◇ 携帯電話と脳腫瘍の因果関係
~ひとつの研究結果にふたつの結論
先日発表された、携帯電話と脳腫瘍の関係を探る研究。しかし視点をどこに置くかで、結論はまったく逆になってしまう。
WHO(世界保健機関)主導で、日本も含む13ヶ国が共同で携帯電話と脳腫瘍の関係を調べた国際研究結果が公表された。
「携帯電話ヘビーユーザーで発がんリスク」(英『タイムズ』紙5月16日)
「携帯で発がん、確認できず」(共同通信5月18日)
同じ研究を報道した記事だが、まったく逆の見出しだ。はたしてどちらが正しいのか?
この研究はWHOの中の国際がん研究機関(IARC)が進めていた、インターフォン研究と呼ばれているものだ。
直接ヒトへの影響を調べる疫学研究で、2000年から04年の間に脳腫瘍を患った人のグループと健康な人のグループを対象にして、過去の携帯電話の使用の有無や使用頻度の割合に差があるかを調べたものである。
論文の結論は以下の通り。
「全体的には、携帯電話の使用による脳腫瘍(神経膠腫と髄膜腫)のリスクの増加は観察されないが、累積通話時間の最も多いレベルで、神経膠腫のリスクの増加が示唆された。しかし統計的偏り(バイアス)と誤差のため限界があり、因果関係があるとまでは解釈できない」
何ともあいまいな結論だが、そもそもこの研究は、内部の研究者の間で意見の対立があり、発表が四年もずれ込んでしまったといういわくつきの研究である。
結局、どちらの意見も反映する形での結論となっているため、こうした玉虫色の内容になっている。
「ヘビーユーザーにリスクの増加が示唆された」という部分に重点を置くとリスクがありそうだという判断ができるし、「バイアスと誤差」を重視すると証拠は不十分という判断になる。
冒頭の二つの記事の見出しの違いは、視点の置きどころの違いということになる。まさに白黒はっきりしない灰色のリスクだ。
電波産業会という業界団体はこの研究に関して、「これまでと同様に携帯電話の電波によって健康影響が生じることはなく、安心して携帯電話をご利用いただけると考えています」というプレスリリースを出している。
しかし、国際がん研究機関の記者会見では、クリストファー・ワイルド長官は「安全と結論付けるのは時期尚早だ」と、安易な安全宣言にはくぎを刺すコメントをしている。
また研究責任者のエリザベス・カルディス博士は記者会見の中で、「リスクが増加するということの証明には不十分だが、逆にリスクがないということも証明していない」とコメント。
さらに「この研究でヘビーユーザーとされたグループの累積通話時間は1640時間で、それを10年にならすと、日当たり30分の通話時間にしかならない。今やほとんどの携帯ユーザーはヘビーユーザー並みの通話をしている」と指摘する。
つまり、もしこの研究で示唆されたヘビーユーズでのリスクが本当ならば、われわれの多くが影響を受けるということだ。
同博士は携帯電話の使い方について記者からの質問に、「イアホンマイクを使うとか、通話を減らしメールにするとか、暴露を減らす手段を取っておくのは合理的だと思う」とアドバイスしている。携帯電話の場合、使い方を少し工夫することによって、リスクがあったとしても減少させることが、可能ということだ。できる範囲で気をつけることが大切だと思う。
『週刊金曜日』2010.7.9(806号)
~ひとつの研究結果にふたつの結論
植田武智(科学ジャーナリスト)
先日発表された、携帯電話と脳腫瘍の関係を探る研究。しかし視点をどこに置くかで、結論はまったく逆になってしまう。
WHO(世界保健機関)主導で、日本も含む13ヶ国が共同で携帯電話と脳腫瘍の関係を調べた国際研究結果が公表された。
「携帯電話ヘビーユーザーで発がんリスク」(英『タイムズ』紙5月16日)
「携帯で発がん、確認できず」(共同通信5月18日)
同じ研究を報道した記事だが、まったく逆の見出しだ。はたしてどちらが正しいのか?
この研究はWHOの中の国際がん研究機関(IARC)が進めていた、インターフォン研究と呼ばれているものだ。
直接ヒトへの影響を調べる疫学研究で、2000年から04年の間に脳腫瘍を患った人のグループと健康な人のグループを対象にして、過去の携帯電話の使用の有無や使用頻度の割合に差があるかを調べたものである。
論文の結論は以下の通り。
「全体的には、携帯電話の使用による脳腫瘍(神経膠腫と髄膜腫)のリスクの増加は観察されないが、累積通話時間の最も多いレベルで、神経膠腫のリスクの増加が示唆された。しかし統計的偏り(バイアス)と誤差のため限界があり、因果関係があるとまでは解釈できない」
何ともあいまいな結論だが、そもそもこの研究は、内部の研究者の間で意見の対立があり、発表が四年もずれ込んでしまったといういわくつきの研究である。
結局、どちらの意見も反映する形での結論となっているため、こうした玉虫色の内容になっている。
「ヘビーユーザーにリスクの増加が示唆された」という部分に重点を置くとリスクがありそうだという判断ができるし、「バイアスと誤差」を重視すると証拠は不十分という判断になる。
冒頭の二つの記事の見出しの違いは、視点の置きどころの違いということになる。まさに白黒はっきりしない灰色のリスクだ。
電波産業会という業界団体はこの研究に関して、「これまでと同様に携帯電話の電波によって健康影響が生じることはなく、安心して携帯電話をご利用いただけると考えています」というプレスリリースを出している。
しかし、国際がん研究機関の記者会見では、クリストファー・ワイルド長官は「安全と結論付けるのは時期尚早だ」と、安易な安全宣言にはくぎを刺すコメントをしている。
また研究責任者のエリザベス・カルディス博士は記者会見の中で、「リスクが増加するということの証明には不十分だが、逆にリスクがないということも証明していない」とコメント。
さらに「この研究でヘビーユーザーとされたグループの累積通話時間は1640時間で、それを10年にならすと、日当たり30分の通話時間にしかならない。今やほとんどの携帯ユーザーはヘビーユーザー並みの通話をしている」と指摘する。
つまり、もしこの研究で示唆されたヘビーユーズでのリスクが本当ならば、われわれの多くが影響を受けるということだ。
同博士は携帯電話の使い方について記者からの質問に、「イアホンマイクを使うとか、通話を減らしメールにするとか、暴露を減らす手段を取っておくのは合理的だと思う」とアドバイスしている。携帯電話の場合、使い方を少し工夫することによって、リスクがあったとしても減少させることが、可能ということだ。できる範囲で気をつけることが大切だと思う。
『週刊金曜日』2010.7.9(806号)
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