《子どもはもういない》第5回 市場化される子どもたち
◆ よい市民づくり 学校支援地域本部にご用心!(下)
◆ 品川は米国発のプログラム
こうした環境下なら企業や経済活動への親和性を持つ子は増える。新たな市場の可能性を生み、新自由主義を信奉する市民の下地にもなる。
東京都品川区は企業と協力して独自の市民教育をはじめた。教育特区を使い、道徳、特活、総合的な学習の時間を統合して「社会を生きるために必要なことを教え込む市民科を創設」(品川区教育委員会指導課の和氣正典小中一貫教育担当主査)。小学一年生で七〇時間、中学二年生以上は最大一四〇時間もの授業数だ。
特区の申請者はことあるごとに「国家(公共)に頼らず、社会に自立・自発的に参画し、自己責任を取ることができる市民づくりが大切」と強調してきた品川区の若月秀夫教育長。認可したのは新自由主義を推し進めた小泉元首相だ。
「こうして創設された市民科が育成する①道徳的実践能力、②社会的スキル、③社会的な知識は、日本経済団体連合会(経団連)が文書で示した『産業界が求める人材が持つべき能力』とぴったりと重なる」(教育研究者の金子隆弘氏)
さらに経団連は市民科を「教育現場の新しい挑戦、独創的な取り組み」と絶賛。アメリカ発の世界最大の経済教育団体ジュニア・アチーブメント(日本本部の理事長は日本IBMの椎名武雄最高顧問)のプログラムを使う市民科の授業に、大手企業も協力を惜しまない。
品川区の教師らは「今の社会を肯定し、社会が抱える問題などを考え直す内容になっていない」(中学校)、「教科書を開いた途端、求められている答えがわかり自分で考えない」(小学校)と、市民科が子どもの能力を育てるものでないことを指摘する。
品川区の中学一年生は、「学級会もなく、クラスの問題や行事について話し合う時間もない。『自由に話し合いなさい』と言うが、先生と同じ意見の子ばかり指して、違う意見は聞き入れてくれない」と言う。
しかし、そうやって子どもの持つ能力を封印し鋳型にはめることこそ市民科の目的なのだ。ただし、”よき”市民が育つかどうかは疑問だ。
「みんな市民科に書いてある内容も、物事の善し悪しもわかっている。強制しようとするから余計にやりたくなくなる。だけど、とりあえず学校ではやってるポーズを見せておいて本音は隠す」(品川区の中学二年生)
別の中学校教師は言う。
「勉強ばかりで学校は苦しみの場。人と人との触れ合いがなくなり、保護者も子どもも教師を信用しなくなった。学級崩壊が増え、小学校低学年から”荒れ”がはじまっている」
◆ 社会総がかりで市民教育
この春には、社会全体での市民づくりが本格化した。「社会総がかりでの教育再生」を謳った安倍前政権が「改正」した教育基本法では家庭、地域、その他の関係者による連携を条文化(一三条)。今年三月には、新自由主義的な国家体制に"帰依"する愛国教育を実現すべく学習指導要領が改定された。
地域では約五〇億円をかけた学校支援地域本部事業がスタート。"地域の人材を活用して地域全体で学校教育を支援し、教員の負担を軽減すること"が目的で、今年度中に保護者ボランティアなどによる学校支援地域本部(本部)を全国に、八〇〇カ所(中学校区単位)つくる予定だ。
事業費が下りるのは教師を支援する教育"内"活動だが、費用外で本部が教育"外"活動を行なうことはかまわない。無償(ボランティア)ならば、本部が地域外の企業に教育"内"活動を頼むことも可能だ。条件さえ満たせば、学習塾が公立学校の授業で受験対策を行なうこともできるし、特定の企業が企業理念を授業で教えることもできてしまう。
「地域のニーズを吸い上げて教育力を高める」というのも建前で、実際には教育委員会が主導。「上からの」地域参加を促す。
都内中学校のPTA役員は、言う。「PTAの情報交流会で都の教育委員会から『地域活動に金が出るので協力しほと頼まれたが、その内容は『補習や英検対策、部活の指導などの教師の支援』と説明された」
活動主体も内容も、責任の所在もあいまい。東京都教育庁地域教育支援部生涯学習課の矢内正孝課長補佐は「最終判断をするのは設置校区の校長」と言い、文科省生涯学習政策局社会教育課地域学校支援推進室の出口寿久室長補佐は「自治体が責任を負う」と言う。しかし、事業の募集・選考を行なうのば文科省だ。
そんな本部でのボランティアに手を挙げるのはだれか。「退職する段階の世代や地域のお年寄りなどを想定」(出口氏)と言うが、すでにはじまっている文科省の放課後子ども教室推進事業を見れば推測できる。
「週に二回以下しか開催していない放課後教室が約八〇%にもなる。結局、毎日ボランティアをしてくれる地域の人材がいない」(全国学童保育連絡協議会の真田祐事務局次長)
そんな本部をだれがどう動かすかは和田中を見るとわかる。藤原前校長は保護者などでつくる任意団体・地域本部を受け皿に、塾講師などが授業をする英検対策や土曜寺子屋(ドテラ)、ゲーム機のニンテンドーDSを使った「ドテラ・ジュニア」(和田中への入学予定小学生が対象)など企業の入口をつくってきた。夜間塾「夜スペシャル」では、下位成績者向けに「家庭教師のトライ」で知られるトライグループも参入する。
そんな和田中には、学校長の人事権を持つ学校運営協議会(協議会)があるが、そこには協力者としてニンテンドーDSの教材ソフト会社・IEインスティテユートや「よのなか科」事務局を務める(株)キャリアリンク、(財)日本英語検定協会などの人物が並ぷ(○八年三月現在)。
藤原氏が校長を退いた今、かつて藤原氏と和田中PTA広報がつくるホームページから入れた「最強の学校支援本部のつくり方」は現在、㈱キヤリアリンクのサイトで読める。藤原氏の言うとおり、和田中は「外部(企業、筆者注)のエネルギーをどこまで取り込むことができるのかのショールーム」(「和田中の先生方に心得ておいていただきたいこと」)だ。
余談だが、和田中に関係する㈱キャリアリンク、ドテラ・ジュニア実行委員会、杉並区は文科省初等中等教育局が過去最大規模の予算(一五億円)をつけた「義務教育の新しい『ヒト』『モノ』『カネ』の在り方を目指すかってない研究」である「新教育システム開発プログラム」にそれぞれ選ばれているし、和田中の協議会には文科省の役人も入っていた。
ほかの学校でも和田中並の企業参入が実現するかは不明だが、少なくとも文科省が和田中を一つのモデルと考えていることは間違いない。
杉並区の元PTA役員は言う。
「地域本部には、杉並区からの公費のほか出元のわからない寄付金もある。決算報告はなく、地域本部がどう使っているかは不明。みんな疑心暗鬼だ。ずっと手弁当で住民が学校を助けてきた土地柄だったのに、地域本部のおかげで地域はバラバラ」
◆ 第2の秋葉原通り魔事件も
「利益を生まない場所に企業は参入しない」のが企業の「社会貢献」の実像。その証拠に待機児童が増え、「社会貢献」を必要とする学童保育に参入する企業はほとんどない。
「学童保育の指導員はもともと非正規がほとんど。年収は低く一五〇万円未満が五〇%を超え、三〇〇万円以上の割合は九%程度。保育園のように人件費を抑えて収益をあげることは無理」(前出の真田氏)
こうした事実にふたをし、国が次に用意するのは今後一〇年間を通じて教育の目指すべき姿や実現するために今後五年間で取り組むべき施策などを示す教育振興基本計画だ。
同計画について中央教育審議会は「学力や体力の向上や責任ある社会の一員として自立して生きていくための基礎となる力を育てる」などと答申(〇八年四月)、教育再生会議のフォローアップ機関である教育再生懇談会は「幼児期からの教育に力を入れ、地域ぐるみで子どもを育てる仕組みを今後五年間で全小中学校区につくる」などと提言(〇八年五月)。
教育再生懇談会委員には品川区の若月教育長のほか、教育改革国民会議のメンバーで今回の新指導要領をまとめた中央教育審議会教育課程部会の田村哲夫副部会長もいる。
財界が後押しする「幼保一元化」の施策、認定こども園がスタートし、「改正」教育基本法に幼児教育(一一条)が入り「文科省管轄の幼稚園と厚労省管轄の保育所はさらに近づく部分も増えていく」(厚生労働省雇用均等・児童家庭局保育課の伊藤経人課長補佐)。保育指針が大臣告示となり強制力が強まる中、幼児期からの市民教育もさかんになるだろう。
しかし、経済発展の市民づくりは必ず失敗する。人々は市場で通用する人間かどうかで振り分けられ、"不良品"は地域や仲間から分断され、根なし草となる。"負け組"の烙印を押された者は人とつながる可能性も奪われ、携帯電話など、自分を見捨てない何かに居場所を求める。
多くはそうやって分に応じた一生を送るが、中にはそんなところへと追い込んだ社会への復讐を企てる者もいる。市場化された子どもたちは、第二、第三の秋葉原通り魔事件を引き起こす危険性をはらんでいる。
(注)東京都独自の制度。地価が高いなど都市部の事情に合わせて「国の認可」よりも低い保育基準が設定されている。
きづき ちあき・ジャーナリスト。DCIの機関誌『子どもの権利モニター』編集長。
『週刊金曜日』(2008/7/4 709号)
◆ よい市民づくり 学校支援地域本部にご用心!(下)
◆ 品川は米国発のプログラム
こうした環境下なら企業や経済活動への親和性を持つ子は増える。新たな市場の可能性を生み、新自由主義を信奉する市民の下地にもなる。
東京都品川区は企業と協力して独自の市民教育をはじめた。教育特区を使い、道徳、特活、総合的な学習の時間を統合して「社会を生きるために必要なことを教え込む市民科を創設」(品川区教育委員会指導課の和氣正典小中一貫教育担当主査)。小学一年生で七〇時間、中学二年生以上は最大一四〇時間もの授業数だ。
特区の申請者はことあるごとに「国家(公共)に頼らず、社会に自立・自発的に参画し、自己責任を取ることができる市民づくりが大切」と強調してきた品川区の若月秀夫教育長。認可したのは新自由主義を推し進めた小泉元首相だ。
「こうして創設された市民科が育成する①道徳的実践能力、②社会的スキル、③社会的な知識は、日本経済団体連合会(経団連)が文書で示した『産業界が求める人材が持つべき能力』とぴったりと重なる」(教育研究者の金子隆弘氏)
さらに経団連は市民科を「教育現場の新しい挑戦、独創的な取り組み」と絶賛。アメリカ発の世界最大の経済教育団体ジュニア・アチーブメント(日本本部の理事長は日本IBMの椎名武雄最高顧問)のプログラムを使う市民科の授業に、大手企業も協力を惜しまない。
品川区の教師らは「今の社会を肯定し、社会が抱える問題などを考え直す内容になっていない」(中学校)、「教科書を開いた途端、求められている答えがわかり自分で考えない」(小学校)と、市民科が子どもの能力を育てるものでないことを指摘する。
品川区の中学一年生は、「学級会もなく、クラスの問題や行事について話し合う時間もない。『自由に話し合いなさい』と言うが、先生と同じ意見の子ばかり指して、違う意見は聞き入れてくれない」と言う。
しかし、そうやって子どもの持つ能力を封印し鋳型にはめることこそ市民科の目的なのだ。ただし、”よき”市民が育つかどうかは疑問だ。
「みんな市民科に書いてある内容も、物事の善し悪しもわかっている。強制しようとするから余計にやりたくなくなる。だけど、とりあえず学校ではやってるポーズを見せておいて本音は隠す」(品川区の中学二年生)
別の中学校教師は言う。
「勉強ばかりで学校は苦しみの場。人と人との触れ合いがなくなり、保護者も子どもも教師を信用しなくなった。学級崩壊が増え、小学校低学年から”荒れ”がはじまっている」
◆ 社会総がかりで市民教育
この春には、社会全体での市民づくりが本格化した。「社会総がかりでの教育再生」を謳った安倍前政権が「改正」した教育基本法では家庭、地域、その他の関係者による連携を条文化(一三条)。今年三月には、新自由主義的な国家体制に"帰依"する愛国教育を実現すべく学習指導要領が改定された。
地域では約五〇億円をかけた学校支援地域本部事業がスタート。"地域の人材を活用して地域全体で学校教育を支援し、教員の負担を軽減すること"が目的で、今年度中に保護者ボランティアなどによる学校支援地域本部(本部)を全国に、八〇〇カ所(中学校区単位)つくる予定だ。
事業費が下りるのは教師を支援する教育"内"活動だが、費用外で本部が教育"外"活動を行なうことはかまわない。無償(ボランティア)ならば、本部が地域外の企業に教育"内"活動を頼むことも可能だ。条件さえ満たせば、学習塾が公立学校の授業で受験対策を行なうこともできるし、特定の企業が企業理念を授業で教えることもできてしまう。
「地域のニーズを吸い上げて教育力を高める」というのも建前で、実際には教育委員会が主導。「上からの」地域参加を促す。
都内中学校のPTA役員は、言う。「PTAの情報交流会で都の教育委員会から『地域活動に金が出るので協力しほと頼まれたが、その内容は『補習や英検対策、部活の指導などの教師の支援』と説明された」
活動主体も内容も、責任の所在もあいまい。東京都教育庁地域教育支援部生涯学習課の矢内正孝課長補佐は「最終判断をするのは設置校区の校長」と言い、文科省生涯学習政策局社会教育課地域学校支援推進室の出口寿久室長補佐は「自治体が責任を負う」と言う。しかし、事業の募集・選考を行なうのば文科省だ。
そんな本部でのボランティアに手を挙げるのはだれか。「退職する段階の世代や地域のお年寄りなどを想定」(出口氏)と言うが、すでにはじまっている文科省の放課後子ども教室推進事業を見れば推測できる。
「週に二回以下しか開催していない放課後教室が約八〇%にもなる。結局、毎日ボランティアをしてくれる地域の人材がいない」(全国学童保育連絡協議会の真田祐事務局次長)
そんな本部をだれがどう動かすかは和田中を見るとわかる。藤原前校長は保護者などでつくる任意団体・地域本部を受け皿に、塾講師などが授業をする英検対策や土曜寺子屋(ドテラ)、ゲーム機のニンテンドーDSを使った「ドテラ・ジュニア」(和田中への入学予定小学生が対象)など企業の入口をつくってきた。夜間塾「夜スペシャル」では、下位成績者向けに「家庭教師のトライ」で知られるトライグループも参入する。
そんな和田中には、学校長の人事権を持つ学校運営協議会(協議会)があるが、そこには協力者としてニンテンドーDSの教材ソフト会社・IEインスティテユートや「よのなか科」事務局を務める(株)キャリアリンク、(財)日本英語検定協会などの人物が並ぷ(○八年三月現在)。
藤原氏が校長を退いた今、かつて藤原氏と和田中PTA広報がつくるホームページから入れた「最強の学校支援本部のつくり方」は現在、㈱キヤリアリンクのサイトで読める。藤原氏の言うとおり、和田中は「外部(企業、筆者注)のエネルギーをどこまで取り込むことができるのかのショールーム」(「和田中の先生方に心得ておいていただきたいこと」)だ。
余談だが、和田中に関係する㈱キャリアリンク、ドテラ・ジュニア実行委員会、杉並区は文科省初等中等教育局が過去最大規模の予算(一五億円)をつけた「義務教育の新しい『ヒト』『モノ』『カネ』の在り方を目指すかってない研究」である「新教育システム開発プログラム」にそれぞれ選ばれているし、和田中の協議会には文科省の役人も入っていた。
ほかの学校でも和田中並の企業参入が実現するかは不明だが、少なくとも文科省が和田中を一つのモデルと考えていることは間違いない。
杉並区の元PTA役員は言う。
「地域本部には、杉並区からの公費のほか出元のわからない寄付金もある。決算報告はなく、地域本部がどう使っているかは不明。みんな疑心暗鬼だ。ずっと手弁当で住民が学校を助けてきた土地柄だったのに、地域本部のおかげで地域はバラバラ」
◆ 第2の秋葉原通り魔事件も
「利益を生まない場所に企業は参入しない」のが企業の「社会貢献」の実像。その証拠に待機児童が増え、「社会貢献」を必要とする学童保育に参入する企業はほとんどない。
「学童保育の指導員はもともと非正規がほとんど。年収は低く一五〇万円未満が五〇%を超え、三〇〇万円以上の割合は九%程度。保育園のように人件費を抑えて収益をあげることは無理」(前出の真田氏)
こうした事実にふたをし、国が次に用意するのは今後一〇年間を通じて教育の目指すべき姿や実現するために今後五年間で取り組むべき施策などを示す教育振興基本計画だ。
同計画について中央教育審議会は「学力や体力の向上や責任ある社会の一員として自立して生きていくための基礎となる力を育てる」などと答申(〇八年四月)、教育再生会議のフォローアップ機関である教育再生懇談会は「幼児期からの教育に力を入れ、地域ぐるみで子どもを育てる仕組みを今後五年間で全小中学校区につくる」などと提言(〇八年五月)。
教育再生懇談会委員には品川区の若月教育長のほか、教育改革国民会議のメンバーで今回の新指導要領をまとめた中央教育審議会教育課程部会の田村哲夫副部会長もいる。
財界が後押しする「幼保一元化」の施策、認定こども園がスタートし、「改正」教育基本法に幼児教育(一一条)が入り「文科省管轄の幼稚園と厚労省管轄の保育所はさらに近づく部分も増えていく」(厚生労働省雇用均等・児童家庭局保育課の伊藤経人課長補佐)。保育指針が大臣告示となり強制力が強まる中、幼児期からの市民教育もさかんになるだろう。
しかし、経済発展の市民づくりは必ず失敗する。人々は市場で通用する人間かどうかで振り分けられ、"不良品"は地域や仲間から分断され、根なし草となる。"負け組"の烙印を押された者は人とつながる可能性も奪われ、携帯電話など、自分を見捨てない何かに居場所を求める。
多くはそうやって分に応じた一生を送るが、中にはそんなところへと追い込んだ社会への復讐を企てる者もいる。市場化された子どもたちは、第二、第三の秋葉原通り魔事件を引き起こす危険性をはらんでいる。
(注)東京都独自の制度。地価が高いなど都市部の事情に合わせて「国の認可」よりも低い保育基準が設定されている。
きづき ちあき・ジャーナリスト。DCIの機関誌『子どもの権利モニター』編集長。
『週刊金曜日』(2008/7/4 709号)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます