砂浜で一人 お城を作って遊んでいた
お堀も深く掘って 立派なお城を
時がたつのを忘れて作っていた
いつしか潮が満ちてきて
僕のお城は流されてしまった
でも それは昨日の僕の顔
僕の庭に花の種をまいて
一生懸命育ててきた
花がひとつ咲き
その花と一緒に
ちいさな花を四つ咲かせた
やがて 大きな花は枯れてしまった
でも それは昨日の僕の顔
とうめいな青い空をみあげて
息を止めた
そして 溜息をしたとき
空がにじんでみえた
でも それは昨日の僕の顔
今まで僕は いろんな関門を通り抜けてきた
そのたびに自分が強くなり やさしくなっていく
健気で 懸命に生きてきた日々だった ・・・・
闘いはまだ続く
四苦・八苦
簡単に言うけど、実際、苦しみの中にいると
生きているのがいやになる。
そして、苦しんで執着がなくなってきたら、
生きる気力が無くなってくる。
「もう、どうでもいいや」という気分だ。
早く死にたくなる。
でも、これは違うと自分は、解っているから、
この状態から抜け出そうと、また苦しむ。
悲しみ苦しみが心にへばりついて心を締めあげる。
妻が帰天した悲しみさみしさはもちろんあるが、
苦しみの実態は違うのだ。
生活していく苦しみなのだ。
毎日毎日、家族のために食事を作り、洗濯をし
障害のある娘の面倒みる苦しみ
そのために、自分のことが出来ない苦しみ。
そして、子供の頃、
親が家の生計の立て直しで忙しく、
さみしく情けないおもいをしたことがよみがえってくる。
その悲しみ苦しみ。
さみしさの中で、
兄弟の前で泣くのを我慢し、わらっているぼくがみえる。
今は、そんなおもいを子供にさせたくないと、
必要以上に家族に気を遣い、心をすり減らしているぼくがいる。
子供は、ぼくが小さい頃思ったようには思ってないのだ。
ぼくが思いこんでいるだけで、自分で自分を苦しめている。
結局、子供ころのさみしさと闘っているのか?
過去にこんな家庭をかえりみなかったのか
人の気持ちを大切にしなかったから
今世の課題として、このような環境のなかで生まれてきたのか?
今までは体裁ばかりかまって、ひとりひとりのことは考えてなかった。
ひとりひとりの気持ちを大切にしていなかった。
この愛と優しさを得るための代償が、この苦しみなのか
それは確かに、ありがたいし、
それを教えてくれるために一緒に降りてきた家族には感謝をする。
でも、それを「はいそうですか。ありがとうございます。」
と素直に受け取り、
「はい、これで苦しみや悲しみから解放されました。」とはいかない。
そう思うようにしているけど、
最初に書いたように、こころに悲しみがへばりついて締めあげるのだ。
この問題はなかなか解けない。
ぼくの人生の中でいちばん難しい問題なのだろうか?
まだこれからも苦しむのだろうか?
ちょっと(?)うんざりだ。
自分との闘いは続くのだろうか?
そして、それに勝つことができるのだろうか?
2006.4.8
これって地獄?
お腹と胃が痛い
暗い毎日が続く
元気が出ない
悲しみが心にぴったり貼りついて
ため息が出る
「 これって まるっきり地獄にいる状況? 」
そう 思った
「 うん しっかり地獄だよなぁ 」
と確認した
問題はそのあとだ
悲しい状況も無理もない
苦しい状況も無理もない
だから、元気がでないのも解る
でもこのままでは地獄の中
さてどうすれば
この状況を解決できるか?
まず リラックスしよう
きゅっとしぼんだ心をやわらかくしよう
いろんな心配事があるが心配事で心を固くせず
ひとつひとつできることから解決していこう
疲れてきついときは がんばらず休もう
否定的な気持ちがてできたら
そこで考えるのはやめよう
自分を責めず
そこで ばちっと切っちゃう
あとは きれいなものをみつけて
いつも好きな音楽を聴いていよう
2006.7.24
辛いとき 苦しいとき 悲しいときの
昨日の僕の顔
じゃあ 今日は?
もちろん 笑顔だよ ・・・・
face of yesterday