木工挽物という仕事

基本的には時代遅れの仕事
正反対の位置にいるブログから発信してみます
でもブログも先端じゃなくなりましたね

住職、食わねど・・・

2008-11-28 18:34:20 | Weblog
跡継ぎ       2007年2月24日

先日の報告のように今日は午後からお葬式に行ってきました
最近の ってずっと前からですが お坊さんは坊主じゃない
今日のお寺さんは詳しくはわからないけど3人が親子関係じゃないかと思われたわけです
住職約75歳 その息子約50歳 その息子約20歳
こういうメンバーです
孫はうっすら茶髪 まあこれも時代ですかね
でもこの光景を見て お寺は相変わらず裕福がついて回ってるんだろうな と
息子が継ぐってのはやはり自分がこの仕事をやっていける
これからの生活を考えて 将来を託せる自信を持てたからだろう

僕らの仕事に跡継ぎは皆無
僕が一番若いくらいですからね
うちにも息子23歳がいます
でもやらせられない(もともと本人にやりたいことがあるのはあるんですが)
息子がやりたくなる仕事
今日そういう仕事に一つ出会いました

 なまんだぶ~





これは去年ここに書いた日記なんだけど この時は坊さんという職業は恵まれてるそれだと思っていた
昨年11月に親父を亡くしてそのお寺との繋がりが増すようになり
いろいろ見えてくることがある
うちの菩提寺はもともと祖父の出身地にある古いお寺なんだけど
ちょっと離れているせいか住職が簡単には来てくれなかったし またこちらもあまり積極的に来訪を望まなかった
かつてはどんな字を書くか知らないけど しゃくわんさん といって寺を持たない坊さんがお経だけを上げに毎月来てくださってた
その方も高齢になり 月参りをしてもらうよう10年程前から近所のお寺に頼むようになった
そこは住職が親父と同じ歳でさすがにこのところ体調を崩して息子さんが教職から引退をして住職の跡を継ぐことになった
今年の春から先生じゃなく坊さんになった

その寺の会報のようなものが月に一度届く
僕等にとって驚くようなことが書いてある
それは言ってみれば 僕がいつもここで書いてるような愚痴 まさしく愚痴なのだ

先生を辞めて住職になったものの経済的に恵まれず 先生をしていた方がよかった
土日はともかく平日はあまりすることもなくただぼんやりと時間が過ぎてゆく
また講師ででも働きたいとも思う とか
お骨をうちに預けて永代供養をやらせてほしい(つまりお金が欲しい)
そういうことが堂々と書き綴られている

なんか釈然としないんですよ
人間としてみれば極めて正直な意見だとは思う
でも、人生の師 と言える立場の人が言ってもいい言葉なんだろうか


今日何の気もかけずそんな話を注文品を受け取りに来た仏具屋の社長に話してみた
びっくりしてた
「教師っていうのは変わってる人がいるからなぁ」
と教師を重視して反応してくれたが 今は住職なんだよね

そういう会報を見せられると信頼感が薄らぐんです
皆さんはどうかわからないけどもっと泰然自若か? としていて欲しい住職さんに寄りかかれないような気がしてしまいます
特に僕たちは新しい檀家になった者
  抜けたいな
と少しでも思わせたら損ではないでしょうか


 正直にも限度というものがありそうで
コメント (12)
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