時間の休息期間を取らなければならない「最低休息時間制度」の導入等、現行労働法制の見直しを強く期待する。
あわせて、現在、政府は、新たな成長戦略に労働時間規制の大幅な緩和を盛り込むべく検討を重ねているところであるが、本法律の目的に逆行し、過労死につながる長時間労働を促進する規制緩和の方向性について再考するよう強く求めていきたい。「過労死防止法」は、その武器のひとつとなると考えている。(6月5日)
『労働情報』889号(2014/6/15)s
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