《子どもはもういない》第5回 市場化される子どもたち(上)
◆ よい市民づくり 学校支援地域本部にご用心!
教育や養育・保育の市場化が止まらない。市場原理に基づく制度改革。保育園の民営化や非正規保育士の増加。学校での企業の出前授業。はては東京・和田中学校での学習塾と提携した夜間塾などなど……。
「規制緩和」(国)や「社会貢献」(企業)を理由に、企業参入が続く。
子どもの成長発達のための教育(養育・保育を含む)とは、一人ひとりの子どもが生来持つ能力を最大限に伸ばし、人格の完成をうながす人間教育(子どもの権利条約・前文・六条・二九条/旧教育基本法)。
しかし、経済発展のための教育は違う。目標とされるのは競争・格差社会に適応し、分に応じて能力を国(財界)に捧げる人材を育成する市民(公民)教育である。
人間教育では子どもが安心できる受容的な関係をおとなとの間に築き、共感能力や自律性、道徳性を引き出そうとするのに対し、市民教育では規律や道徳を教え込み、自己決定・自己責任に基づく競争原理で調教、国に有為な人材づくりを目指す。
国は人間教育から市民教育へと転換するため、長い時間タネを蒔いてきた。それは教育改革国民会議で芽を出し、小泉・安倍政権で実を結びはじめた。
①国が担ってきた福祉や教育を金儲けの場とし、
②人間教育を支える教育基本法などを「改正」し、新自由主義を信奉する市民づくりのための仕組みを整えることに成功したのだ。
◆ 金儲けの場になった保育
①の影響は保育分野で顕著。典型が千葉県市川市の「じゃんぐる保育園」(認可)。『誰も教えてくれない「保育所」ビジネスの始め方・儲け方』(ばる出版)という著書がある人物が運営する。
「最低基準を守り、監査請求も受けねばならないため、儲けを出せない仕組みのはず」(市川市こども部保育課の萩原洋課長)だが、自治体の目を欺き、利益を上げた。
改善指導を受けた昨年以前、保育士を不当な低賃金・長時間労働などで働かせ、子どもたちをベビーサークルで仕切っただけのマンションフロアに押し込めていた。
東京都荒川区の姉妹園では一食三六円の給食を出し、職員数を水増しして補助金の不正受給も受けていたという。
社会福祉法人も市場で勝つための努力に奔走している。たとえば兵庫県の社会福祉法人・夢工房。系列園の元保育士によると、行事前は五時間近く残業したが超過勤務手当はゼロ。当日の病欠は有給休暇扱いにしてもらえず、給料が一〇万円を切った保育士もいたそうだ。
給食費を抑えるため、園児のパンは適正量の半分程度。具がほとんどないスープやコップに数センチ程度の牛乳、ときたま出る乳幼児のリンゴは向こうが透けて見えたとか。
「絵本やおもちゃは少なく、整備された園庭や園舎は子どもが遊ぶには不向き」(元保育士)。こうして余剰金を貯め、現在十数園を展開している。
「一般競争入札の際、自治体は夢工房の企画書を『設置後すぐ働ける人材がいて、人件費を(全体経費の)五〇%まで抑えた健全経営』と評価したそう。でもちゃんとした保育をやろうと思えば、人件費は七〇%以上はかかる」(兵庫県の保育園園長)
保育士自体の民営化も進む。東京都目黒区では、二〇〇四年から人材派遣会社と契約。産休・育休代替を派遣保育士で補っている。「実際は人を確保できないこともあるし、正規と同じ仕事をしてもらうのは気が引ける。結局、正規職員の負担が増えた」(目黒区の保育士)
園をわたり歩き、会議などに参加する機会も少ない派遣保育士は「園の全体的な様子や子ども、一人ひとりの状態を把握できない」(目黒区の元派遣保育士)。今後、正規職員が退職し、派遣や非常勤が増えれば「知識や経験を積み上げたり、チームワークで保育の質を保てなくなる」(目黒区職員労働組合の林徹氏)。
