● 瀬古利彦氏都教委就任発言のでたらめ
-問題点を指摘できない各紙記者の怠慢-
全国紙各紙○八年一月一〇日朝刊東京版 『世界日報』同日総合面
マラソンの実績で知られる瀬古利彦氏に、東京都教育委員の辞令が一月九日、石原慎太郎都知事から交付された。任期は四年間。
全国紙各紙は、都内版で瀬古氏のスポーツを通じた教育への抱負を紹介している。
さらに『朝日』は、ベタ記事ながら同氏が「日本オリンピック委員会理事もしているので招致活動もしていきたい」と述べた上で、「君が代」斉唱時に不起立の教員を次のように批判した旨紹介した。
「個人としては五輪に行って日の丸を見て泣いた。五輪に連れて行って日の丸がのぼるところを見せてあげたい」と。
「日の丸・君が代」の学校への強制徹底と五輪誘致世論形成への学校教育利用という意図が、この人事からは、露骨に読みとれる。
一方、同日の『世界日報』は、次のように伝えた。
「個人としては、日の丸を見たら涙がいつも出てくる。日の丸を見て国歌を聞いて泣かない人は私には考えられない」「オリンピックに連れて行き、日の丸が揚がる姿を見てもらいたい。そうしたら変わります」と。
● 五輪憲章に違反の発言
自分の感性を他者に強要することに疑問を持たない人物が、教師どころか教育委員に就任したことになる。
しかも瀬古氏の発言は、五輪の表彰式や開閉会式の旗と歌が、国旗`国歌ではなく選手団の旗と歌にすぎないと五輪憲章が改定された(一九八四年施行)事実に反し、不勉強だ。
憲章改定の主旨は、個人とチームの技の競い合いの基本理念が国別のメダル争いの過熱で歪むのを防ぐためだった。
憲章の規定を無視し、基本理念を歪める人物に大きな顔をさせる石原都政に東京大会誘致の資格があるとは思えない。
それに、選手団の旗でしかない「日の丸」を、五輪の場でも同じ絵柄だから国旗とみなせと主張することは、別の絵柄の旗を登録した選手団への差別でもある。五輪には王族も一般人も競技場では同等対等という基本理念がある。
元首相の細川護熙氏は、熊本県知事時代の冬季国体にスキーの県代表選手として参加したが、そこでは一選手にすぎなかった。瀬古氏の発想では、競技の場でも細川氏を知事として別扱いにしろというに等しい。それに五輪表彰式で起立を求めるのは選手への敬意表明であって「国旗」へではない。
瀬古氏の発想では、学校外での保護者の社会的地位や身分の差が、学校内に導入されるのを防げない。えこひいきは、いじめを誘発する。瀬古氏は前任の米長邦雄氏同様、教育委員に不適格だ。
この三月には、卒業式での不起立教員にいよいよ解雇処分発令かと、懸念されている。さらに八月には北京五輪があるのに、問題点指摘の基本的事実認識が、各紙の記事では読みとれない。記者には五輪憲章の学習を求めたい。
(たかしまのぶよし・琉球大学教授。)
『週刊金曜日』2008/1/25 №687「メディア・ウオッチング」
-問題点を指摘できない各紙記者の怠慢-
高嶋伸欣
全国紙各紙○八年一月一〇日朝刊東京版 『世界日報』同日総合面
マラソンの実績で知られる瀬古利彦氏に、東京都教育委員の辞令が一月九日、石原慎太郎都知事から交付された。任期は四年間。
全国紙各紙は、都内版で瀬古氏のスポーツを通じた教育への抱負を紹介している。
さらに『朝日』は、ベタ記事ながら同氏が「日本オリンピック委員会理事もしているので招致活動もしていきたい」と述べた上で、「君が代」斉唱時に不起立の教員を次のように批判した旨紹介した。
「個人としては五輪に行って日の丸を見て泣いた。五輪に連れて行って日の丸がのぼるところを見せてあげたい」と。
「日の丸・君が代」の学校への強制徹底と五輪誘致世論形成への学校教育利用という意図が、この人事からは、露骨に読みとれる。
一方、同日の『世界日報』は、次のように伝えた。
「個人としては、日の丸を見たら涙がいつも出てくる。日の丸を見て国歌を聞いて泣かない人は私には考えられない」「オリンピックに連れて行き、日の丸が揚がる姿を見てもらいたい。そうしたら変わります」と。
● 五輪憲章に違反の発言
自分の感性を他者に強要することに疑問を持たない人物が、教師どころか教育委員に就任したことになる。
しかも瀬古氏の発言は、五輪の表彰式や開閉会式の旗と歌が、国旗`国歌ではなく選手団の旗と歌にすぎないと五輪憲章が改定された(一九八四年施行)事実に反し、不勉強だ。
憲章改定の主旨は、個人とチームの技の競い合いの基本理念が国別のメダル争いの過熱で歪むのを防ぐためだった。
憲章の規定を無視し、基本理念を歪める人物に大きな顔をさせる石原都政に東京大会誘致の資格があるとは思えない。
それに、選手団の旗でしかない「日の丸」を、五輪の場でも同じ絵柄だから国旗とみなせと主張することは、別の絵柄の旗を登録した選手団への差別でもある。五輪には王族も一般人も競技場では同等対等という基本理念がある。
元首相の細川護熙氏は、熊本県知事時代の冬季国体にスキーの県代表選手として参加したが、そこでは一選手にすぎなかった。瀬古氏の発想では、競技の場でも細川氏を知事として別扱いにしろというに等しい。それに五輪表彰式で起立を求めるのは選手への敬意表明であって「国旗」へではない。
瀬古氏の発想では、学校外での保護者の社会的地位や身分の差が、学校内に導入されるのを防げない。えこひいきは、いじめを誘発する。瀬古氏は前任の米長邦雄氏同様、教育委員に不適格だ。
この三月には、卒業式での不起立教員にいよいよ解雇処分発令かと、懸念されている。さらに八月には北京五輪があるのに、問題点指摘の基本的事実認識が、各紙の記事では読みとれない。記者には五輪憲章の学習を求めたい。
(たかしまのぶよし・琉球大学教授。)
『週刊金曜日』2008/1/25 №687「メディア・ウオッチング」
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