◆ 「"神武天皇"・天照大神が人間」と都教委が明記
~偏向『教科書調査研究資料』ノーの請願、都民が提出 (『マスコミ市民』)
「えーっ! 公的機関の文書なのに、〝神武(じんむ)天皇〟や天照(あまてらす)大神(おおみかみ)を『人間』だって言ってる!」。
東京都教育委員会が5月31日、都内で開催した東京都教科用図書選定審議会を、傍聴した都民らが驚きの声を上げた。
都教委が配布した『教科書調査研究資料』なる冊子の11頁において、
◆ 〝採択権者〟の教育委員は全教科の教科書を読み込めるか?
この都教委の事案を巡る経緯・問題点等を詳述する前に、小中学校の教科書が児童・生徒の手に渡るまでの手順>を説明する(採択システムが小中と違う高校は、本稿では省略)。
文科省が「各学校の教育課程編成に大綱的基準として法的拘束力がある」と主張している学習指導要領を、概ね10年周期で改訂する(3月下旬公表するケースが多い。その後、6から7月の文科省主催の改訂指導要領中央説明会以降、〝周知・徹底〟)のを受け、各教科書会社は教科書を編集する。執筆するのは多くが現・元の大学や教育現場の教員らだ。
そして翌年4月、文科省に検定を申請(申請時は白表紙本と言って、会社名を記さず、表紙には受理番号のみを記す)。
文科省は1年弱かけ検定し、翌年3月に検定結果を公表する。その検定の過程で、誤った記述等に検定意見を付け、教科書会社が修正し、最終的に同省の教科書検定審議会のOKが得られれば合格となる。
その3月の検定結果公表を受け、教科書会社は会社名等を入れた見本本を印刷し、4月末~5月上旬に各都道府県・区市町村の教育委員会に送付(部数の上限は2021年3月30日付文科省・瀧本寛(ゆたか)初等中等教育局長通知で、都道府県は15部、指定都市は17部、市町村は5部と決まっている)。
ここから採択に向けての準備作業に入る。都道府県教委は、指導主事や選抜した小中教員に各教科書会社の見本本を調査・研究させ、『教科書調査研究資料』を作成する。
区市町村教委の方は、筆者が東京の一部区市や教員に取材したところ、各校から選んだ校長らを含む教職員に各教科書会社の見本本を調査・研究させ、各社を比較し特徴を記述した資料を作成している。
前述通り見本本の部数に限りがあるので、各校に全教科の見本本のセットを短期間ずつ回覧させ、各社の内容・構成の特徴を報告させている市もあった。
そして舞台は、文科省や都教委等、権力側が「採択権者(じゃ)だ」と主張する、狭義の意味での合議体の教育委員会に移る。
その教育委員ら(教育長含め5名が多い)は、「皆で何回か全社の見本本を読み、しっかり調査研究している」とは言う。
しかし実際はどうか? 2020年7~8月の中学校用の採択では、社会の歴史だけでも7社あり、かつ採択期限は教科書無償措置法施行令第14条が「当該教科用図書を使用する年度の前年度の八月三十一日までに行わなければならない」と規定しているから、全教育委員が全教科・全社の見本本をじっくり読み込み、隈(くま)なく理解し採択することは、時間的・体力的・能力的に不可能であろう。
だから、東京だけでなく他の県や市も含め取材すると、教育委員の多くは全教科書を読み込めず、各都道府県教委作成の『教科書調査研究資料』や区市町村教委作成の資料を頼りに、教委事務局の原案通り採択してしまっている自治体が、少なくなかった(それゆえ、「〝素人(レイマン)〟の教育委員ではなく、実際に教科書を使う学校現場の教員の希望する教科書を採択すべし」と言う専門家は多く、筆者もこれに共感する)。
ともあれ以上の通り、小中学校の教科書は「編集→検定→採択→使用開始」と、4年周期であり、17年3月の指導要領改訂後、中学校の教科書は「20年3月に検定合格公表→20年夏採択→今年(21年)4月、既に使用開始」となっている。
◆ 都教委の『教科書調査研究資料』が「追補版」である理由
このように中学校の新しい教科書は全国で使用開始になったばかりなのに、文科省の神山(かみやま)弘教科書課長は3月30日、「歴史教科書のみ、採択権者の判断により採択替えすることも可能である」という趣旨の通知を、各都道府県教委の教科書担当の課長宛、発出してしまった。
この異例の通知発出の理由は、こうだ。改憲政治団体・日本会議系のメンバーらが執筆する育鵬(いくほう)社〝教科書〟と分裂後の、〝新しい歴史教科書をつくる会〟のメンバーら執筆の自由社〝教科書〟は、文科省が20年3月に公表した検定結果で、欠陥箇所が405か所。即、不合格となり再申請した(本誌20年11月号の拙稿も参照)。
その自由社は、今度も83か所の検定意見が付いたが、同社がこれに従い全て修正したため、文科省が21年3月に公表した検定結果で、合格となった。
冒頭の冊子の正式名称は、『令和4.6年度使用 教科書調査研究資料(中学校)《社会(歴史的分野)追補版》』(以下、『資料』と略記。都教委のHPで見られる)だ。「追補版」とあるのは、こういう経緯で1年遅れの自由社〝教科書〟だけ〝調査・研究〟したからだ。
◆ ナショナリズム・政治色の濃い都教委流〝研究資料〟
『教科書調査研究資料』を作成し、区市町村教委に送付する(東京は今年は6月中旬、HP・URLをメール)法的根拠を都教委は、教科書無償措置法第10条の「都道府県の教育委員会は、当該都道府県内の義務教育諸学校において使用する教科用図書の採択の適正な実施を図るため、義務教育諸学校において使用する教科用図書の研究に関し、計画し、及び実施するとともに、市町村の教育委員会及び義務教育諸学校の校長の行う採択に関する事務について、適切な指導、助言又は援助を行わなければならない」にある(下線は筆者)、と主張する。
しかし、純粋な意味での「調査・研究」ではなく、児童・生徒にナショナリズム等、特定の思想をindoctrination(教化)しようとする意図がある。
その理由・証拠は次の3点の通りだ。
1 『資料』1頁は、全教科に跨またがる「2 令和4.6年度使用教科書調査研究の視点」の冒頭、「平成18年に改正された教育基本法においては、教育の理念として、公共の精神を尊ぶこと、環境の保全に寄与すること、伝統と文化を尊重し、それらを育んできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与することが新たに規定された」と明記。
しかし、第1次安倍政権が改悪したこの教育基本法は、前文で「個人の尊厳を重んじ」と明記した上で、第2条(教育の目標)の第2号でも「個人の価値を尊重して」と規定している。教育基本法がこのように「個人の尊重」を2度繰り返しているのは、「すべて国民は、個人として尊重される」と規定した日本国憲法第13条を、あの安倍政権でさえ、無視できなかったからであろう。
ところが都教委は、この教育基本法前文の「個人の尊厳を重んじ」より後に「を尊び」という文言で、また第2条の第3号に「に基づき」という文脈で出てくる〝公共の精神〟なるものと、〝我が国・・・を愛する態度〟と称する国家主義色の濃い文言に、異常に偏重し『資料』に隈なく載せている。
現憲法は戦前・戦中への反省から、〝愛国心〟強制の文言は排除しており、〝愛国心〟は憲法上の根拠はなく、改悪教育基本法に1回出ているだけだ。だが『資料』は、国家主義や〝公共〟(〝公共心〟は3頁の【参考】の項でも「東京都教育委員会の基本方針1」を引用し強調)を偏重するあまり、憲法・教育基本法の肝きもである「個人の尊重」に全く言及していないのだ。都教委の官僚は、個人より〝国家〟の方を重視する特異な思想集団だ、と言わざるを得ない。
2 『資料』はこの後、社会・歴史的分野の〝調査〟の6頁で、指導要領の「社会科の目標」を丸写しする中で、「我が国の国土や歴史に対する愛情、国民主権を担う公民として、自国を愛し」を明示。続けて指導要領の「歴史的分野の目標」も丸写しし、「我が国の歴史に対する愛情、国民としての自覚」も明記。〝愛国心〟の執拗な〝押し売り〟だ。
『資料』は続けて、8頁の「調査項目の具体的な内容」に、①領土問題、②国旗・国歌の扱い、③神話・伝承、④北朝鮮による拉致問題、⑤防災や自然災害の扱い、⑥五輪の扱い等を明記した(⑤は自衛隊の記述も調査)。
これら調査項目の都教委流の〝設定理由〟については、『週刊金曜日』2019年7月26日号の拙稿で分析・批判した。ネットで見られるので、よろしければご覧頂きたい。3 冒頭に指摘した通り、『資料』11頁は、完全に神話の世界の11の物体(科学的・生物学的に人間でない)を、「歴史上の人物名」として明記した。
更に『資料』10頁のbは、この11の物体を「取り上げられている歴史上の人物の数」の「古代までの日本」の欄にカウントし、その数を106から117に膨れ上がらせ、〝数字の水増し〟を強行。自由社の歴史〝教科書〟が古代史において、いかにも多く〝人物〟を掲載しているかのように、見せかけている。
ゆえに都教委の「調査・研究」の中には、科学的ではなく、前述通り、児童・生徒に特定の思想をindoctrinationしようと謀むものがある。
◆ 〝神武天皇〟等〝神話〟記述、『資料』に載せるな、都民が請願
『資料』はこの10・11頁の他、前記「調査項目の具体的な内容」の③の〝神話・伝承〟に当たる記述内容を、24頁において自由社〝教科書〟から、(筆者が大括りにして計算しただけで)10か所も書き写している。
その記述は、「以上のほか、日本には皇紀があります。日本書紀に書かれた初代・神武天皇が即位したとされる伝説上の年を元年とする年の数え方で、皇紀元年は西暦紀元前660年にあたります。(P10)」等、すさまじい復古調が目立つ。読者の皆さんはできれば都教委のHPで見て頂きたい。
ところで、筆者が自由社〝教科書〟を調査・研究したところ、〝神話・伝承〟について、都教委が『資料』に書き漏らしている2箇所を見付けたので、次に抜き出す(「P」は自由社の頁数)。
△P19→「登場人物紹介コーナー、小学校で学んだ人物を中心に紹介」という表の「古代までの日本」の所で、「神話上の」人物 アマテラスオオミカミ」、「伝説上の人物 神武天皇 皇統譜で初代天皇とされる」と明記している。
※ここは、〝神武天皇〟については白表紙本では、「初代天皇とされる」とストレートに書いていたので、文科省が不適切だと判断し、「生徒にとって理解し難いた表現である」等の検定意見を付し、自由社側が「皇統譜で」を加筆修正した箇所である。
△P289→「課題4」という箇所で、「神話に見られる古代人の思想や、一揆、武士道の精神などを通して、日本人の社会や組織がどのような特徴をもっているのか、意見を出し合いましょう」と記述している。
※都教委は〝神話・伝承〟は古代史にしか書いていないと思い込み、〝調査・研究〟の手を緩めたのかもしれないが、自由社の神話への思い入れはすさまじく、古代史以外の箇所でも言及しているのだ。
ところで、研究者ら都民は6月に2回、「天照大神等、人間ではない実在しない11個の物体を、『資料』の『歴史上の人物』の欄に挙げた基準・理由」を都教委指導部管理課に電話質問。
だが7月2日、同課は「教科書(今回は自由社だけ)に記載された人物名を抽出・整理し、時代区分に分け、『資料』に記載した」と答えるに留まった。
このため都民らは「掲載する経緯の説明ではなく理由を」と再質問。その際、「〝神武天皇が即位した〟とする紀元前660年は縄文時代であり、天皇制はない。保守系の人たちが1代目の天皇だと言う〝神武〟から〝10代目〟くらいまでは、全部平均百数十歳まで生きないと計算が合わないが、現代の医学でも、〝10代目〟まで全てが百数十歳まで生きることは不可能だ」という事実を踏まえ、質問に正対した回答を、と再質問。
だが同課は7月5日、「2日の回答の上に補足で、仮に神話・伝承上の人物が『誰、又は何』であるからといって、『資料』に入れたり入れなかったりすると、恣意的になり得ると考える。教科書に書いているものは(神話・伝承上の人物であっても)『資料』に記載する方針だ」と、やはり正対しない回答だった。
このため都民らは7月8日、正式な請願として再々質問を提出。狭義の教育委員の会議で審議するよう強く求めている。
『マスコミ市民 8月号』(2021年8月)
~偏向『教科書調査研究資料』ノーの請願、都民が提出 (『マスコミ市民』)
永野厚男(教育ジャーナリスト)
「えーっ! 公的機関の文書なのに、〝神武(じんむ)天皇〟や天照(あまてらす)大神(おおみかみ)を『人間』だって言ってる!」。
東京都教育委員会が5月31日、都内で開催した東京都教科用図書選定審議会を、傍聴した都民らが驚きの声を上げた。
都教委が配布した『教科書調査研究資料』なる冊子の11頁において、
..イザナキの命(みこと)・イザナミの命・天照大神(アマテラスオオミカミ)・ツクヨミの命・スサノオの命・オオクニヌシの神(大国主神)・ニニギの命・ホオリの命・ウガヤフキアエズの命・神武天皇(カムヤマトイワレヒコの命)・タケミカズチの神(建御雷神)..といった、完全に神話の世界の11の物体(科学的・生物学的に人間でない)を、「歴史上の人物名」として列挙し、明記しているのだ。
◆ 〝採択権者〟の教育委員は全教科の教科書を読み込めるか?
この都教委の事案を巡る経緯・問題点等を詳述する前に、小中学校の教科書が児童・生徒の手に渡るまでの手順>を説明する(採択システムが小中と違う高校は、本稿では省略)。
文科省が「各学校の教育課程編成に大綱的基準として法的拘束力がある」と主張している学習指導要領を、概ね10年周期で改訂する(3月下旬公表するケースが多い。その後、6から7月の文科省主催の改訂指導要領中央説明会以降、〝周知・徹底〟)のを受け、各教科書会社は教科書を編集する。執筆するのは多くが現・元の大学や教育現場の教員らだ。
そして翌年4月、文科省に検定を申請(申請時は白表紙本と言って、会社名を記さず、表紙には受理番号のみを記す)。
文科省は1年弱かけ検定し、翌年3月に検定結果を公表する。その検定の過程で、誤った記述等に検定意見を付け、教科書会社が修正し、最終的に同省の教科書検定審議会のOKが得られれば合格となる。
その3月の検定結果公表を受け、教科書会社は会社名等を入れた見本本を印刷し、4月末~5月上旬に各都道府県・区市町村の教育委員会に送付(部数の上限は2021年3月30日付文科省・瀧本寛(ゆたか)初等中等教育局長通知で、都道府県は15部、指定都市は17部、市町村は5部と決まっている)。
ここから採択に向けての準備作業に入る。都道府県教委は、指導主事や選抜した小中教員に各教科書会社の見本本を調査・研究させ、『教科書調査研究資料』を作成する。
区市町村教委の方は、筆者が東京の一部区市や教員に取材したところ、各校から選んだ校長らを含む教職員に各教科書会社の見本本を調査・研究させ、各社を比較し特徴を記述した資料を作成している。
前述通り見本本の部数に限りがあるので、各校に全教科の見本本のセットを短期間ずつ回覧させ、各社の内容・構成の特徴を報告させている市もあった。
そして舞台は、文科省や都教委等、権力側が「採択権者(じゃ)だ」と主張する、狭義の意味での合議体の教育委員会に移る。
その教育委員ら(教育長含め5名が多い)は、「皆で何回か全社の見本本を読み、しっかり調査研究している」とは言う。
しかし実際はどうか? 2020年7~8月の中学校用の採択では、社会の歴史だけでも7社あり、かつ採択期限は教科書無償措置法施行令第14条が「当該教科用図書を使用する年度の前年度の八月三十一日までに行わなければならない」と規定しているから、全教育委員が全教科・全社の見本本をじっくり読み込み、隈(くま)なく理解し採択することは、時間的・体力的・能力的に不可能であろう。
だから、東京だけでなく他の県や市も含め取材すると、教育委員の多くは全教科書を読み込めず、各都道府県教委作成の『教科書調査研究資料』や区市町村教委作成の資料を頼りに、教委事務局の原案通り採択してしまっている自治体が、少なくなかった(それゆえ、「〝素人(レイマン)〟の教育委員ではなく、実際に教科書を使う学校現場の教員の希望する教科書を採択すべし」と言う専門家は多く、筆者もこれに共感する)。
ともあれ以上の通り、小中学校の教科書は「編集→検定→採択→使用開始」と、4年周期であり、17年3月の指導要領改訂後、中学校の教科書は「20年3月に検定合格公表→20年夏採択→今年(21年)4月、既に使用開始」となっている。
◆ 都教委の『教科書調査研究資料』が「追補版」である理由
このように中学校の新しい教科書は全国で使用開始になったばかりなのに、文科省の神山(かみやま)弘教科書課長は3月30日、「歴史教科書のみ、採択権者の判断により採択替えすることも可能である」という趣旨の通知を、各都道府県教委の教科書担当の課長宛、発出してしまった。
この異例の通知発出の理由は、こうだ。改憲政治団体・日本会議系のメンバーらが執筆する育鵬(いくほう)社〝教科書〟と分裂後の、〝新しい歴史教科書をつくる会〟のメンバーら執筆の自由社〝教科書〟は、文科省が20年3月に公表した検定結果で、欠陥箇所が405か所。即、不合格となり再申請した(本誌20年11月号の拙稿も参照)。
その自由社は、今度も83か所の検定意見が付いたが、同社がこれに従い全て修正したため、文科省が21年3月に公表した検定結果で、合格となった。
冒頭の冊子の正式名称は、『令和4.6年度使用 教科書調査研究資料(中学校)《社会(歴史的分野)追補版》』(以下、『資料』と略記。都教委のHPで見られる)だ。「追補版」とあるのは、こういう経緯で1年遅れの自由社〝教科書〟だけ〝調査・研究〟したからだ。
◆ ナショナリズム・政治色の濃い都教委流〝研究資料〟
『教科書調査研究資料』を作成し、区市町村教委に送付する(東京は今年は6月中旬、HP・URLをメール)法的根拠を都教委は、教科書無償措置法第10条の「都道府県の教育委員会は、当該都道府県内の義務教育諸学校において使用する教科用図書の採択の適正な実施を図るため、義務教育諸学校において使用する教科用図書の研究に関し、計画し、及び実施するとともに、市町村の教育委員会及び義務教育諸学校の校長の行う採択に関する事務について、適切な指導、助言又は援助を行わなければならない」にある(下線は筆者)、と主張する。
しかし、純粋な意味での「調査・研究」ではなく、児童・生徒にナショナリズム等、特定の思想をindoctrination(教化)しようとする意図がある。
その理由・証拠は次の3点の通りだ。
1 『資料』1頁は、全教科に跨またがる「2 令和4.6年度使用教科書調査研究の視点」の冒頭、「平成18年に改正された教育基本法においては、教育の理念として、公共の精神を尊ぶこと、環境の保全に寄与すること、伝統と文化を尊重し、それらを育んできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与することが新たに規定された」と明記。
しかし、第1次安倍政権が改悪したこの教育基本法は、前文で「個人の尊厳を重んじ」と明記した上で、第2条(教育の目標)の第2号でも「個人の価値を尊重して」と規定している。教育基本法がこのように「個人の尊重」を2度繰り返しているのは、「すべて国民は、個人として尊重される」と規定した日本国憲法第13条を、あの安倍政権でさえ、無視できなかったからであろう。
ところが都教委は、この教育基本法前文の「個人の尊厳を重んじ」より後に「を尊び」という文言で、また第2条の第3号に「に基づき」という文脈で出てくる〝公共の精神〟なるものと、〝我が国・・・を愛する態度〟と称する国家主義色の濃い文言に、異常に偏重し『資料』に隈なく載せている。
現憲法は戦前・戦中への反省から、〝愛国心〟強制の文言は排除しており、〝愛国心〟は憲法上の根拠はなく、改悪教育基本法に1回出ているだけだ。だが『資料』は、国家主義や〝公共〟(〝公共心〟は3頁の【参考】の項でも「東京都教育委員会の基本方針1」を引用し強調)を偏重するあまり、憲法・教育基本法の肝きもである「個人の尊重」に全く言及していないのだ。都教委の官僚は、個人より〝国家〟の方を重視する特異な思想集団だ、と言わざるを得ない。
2 『資料』はこの後、社会・歴史的分野の〝調査〟の6頁で、指導要領の「社会科の目標」を丸写しする中で、「我が国の国土や歴史に対する愛情、国民主権を担う公民として、自国を愛し」を明示。続けて指導要領の「歴史的分野の目標」も丸写しし、「我が国の歴史に対する愛情、国民としての自覚」も明記。〝愛国心〟の執拗な〝押し売り〟だ。
『資料』は続けて、8頁の「調査項目の具体的な内容」に、①領土問題、②国旗・国歌の扱い、③神話・伝承、④北朝鮮による拉致問題、⑤防災や自然災害の扱い、⑥五輪の扱い等を明記した(⑤は自衛隊の記述も調査)。
これら調査項目の都教委流の〝設定理由〟については、『週刊金曜日』2019年7月26日号の拙稿で分析・批判した。ネットで見られるので、よろしければご覧頂きたい。3 冒頭に指摘した通り、『資料』11頁は、完全に神話の世界の11の物体(科学的・生物学的に人間でない)を、「歴史上の人物名」として明記した。
更に『資料』10頁のbは、この11の物体を「取り上げられている歴史上の人物の数」の「古代までの日本」の欄にカウントし、その数を106から117に膨れ上がらせ、〝数字の水増し〟を強行。自由社の歴史〝教科書〟が古代史において、いかにも多く〝人物〟を掲載しているかのように、見せかけている。
ゆえに都教委の「調査・研究」の中には、科学的ではなく、前述通り、児童・生徒に特定の思想をindoctrinationしようと謀むものがある。
◆ 〝神武天皇〟等〝神話〟記述、『資料』に載せるな、都民が請願
『資料』はこの10・11頁の他、前記「調査項目の具体的な内容」の③の〝神話・伝承〟に当たる記述内容を、24頁において自由社〝教科書〟から、(筆者が大括りにして計算しただけで)10か所も書き写している。
その記述は、「以上のほか、日本には皇紀があります。日本書紀に書かれた初代・神武天皇が即位したとされる伝説上の年を元年とする年の数え方で、皇紀元年は西暦紀元前660年にあたります。(P10)」等、すさまじい復古調が目立つ。読者の皆さんはできれば都教委のHPで見て頂きたい。
ところで、筆者が自由社〝教科書〟を調査・研究したところ、〝神話・伝承〟について、都教委が『資料』に書き漏らしている2箇所を見付けたので、次に抜き出す(「P」は自由社の頁数)。
△P19→「登場人物紹介コーナー、小学校で学んだ人物を中心に紹介」という表の「古代までの日本」の所で、「神話上の」人物 アマテラスオオミカミ」、「伝説上の人物 神武天皇 皇統譜で初代天皇とされる」と明記している。
※ここは、〝神武天皇〟については白表紙本では、「初代天皇とされる」とストレートに書いていたので、文科省が不適切だと判断し、「生徒にとって理解し難いた表現である」等の検定意見を付し、自由社側が「皇統譜で」を加筆修正した箇所である。
△P289→「課題4」という箇所で、「神話に見られる古代人の思想や、一揆、武士道の精神などを通して、日本人の社会や組織がどのような特徴をもっているのか、意見を出し合いましょう」と記述している。
※都教委は〝神話・伝承〟は古代史にしか書いていないと思い込み、〝調査・研究〟の手を緩めたのかもしれないが、自由社の神話への思い入れはすさまじく、古代史以外の箇所でも言及しているのだ。
ところで、研究者ら都民は6月に2回、「天照大神等、人間ではない実在しない11個の物体を、『資料』の『歴史上の人物』の欄に挙げた基準・理由」を都教委指導部管理課に電話質問。
だが7月2日、同課は「教科書(今回は自由社だけ)に記載された人物名を抽出・整理し、時代区分に分け、『資料』に記載した」と答えるに留まった。
このため都民らは「掲載する経緯の説明ではなく理由を」と再質問。その際、「〝神武天皇が即位した〟とする紀元前660年は縄文時代であり、天皇制はない。保守系の人たちが1代目の天皇だと言う〝神武〟から〝10代目〟くらいまでは、全部平均百数十歳まで生きないと計算が合わないが、現代の医学でも、〝10代目〟まで全てが百数十歳まで生きることは不可能だ」という事実を踏まえ、質問に正対した回答を、と再質問。
だが同課は7月5日、「2日の回答の上に補足で、仮に神話・伝承上の人物が『誰、又は何』であるからといって、『資料』に入れたり入れなかったりすると、恣意的になり得ると考える。教科書に書いているものは(神話・伝承上の人物であっても)『資料』に記載する方針だ」と、やはり正対しない回答だった。
このため都民らは7月8日、正式な請願として再々質問を提出。狭義の教育委員の会議で審議するよう強く求めている。
『マスコミ市民 8月号』(2021年8月)
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