〇五年の目黒区職員労働組合の調査によると、区が人材派遣会社に支払う時給は一四二八円(時間外一七八五円)なのに、派遣保育士が手にする時給は九六九円、一〇五〇円。加えて人材派遣会社が保育士を確保できないとき、区が元非常勤保育士を人材派遣会社に登録のうえ勤務を促したり、非常勤職員をプールするなど、区が企業に協力している実態も判明した。
市場化による保育園間の競争激化の中で、親に不都合な情報を隠蔽する事態も生じている。「親の前では子どもをほめ、親を不愉快にさせない。都内のある認証保育園(注)では、ほかの子にかみついたことを連絡ノートに書くことも園長に禁止された」(前出の元派遣保育士)。
◆ 学校教育に乗り出した企業
②"国体"としての新自由主義に忠誠を誓う市民づくりは、学校を中心に広がっている。
教師を数値目標や人事考課制度で縛り、事務仕事を激増させて子どもと向き合う時間を奪う。一方、国は「ゆとり教育」を柱とする学習指導要領に改定し、公教育費削減に向けて平等教育を解体。「できる子に手厚く、それ以外には最低限」の教育へと移行させた。
これによって学力が二極化し、「学校にはまかせておけない」との雰囲気をつくり、学習塾や教育産業の儲けに貢献した。公立小中学校の家庭で学習塾などにかける補助学習費は過去最高額を更新中(文部科学省「子どもの学習費調査」)。
国を先取りした教育「改革」を進めてきた東京都では、低所得層の子どもに塾代を融資する対策もはじめた。
他方、「開かれた学校」を合言葉に家庭や地域などが学校教育にかかわることを推奨。「総合的な学習の時間」を通じて外部の人材活用を進めた。さまざまな法「改正」で学校と地域の連携を強め、学校五日制などで地域の教育力を強調した。
教育改革国民会議以降は「地域には企業も含まれる」のが常識となり、内閣府に経済財政諮問会議が設置されると、国の定めた教育目標に向けて家庭や地域を協力させるための制度も整った。
かくして企業は、キャリア教育などの名前で学校への講師派遣やセミナーを開始。親はボランティアとして駆り出されるようになった。
親よりも教育熱心なのは企業だ。大手銀行は金融教育を実施。金融広報中央委員会は学校向けの金融教育プログラムを作成・配布し、教員向けセミナーなどをはじめた。東京証券取引所は「株式学習ゲーム」(無料)を用意。マクドナルドを筆頭に食品メーカー各社は出前授業を行なう。食育は今回の学習指導要領改定で教育内容に位置付けられた。
民間人校長も話題になった。東京都杉並区立和田中学校(和田中)の藤原和博前校長は、リクルート出身の人脈を生かして外部資源を取り入れる「よのなか科」を推進。マスコミも巻き込み、企業がどれだけ公教育の場で金儲けできるかという可能性を示した(詳細は後述)。
こうして「企業が教育を担うのは当たり前」になった。疑問を投げかけると、「企業の社会貢献」だと答える。そうなってくると、たとえサンケイリビング新聞社がフリーペーパー『エコリ』(今年、三休刊)を学校に配布しても違和感は少ない。
杉並区では昨年夏、同誌と都が一緒に作成した「はやおき・はやね&あさごはんカレンダーブック」とマクドナルドのチラシが配られた。規則正しい生活をしてカレンダーにシールを貯め、マクドナルドに持って行くと朝マックと交換できた。
「マクドナルドもサンケイリビング新聞社も、子どもの生活習慣確立東京都協議会のメンバー。昨年夏、協議会メンバーから声が上がり、京王電鉄や上野動物園なども協力してくれた。社会全体で子どもを見守っていくのだからなるべぐ多くのご協力をいただくのは自然」(都教育庁地域教育支援部生涯学習課地域支援係の林辺浩氏)
休刊する前の同誌ホームページには、「主に公立の小学校をステージに、担任の先生から児童ひとりひとりに配布され保護者に届けられます。確かな配布と媒体に対する受け取り側の高い信頼性が期待できます」と書かれていた。
(続)
『週刊金曜日』(2008/7/4 709号)
◆ よい市民づくり 学校支援地域本部にご用心!
木附千晶
教育や養育・保育の市場化が止まらない。市場原理に基づく制度改革。保育園の民営化や非正規保育士の増加。学校での企業の出前授業。はては東京・和田中学校での学習塾と提携した夜間塾などなど……。
「規制緩和」(国)や「社会貢献」(企業)を理由に、企業参入が続く。
子どもの成長発達のための教育(養育・保育を含む)とは、一人ひとりの子どもが生来持つ能力を最大限に伸ばし、人格の完成をうながす人間教育(子どもの権利条約・前文・六条・二九条/旧教育基本法)。
しかし、経済発展のための教育は違う。目標とされるのは競争・格差社会に適応し、分に応じて能力を国(財界)に捧げる人材を育成する市民(公民)教育である。
人間教育では子どもが安心できる受容的な関係をおとなとの間に築き、共感能力や自律性、道徳性を引き出そうとするのに対し、市民教育では規律や道徳を教え込み、自己決定・自己責任に基づく競争原理で調教、国に有為な人材づくりを目指す。
国は人間教育から市民教育へと転換するため、長い時間タネを蒔いてきた。それは教育改革国民会議で芽を出し、小泉・安倍政権で実を結びはじめた。
①国が担ってきた福祉や教育を金儲けの場とし、
②人間教育を支える教育基本法などを「改正」し、新自由主義を信奉する市民づくりのための仕組みを整えることに成功したのだ。
◆ 金儲けの場になった保育
①の影響は保育分野で顕著。典型が千葉県市川市の「じゃんぐる保育園」(認可)。『誰も教えてくれない「保育所」ビジネスの始め方・儲け方』(ばる出版)という著書がある人物が運営する。
「最低基準を守り、監査請求も受けねばならないため、儲けを出せない仕組みのはず」(市川市こども部保育課の萩原洋課長)だが、自治体の目を欺き、利益を上げた。
改善指導を受けた昨年以前、保育士を不当な低賃金・長時間労働などで働かせ、子どもたちをベビーサークルで仕切っただけのマンションフロアに押し込めていた。
東京都荒川区の姉妹園では一食三六円の給食を出し、職員数を水増しして補助金の不正受給も受けていたという。
社会福祉法人も市場で勝つための努力に奔走している。たとえば兵庫県の社会福祉法人・夢工房。系列園の元保育士によると、行事前は五時間近く残業したが超過勤務手当はゼロ。当日の病欠は有給休暇扱いにしてもらえず、給料が一〇万円を切った保育士もいたそうだ。
給食費を抑えるため、園児のパンは適正量の半分程度。具がほとんどないスープやコップに数センチ程度の牛乳、ときたま出る乳幼児のリンゴは向こうが透けて見えたとか。
「絵本やおもちゃは少なく、整備された園庭や園舎は子どもが遊ぶには不向き」(元保育士)。こうして余剰金を貯め、現在十数園を展開している。
「一般競争入札の際、自治体は夢工房の企画書を『設置後すぐ働ける人材がいて、人件費を(全体経費の)五〇%まで抑えた健全経営』と評価したそう。でもちゃんとした保育をやろうと思えば、人件費は七〇%以上はかかる」(兵庫県の保育園園長)
保育士自体の民営化も進む。東京都目黒区では、二〇〇四年から人材派遣会社と契約。産休・育休代替を派遣保育士で補っている。「実際は人を確保できないこともあるし、正規と同じ仕事をしてもらうのは気が引ける。結局、正規職員の負担が増えた」(目黒区の保育士)
園をわたり歩き、会議などに参加する機会も少ない派遣保育士は「園の全体的な様子や子ども、一人ひとりの状態を把握できない」(目黒区の元派遣保育士)。今後、正規職員が退職し、派遣や非常勤が増えれば「知識や経験を積み上げたり、チームワークで保育の質を保てなくなる」(目黒区職員労働組合の林徹氏)。
〇五年の目黒区職員労働組合の調査によると、区が人材派遣会社に支払う時給は一四二八円(時間外一七八五円)なのに、派遣保育士が手にする時給は九六九円、一〇五〇円。加えて人材派遣会社が保育士を確保できないとき、区が元非常勤保育士を人材派遣会社に登録のうえ勤務を促したり、非常勤職員をプールするなど、区が企業に協力している実態も判明した。
市場化による保育園間の競争激化の中で、親に不都合な情報を隠蔽する事態も生じている。「親の前では子どもをほめ、親を不愉快にさせない。都内のある認証保育園(注)では、ほかの子にかみついたことを連絡ノートに書くことも園長に禁止された」(前出の元派遣保育士)。
◆ 学校教育に乗り出した企業
②"国体"としての新自由主義に忠誠を誓う市民づくりは、学校を中心に広がっている。
教師を数値目標や人事考課制度で縛り、事務仕事を激増させて子どもと向き合う時間を奪う。一方、国は「ゆとり教育」を柱とする学習指導要領に改定し、公教育費削減に向けて平等教育を解体。「できる子に手厚く、それ以外には最低限」の教育へと移行させた。
これによって学力が二極化し、「学校にはまかせておけない」との雰囲気をつくり、学習塾や教育産業の儲けに貢献した。公立小中学校の家庭で学習塾などにかける補助学習費は過去最高額を更新中(文部科学省「子どもの学習費調査」)。
国を先取りした教育「改革」を進めてきた東京都では、低所得層の子どもに塾代を融資する対策もはじめた。
他方、「開かれた学校」を合言葉に家庭や地域などが学校教育にかかわることを推奨。「総合的な学習の時間」を通じて外部の人材活用を進めた。さまざまな法「改正」で学校と地域の連携を強め、学校五日制などで地域の教育力を強調した。
教育改革国民会議以降は「地域には企業も含まれる」のが常識となり、内閣府に経済財政諮問会議が設置されると、国の定めた教育目標に向けて家庭や地域を協力させるための制度も整った。
かくして企業は、キャリア教育などの名前で学校への講師派遣やセミナーを開始。親はボランティアとして駆り出されるようになった。
親よりも教育熱心なのは企業だ。大手銀行は金融教育を実施。金融広報中央委員会は学校向けの金融教育プログラムを作成・配布し、教員向けセミナーなどをはじめた。東京証券取引所は「株式学習ゲーム」(無料)を用意。マクドナルドを筆頭に食品メーカー各社は出前授業を行なう。食育は今回の学習指導要領改定で教育内容に位置付けられた。
民間人校長も話題になった。東京都杉並区立和田中学校(和田中)の藤原和博前校長は、リクルート出身の人脈を生かして外部資源を取り入れる「よのなか科」を推進。マスコミも巻き込み、企業がどれだけ公教育の場で金儲けできるかという可能性を示した(詳細は後述)。
こうして「企業が教育を担うのは当たり前」になった。疑問を投げかけると、「企業の社会貢献」だと答える。そうなってくると、たとえサンケイリビング新聞社がフリーペーパー『エコリ』(今年、三休刊)を学校に配布しても違和感は少ない。
杉並区では昨年夏、同誌と都が一緒に作成した「はやおき・はやね&あさごはんカレンダーブック」とマクドナルドのチラシが配られた。規則正しい生活をしてカレンダーにシールを貯め、マクドナルドに持って行くと朝マックと交換できた。
「マクドナルドもサンケイリビング新聞社も、子どもの生活習慣確立東京都協議会のメンバー。昨年夏、協議会メンバーから声が上がり、京王電鉄や上野動物園なども協力してくれた。社会全体で子どもを見守っていくのだからなるべぐ多くのご協力をいただくのは自然」(都教育庁地域教育支援部生涯学習課地域支援係の林辺浩氏)
休刊する前の同誌ホームページには、「主に公立の小学校をステージに、担任の先生から児童ひとりひとりに配布され保護者に届けられます。確かな配布と媒体に対する受け取り側の高い信頼性が期待できます」と書かれていた。
(続)
『週刊金曜日』(2008/7/4 709号)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます